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殺意

 義利の戦闘は、粗相の一言に尽きる。


 アシュリーのような『荒っぽい』などと生易しいものではない。彼女の戦闘は雑ながらも、それは歴戦によって精錬された動きとなっている。しかし彼にはそんな経験はなく、ゆえにただ我武者羅に、思いつくばかりの方法で戦うことしかできないのだ。


 手足を振り回し、時折肘や膝を交え、まるで駄々を捏ねる子供のようにも見える。


「くっ……、ふっ!」


 エッダはそんな義利からの息つく暇も与えない猛攻を避け続けるしかない様子だった。


 ただの人間がそれをしているならば避ける必要などない。攻撃と呼ぶのもおこがましいそれだが、繰り出す相手が魔人となれば話は別だ。


 空振りに終わるはずの拳はその余波で地面を捲りあげ、掠めただけの蹴りが皮膚を抉る。そのうえ彼の体は纏った電撃を散乱しているのだ。紙一重での回避では感電し、重傷に繋がる。


「鬱陶しいわねぇ!!」


 叫びと共にエッダが攻勢に転じた。掴まれそうになった腕を、義利は即座に引き寄せる。


 爆発を使えば自身も傷を負いかねないほどの超近距離を義利が保っているために、エッダが取れるのは肉弾での攻撃か回避行動のみとなっていた。


――正確には、彼女は既に幾度も爆発を使おうと試みている。しかしそれらを義利がことごとく避けているのだ。目に見えるはずのない爆発を、ひとつ残らず全てだ。


「なんで当たらないのよぉ!!」


 さらに言うならば、エッダの爆発は全て不発に終わっている。視認すればどんなものですら内側から破裂させることのできるその能力が、発動すらしないのだ。


「君の爆発、なんとなくわかってきたよ」


 拳を繰り出しながら義利は言う。その間にも彼はエッダの目を凝視していた。


「視線を合わせないとなんだろう?」


 互いに届かぬ拳を振るう中、一瞬だけ彼女の目が左下に向かう。その瞬間に義利は右へ全力で移動した。


「それも、焦点を合わせないとみたいだね」


「こんの……!!」


 図星を突かれたエッダは小さく発すると小さな光の玉をその五指から浮かべた。ふわりと、シャボンのように漂いだしたそれを、目にした瞬間に義利は理解する。


――爆弾だ。


 ユネスの話に出てきたモノだ。精霊の霊態にも見えるそれら一つ一つが触れることで爆発することを、彼は知っている。そしてその威力もだ。おおよそ人の手を消滅させるだけの威力。つまりそれは。


『下がれダッチ!』


 魔人の強化された肉体であっても無事には行くはずがない。その痛みに義利が耐えられるわけがないと、アシュリーは注意を促した。


 もともと痛みに弱い義利だ。指の一本だろうと折れれば、そのまま心まで折れかねない。アシュリーの懸念はそこだ。敵を前にそんな状態に陥ってしまえば命を落とすこととなる。


 避けるだけだ。引け、などとは言っていない。一度後ろに下がって爆弾から逃れるだけでいい。


「いや」


 しかし義利はそれすらをも拒んだ。


「躱す必要なんてない!」


 左腕を横薙ぎに振るい、その光の球にひとつ残らず触れてみせた。指先、手首、前腕、肘、二の腕。と各部が破裂。鮮血が舞い、肉片が飛ぶ。今までの内側から膨れ上がるような爆発とは違い光そのものが爆ぜる。皮膚に触れた途端に光は質量を持ち、それが急速に増大し、熱を持つ。そこから生み出された衝撃が彼の肌を焼き、抉る。


 その痛みは余すことなく義利を襲った。悶絶程度で収まるものではなかろう。意識を失ってもおかしくないそれのはずだ。


「ッ~~~~~~!」


 それを、彼は血が滲むほどに歯を食いしばって耐えていた。


 そんな彼の努力は無駄には終わらない。


「ッヅァ……!」


 振り抜いた腕から飛散した血肉がエッダの瞳を閉じさせる。完全に眼球にこびりついたそれは手でぬぐい去れるはずもなく、エッダは義利の姿を捉える術を失った。肉体の破壊であればすぐにでも修復されるのだが、異物の付着までは魔人の修復能力の範囲外なのだ。幾度も皮膚に纏った自身の血液が浄化されなかった経験からの予測が正しかったことに喜ぶよりも先に、彼は姿勢を直した。


