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襲撃~敵は精霊使い~

「う……オェッ」


 濃厚な血の臭いと、獣臭。

 鼻腔を突き刺す臭気に、思わず義利はおう吐した。


 自分の身体を取り返したことで、それまで奪われていた感覚−−特に嗅覚−−が、敏感になっていたこともある。

 だがそれ以上に、精神負荷による影響が大きい。


 死と、大量の血。

 初めて目にしたそれらが、義利の心に重くのしかかる。


「まさか、こーゆーのダメなのか?」

「うん……。血とか、そういうのは苦手かも……」


 吐しゃと共に混乱も吐き出せたのか、彼の顔にあった戸惑いは薄れている。

 まったく考えも及ばなかった状況から、少なくとも疑問点が浮かび上がってきているのだ。

『何一つ分からない』だったのが『分からないことがことが分かった』に変化している。

 それだけでも彼にとっては十分な進展だった。


 おう吐によって乱れた呼吸を整えてから、チラリと正面を見る。


「ん? どうかしたか?」


 彼からすれば命の恩人である少女を見つけ、すぐに視線を外した。

 目を泳がせて右を向けば血溜りに沈む死骸があり、左にはその首がある。

 見ているだけで胃に圧迫感を覚えるそれらから目を背けるために、彼は正面の斜め上を目線の定位置とした。


 素直に正面を見ないのには理由がある。

 彼の目の前に少女が姿を現したのだが、その姿が問題だった。


 兎にも角にも露出が多い。

 上半身は黒いチューブトップのみ。下半身は同色の下着同然の姿で、他には一切着用していない。

 衣服で隠れている面よりも、地に着きそうなほど長い髪で覆われている面積の方が多いほどだ。

 照れながらも、どうにか少女の首から下を視界に入れないようにして、彼は頭を軽く下げて言う。


「ええっと、まずは助けてくれて? ありがとう」


 未だに何が起きたのかを完全には理解しきれていなかった。

 そのため謝辞の中に疑問符が浮かべられている。


「いいよ、あんなのモノのついでだし」


 やや礼を欠いている義利の言葉に気分を害した様子もなく、少女は腰に手を当ててニィッと笑って返した。

 つり目がちな瞳と相まって少年的な雰囲気を纏う少女に、彼は好印象を抱く。


「それよりアンタ、名前は?」

「あ、うん。僕は義利。足立義利」

「アダチ……ヨシ、トシ?」


 耳慣れないのか首を傾げておうむ返しをし、少女は眉根を寄せた。


「ヨシトシ、ヨシトシ、アダチヨシトシ……」


 ポツリポツリと小声で繰り返す。どうにもしっくりとこないのだろう。

 そうして何度も口にした後。


「あーもー!! 言いにくいからアンタはダッチだ!」

「ダッチって……。ああ、足立だから……」


 少年――義利は困ったような笑みを浮かべる。

 あだ名を付けられたことは幾度もあるが、ダッチと呼ばれたことは今までになかったためだ。


「僕はダッチなんて柄じゃ――」

「アタシはアシュリー。よろしくな、ダッチ」

「…………」


 スッと少女――アシュリーが手を差し伸ばした。


 義利は複雑な面持ちでその手を見つめる。

 女性との接触に対する照れと、このまま手を握り返すとダッチというあだ名が決定してしまうのでは、という疑念から握手をためらわされていた。


「うん。まあ、よろしくね、アシュリー」


 そして結局そのあだ名を受け入れてしまう、流されやすい義利であった。


「それで聞きたいんだけど――」


 自己紹介もほどほどに、義利が訊ねる。


「まず、ここはどこ?」

「ああん? 見てわかるだろ。テーレ大樹林」


 聞き覚えのない名称に、義利が首を傾げた。


「日本じゃなさそうだね……」

「ニホン? なんだそれ」

「うーん、知らないのか……。極東の島国なんだけど……、ってキミ、日本語話せてるじゃん」

「おいおい、アタシが使ってるのは共通語だぜ? アンタだって――」


 言いかけて、アシュリーは何かに気づいたように目を細めた。


「何かテキトーに喋れ」


 何をいきなり訳のわからぬことを、と言いかけたが、その真剣な面持ちの前にはばかられる。

 きっと何か意味のあることなのだろう。そう思い、口を開いた。


「…………改めて何か喋れって言われても、何を言ったらいいの?」

「いや、もういい。わかった」


 アシュリーが考え込むように顎を親指と人差し指で挟んで、唇を尖らせる。

 義利はそれを見ながら、アシュリーの疑問が何なのか、そして何がわかったのかが明かされるのを待った。


 その間に、自身の持ち物を確認する。

 着ているのはパーカーとジーンズで、足元はスニーカー。

 ポケットの中身は財布と折りたたみ式の携帯電話、それと飴玉が二つ。


 携帯電話はバッテリーは十分なのだが、圏外のため繋がらない。


「ダッチ、アタシの唇の動きを見てな」


 あれこれと確認していたところ、義利は両頬をアシュリーの手で挟まれた。

 その手によってグイっと腰を曲げさせられる。

 呼吸を感じるほどに顔が近づき、義利の鼓動が思わず早まった。

 口づけを交わそうとしているような格好だ。男としては、意識せずにはいられない。


 理性でもって高ぶる気持ちをどうにか押しとどめ、彼は言われた通りに唇を注視する。


「アタシの声と唇の動き、合ってないだろ?」

「え、ああ、うん」


 義利の目には、口の開閉と聞こえる声が異なって見えていた。

 まるで吹き替えの映画のように。


「ダッチ。アンタさ、召喚陣を使ったろ」


 パッと手を離されたことで、義利はアシュリーから離れた。

 心臓の高鳴りがすぐには冷めやらず、彼は顔を朱に染めたまま言葉を返す。


「し、召喚陣?」


 平静を装おうとしたのだが、意識をしてしまったことで、かえって不自然な口調となっていた。

 アシュリーはそんな義利の異変には気づかず、木の枝を拾い上げると、地面に線を引き始めた。


「だいたいこんなカンジ」


 月明かりのみで薄ぼんやりとしか見えなかったため、義利は携帯電話のフラッシュ機能を使って照らす。


「なんだそれ?」


 アシュリーが義利の持つ見慣れない道具に興味を示した。

 彼女は面白そうだと思えばそれに対して好奇心を抱く。

 例え説明の途中であっても、好奇心が優先されるのだ。


「携帯電話って言って、えーっと。遠くの人とも話せる道具なんだけど、こっちじゃ使えないみたい」

「ふーん。今度貸してくれよ」

「いいけど……。それよりコレ、なんで君が知ってるのさ」


 義利はどうにか話の軌道を元に戻すことに成功した。

 もしもこれ以上にアシュリーの知的好奇心を刺激していたのなら、話題は携帯電話に関してのみになっていただろう。


 改めて、義利は地面に描かれている絵を注視した。

 完全に一致しているわけではないが、義利はそれに類似するものを、つい最近目撃している。


「どっかでコレに触らなかったか?」

「うん、触った。触ったよ」


 最近どころか、ほんの数十分ほど前になる。

 祖父の遺品であるお守りの中に、地面のそれに類似する模様が描かれた布が入っていたのだ。

 そしてそれに触れると文様の色が変わり、気がつけば見知らぬ森の中にいて、巨大な犬に追い回されることになった。


「コレに触るとどんなに遠くにいても、コレと全く同じモンが書かれている場所に飛ばされるんだ」

「へぇ」

「んで、コイツにはもう一個オモシロイ機能があってな、召喚されたヤツの言葉は召喚先で一番初めに聞いた言語に自動翻訳されるってカンジらしい」


 なるほど、と義利は頷く。


「なんとなくわかった。つまり、これに触って、それから初めて聞いた言葉が共通語? だったから、僕はそれを聞けるし話せるってこと?」

「そんなカンジ」


 義利はこの時点で薄々勘付いていた。

 巨大なバケモノや、アシュリーによって与えられた力から。

 もしかして、ここは地球ではないのかもしれない、と。

 それがアシュリーの説明によって確信へと近づく。


 召喚陣。


 そんなもの、漫画やアニメの世界に出てくる魔法と同じじゃないか。


「あのさ、もしかして――」


――ここって地球じゃないの?