 そして間髪いれずに拳を振るう。


 今度のそれに電撃は込められていない。魔人の膂力だけの攻撃だが、それでもその衝撃は普通の人体から発せられるモノを凌駕している。


 頬に拳を打ち込まれたエッダは衝撃の方向に体を逸らすこともできずに、その全てを受けることとなった。


 口内を歯で傷つけ、その歯が折れ、折れたそれによってさらに口内の出血量が増す。


「うっ……、ぐ」


 遅れて義利が傷口を押さえて小さな悲鳴を発した。


『おいダッチ! 大丈夫か?!』


 フレアとの戦闘、そしてスミレとの戦闘時にある程度の痛みを経験していたとは言え、それでアシュリーのように無視できるようになりはしない。


 今すぐ泣き喚いてのたうちまわりたい気分だった。アシュリーに痛みを遮断して欲しくて堪らない気分だった。


 だがそれではダメなのだ。


 彼は、自分でエッダを倒すと決めたのだ。アシュリーから電撃を借りはするが、そのほかの全てを、自分のチカラで成し遂げると。


「だいッ……、じょうぶ!!」


 言って、チラリと傷口を見る。すでに修復は始まっており、肘のあたりまでは元の形を取り戻していた。


 彼はそれだけを確認すると再びエッダを睨みつけた。エッダは未だに目を擦り上げていて、すっかり義利のことは意識の外にある様子だ。


「つッ! いったぁーーい!!」


 アシュリーであれば気に食わない相手が痛みに悶える姿を目にすれば喜ぶのだが、今の彼はエッダの一挙手一投足に怒り以外の感情を覚えない。


――その程度で何が「痛い」だ……!


 広場に広がる死体の数々を、牢獄に捕らえられた死人のような人々を思い浮かべる。それだけで腕を喪失した痛みなど意識の彼方へ追いやることができた。


 彼の体表を覆う電撃がその光度を増す。怒りによりそれまではどうにかこなしていた魔力の運用がその手を外れたのだった。


『ダッチ! 殺しちゃダメなんだろ!』


 そんなアシュリーの忠告すらも耳をすり抜けてゆく。


「お前は……、お前だけは……ッ!!」


『殺す』


 言葉にはしなくとも、今の彼が抱いている感情は紛れもなく殺意だった。


――ブツリ


 何かを引きちぎるような音で、義利はエッダの行動に気づく。


 彼女の右手は血にまみれ、眼球を握りこんでいた。


「っつぅぅぅうううッ!!」


 血で霞んでいる片目で、彼女は義利を捉える。虚になったもう片方の目は、内側から肉が盛り上がり再生の中途にある様子だ。


「くふっ」


 小さな笑い声が上がる。


「くふふふふふふ」


 肩を揺らし、血の涙を流し、口角が上がり三日月を描く。


 えぐり出した眼球を親指で上に弾き、光の球体によって爆散させた。


「あっはッ」


 楽しそうに、愉しそうに、彼女は笑う。


 あまりの不気味さに、思わず義利も攻めの手を止めてしまっていた。


「たぁーんのっしー」


 再び光球が舞う。幾十、幾百、幾千。数えるだけ無駄だろう。


『ダッチ、これ全部触る気か?』


 チッ、と舌を打つ。怒りが沸点を超えた義利でも、流石にその光の軍勢に飛び込むほど愚かではなかった。


 彼は地面につま先を指し、砂塵を舞いあげる。光は爆発せずに土煙の中を進んで来た。四方八方、隙間なく、周囲をあまさず囲んでいる中、義利を目標にその包囲網を徐々に狭めていく。


『マジかよ、逃げ場なしか』


 土では起爆せず、エッダの身体もすり抜けるために、それは目標に触れることで爆発するものであると、義利は推察する。


「だったら……」


 彼は右手で左手の人差し指を握り込むと。


「っぐ……」


 それを強引に毟った。


 荒い傷口からあふれる血液が音を立てて地面に落ちる。それを無視して義利はちぎった自身の欠片を放り投げた。


 義利の放った指と接触した光の玉が炸裂し、それによって散った肉片に触れた光球がさらに爆発する。


 包囲網に僅かな隙間が生まれるも、新たに生み出された光の玉によって埋め尽くされた。


「……これじゃ足りない」


 すると彼は二の腕を掴み、深く息を吸い込み歯を食いしばりながら引きちぎった。肩のあたりから腕は取れ、先ほどとは比べ物にならないほどの血を流す。痛みによる絶叫すらをも飲み込んで、むしろそれを戦闘意欲の燃料へと変え、彼はエッダを見据えた。