 そんな、本人ですら間の抜けた質問だと思うことを口にしかけた瞬間。


「しゃがめ、ダッチ!」


 アシュリーが声を張る。

 しかし義利はそれに反応できなかった。

 茂みから突然現れた何者かによって首を掴まれ、そのまま仰向けに地に組み伏せられる。


「ゥゲッ!」


 地面と手により首を挟まれたことで、くぐもった声が出る。

 倒れた衝撃で召喚陣を照らしていた携帯電話が手から離れた。

 そして地面を横滑りするように転がっていった携帯電話が、偶然にも襲撃者の顔を浮かび上がらせる。


 バンダナやマフラーで顔面のほとんどを覆っているが、唯一むき出しの瞳は翡翠色の光を放っていた。義利は一瞬だけその瞳に見惚れる。


 だがすぐに認識を改めた。


――このままじゃ絞め殺される……!


 そう感じた義利は襲撃者の手を掴んで抵抗しようと試みた。

 襲撃者はそれを許さない。


 義利の左手首が踏みつけられる。

 どうにか男を振り払おうとするも、直後に走った激痛が、彼から思考を奪い去った。


――ゾブ。


 不気味な音に、思わず義利は動きを止める。嫌な予感に背筋が粟立っていた。

 時が止まったような錯覚に陥る。首を押さえつけられている苦しみも、この時だけは忘れていた。

 目を動かし、音のした方向――、自身の左手を見やる。


 ナイフが、彼の手のひらを貫き、地面に縫い付けていた。


「ひぎッ……、あがッああああああ!!」


 激痛。流血。

 どちらも義利の経験したことのない物だった。

 彼が今までにした怪我など、指先を軽く切る程度の些細な物しかないのだ。

 涙で視界が滲む。痛みで意識が喪失と覚醒を繰り返す。


――痛い痛い痛いッ!!