「これなら」


 再び己の体の一部をエッダ目掛けて投げると、同時に走り出した。目の前で繰り返し起こる爆発の衝撃を肌で感じながらも目を閉ざすことなく駆ける。その際にわずかに自身も光の球に触れてしまい損傷を負うも、光の包囲網からの脱出には成功した。


 左の腕を全損、右腕の肘から先、そして脇腹。ただの人間であれば出血量で、そうでなくとも痛みにより命を落としかねないほどの満身創痍な状態だ。


 だが、彼の瞳に宿る殺意は輝きを増すばかりであった。


「わかったんだ。生かしてちゃダメなヤツがいるって……。今、目の前にそれがいる……。殺さなきゃ。殺さなきゃもっとたくさんの人が……!!」


 アシュリーともフレアとも違う殺害の理由を持つ彼女を、義利は心の底から憎んでいる。快楽と愉悦のためだけの、そんな殺害を許せる訳がなかった。


 再度、ようやく様になってきた拳を振るう。弾き飛ばしたエッダが起き上がろうと四肢を地につけた状態であるそこへ、ボールを蹴るように足を繰り出す。上空に浮き上がらせ、落下してきたエッダの腹に天に突き出した拳を打ち込み、貫いた。


「ッカ……、ガフッ!!」


 吐血を浴びて全身を濡らす。白い髪が赤く染まった義利の姿はまさに悪魔というのが相応しいものとなっていた。


『ダッチ……、やりすぎだ……! マジで死ぬぞソイツ……』


「殺すんだよ……」


 肉体に刺さった腕を振り抜き、エッダを放り捨てる。そして再び電撃を溜め込み始めた。


「殺すんだ!!」


 地を返す程の力で蹴る。ふくらはぎが、足裏が弾け飛んだ。その痛みを無視して矢のように駆ける。修復と破壊、それを六度繰り返した後に飛び上がる。そしてその落下の勢いで、エッダの腹に空いた傷口を拡げた。


 空いた穴に触れ、そこへ電撃を流し込む。


「アギッ!」


 小さく悲鳴を上げ、体を撥ねさせる。そんなエッダへ彼は電撃を浴びせ続けた。


 肉が弾け、その再生のために他の再生が追いつかないためにエッダは動き出すことができずにいた。


「苦しい? 痛い? 今すぐ止めて欲しい?」


 その状態のまま、彼は問う。


「どう? 君が人間に対してやってたことって、こういうことだよ」


 そしてさらに威力を上げる。

 徐々に傷口を広げていった。


「魔人だって、心臓をなくせば流石に死ぬんだよね。どう? 死ぬのは嫌?」


 肋に届き、その進行が止められた。その骨を左手で折って取り、勧めては止められ、そして取る。何度も繰り返し、心臓の直前で電流を止めて、掴んだ。ついで今度は左手で肉体の破壊を行い行動を制限する。


 拍動に合わせて手をゆるく開閉し、壊さぬようにと気を遣う。


「ほら、これを潰せばどうなるんだろうね」


 冷たく囁くと、彼は舌を噛み切り、その血液でエッダの眼球を汚した。視認での爆発を防ぐためだ。片目を塞ぎ、そこで電撃を止める。この距離であれば光球での爆破は使えないことは既に把握していた。そもそも、不審な動きを見せれば心臓を握りつぶせるのだから意味はない。


『やめろダッチ……。汚れ仕事はアタシに任せろよ……』


 アシュリーの言葉も無視し、そうして彼は問う。


「何か言葉はある? 聞いてあげるよ」


 苦痛から一時的に解放されたエッダは、唾液や鼻水、涙でグシャグシャの顔で義利を見た。


「あ……、悪魔……!!」


 そこで咳き込み、呼吸を整える。


「悪魔のクセに……、同じ人殺しのクセにッ!!」


「そうだね」


 その言葉を最後に、義利はエッダの心臓を握りつぶした。


――ブジュ


 腐りかけの果実を握りつぶしたような感覚。それが彼の手に伝わると、エッダの体は端から灰となり、崩れ去った。


「ああ、虚しいなぁ……」


 血にまみれたその体で、義利は静かに涙を流しながら天を仰いだ。

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