 逃げなきゃ。このままじゃ殺される。

 先ほどまであった焦りも何もかもが消えた。彼の脳内が『痛い』という言葉で埋め尽くされる。


「ダッチ?!」


 瞬く間の出来事だったために、アシュリーの対応が遅れた。

 彼女は悔やむ。警告を発するのではなく、即座に融合しておけば、と。


 襲撃者の目的は明白だった。魔人を殺すこと。ただそれだけ。


 彼が死んだところでアシュリーに何らかの影響があるわけではない。

 しかしこの世界には悪魔と契約を交わそうとする人間はごく少数なのだ。

 こんな風に簡単に、それも異邦人と契約を結べる機会など滅多にない。


 契約をしていない精霊は、徐々にではあるが消滅に向かって行く。

 彼らの肉体は魔力によって構成されているために、それが尽きれば消滅するのだ。

 自然界から吸収するエネルギーで存在を保つことはできるが、最低限のエネルギーだけでは身を裂かれるほどの苦痛が常につきまとうことになるのだ。

 苦痛と消滅、この二つを天秤に掛け、多くの悪魔は消滅を選ぶ。

 それほどの痛みだ。


 そんな痛みの中でも、アシュリーは生を選んだ。

 全身を襲う痛みにも、いつしか慣れてしまっていた。

 エネルギーの消耗を避けるために行動範囲はテーレ大樹林に固定され、毎日を漫然と過ごし、どれだけの年月をそうしていたかも忘れてしまうほどだった。


 そんな時に訪れた変化。義利と言う少年。


 これをアシュリーは運命だと捉えていた。これからの生活は劇的に賑やかになるのだ、と。

 その義利が殺されるのを、黙って見ていられる訳がなかった。


「ダッチ! 身体使うぞッ!」


 アシュリーが叫んだ。

 義利は悲鳴を上げるのに忙しく、返事をしている余裕がない。

 そんな状態であることを認識し、彼女は了承を得ずに融合を始めた。


――ザワリ。


 義利の髪が伸びだす。その根元から順に色素が抜け落ち、白く染まる。そして肉体の変化が始まった。

 全身に羽虫がまとわりつくような不快感が義利を襲う。しかし今回は抵抗を示さない。

 痛みの感覚が遠ざかって行くのがわかったため、むしろ早く替われとすら願っていた。


 彼の肉体が変化していくのを見た襲撃者が、更にもう一方の手に目掛けナイフを振り上げた。

 それが義利の手のひらに触れた瞬間。


――バヂィッ!!


 と、電撃の走る音が響く。


 襲撃者はとっさの判断で義利から飛び退いた。

 一瞬でもタイミングが遅れていれば感電させられていただろう。


「ッは! 聖人様のご登場、ってワケだ」


 アシュリーが嬉しそうに言う。

 それから手のひらを貫通しているナイフを引き抜いた。

 数滴の血液が地面に垂れただけで、傷口は魔人化の影響ですぐに修復される。


「さぁて、アタシにケンカ売るたぁいい度胸だ。遊んでやるよ」


 アシュリーはそれまでの焦りも忘れ、内心で喜びに打ちひしがれていた。

 口角は釣り上がり、目はらんらんと輝いている。

 痛みも今まで感じていたモノとは違い、快感に思えた。


「……チッ」


 襲撃者が舌を打つ。


「魔人と一対一での戦闘は避けたかったが……、仕方ない。イーリア、交代だ」


 その言葉の後に、襲撃者の瞳の色が薄紅に変化する。


「ほう。アンタ、いったいどれだけの精霊と契約してるんだ?」

「答える義務はない!」


 アシュリーの問いを一蹴した直後、襲撃者の周囲に炎が長い尾を引きながら現れた。

 それを操ることがイーリアという精霊の能力なようだ。


 さながら宙を這う蛇のように炎が迫る。

 軌道を読まれぬようにと右に左に揺れながら迫るそれを見て、アシュリーは一言。


「遅い」


 それが耳に届いた時には、襲撃者の視界から魔人の体は消えていた。


 透明化や瞬間移動ではない。ただ目にも止まらぬ速さで背後に回っただけだ。


「ダニーッ!」


 襲撃者が後ろを確かめもせずに叫ぶ。炎が消えると同時、彼の瞳が鈍色に塗り替えられていった。


 次なる能力がどんなものであろうと、アシュリーのすることに変わりはない。

 ただ殴る。それだけだ。


 背中にアシュリーの拳が撃ち込まれる。

 既のところで襲撃者は腕を後ろに回し、直撃だけは免れていた。

 瞬きでもしていれば見逃していただろう、一秒ほどの交戦だ。

 そんな中で防御行動を取れた相手に、素直に関心を抱いている。


 だがそれに意味があったとは、傍目に見ている義利には思えなかった。


 打突の瞬間、骨と骨が打ち合わさる鈍い音が響き渡った。

 そのころには、目の前にあったはずの男の姿はそこにはなくなっていたのだ。


 一人の人間が弾き飛ばされる。

 それほどまでの威力が拳に乗せられていたのだ。


 アシュリーは体に電気を流し、身体能力を向上させることで戦闘を行っている。

 それだけでは全身の筋肉が過負荷によって断裂し行動が不能になるが、魔人化による修復能力でそれをすぐさま直していた。


『殺し……、たの?』


 恐る恐ると尋ねる義利に、アシュリーは楽し気に答えた。


「まだだ」


「……危ないところだった」


 巨木に叩きつけられた襲撃者は体を払いながら起き上がった。あれだけの一撃を受けたにもかかわらずケロリとしている。


「皮膚硬化か。それに殴る前に跳びやがったな」

「ご名答」


 そう答えた時、襲撃者の瞳は瑠璃色に変化していた。

 その能力の影響だろう。彼が新たに取り出したナイフが、淡い光を帯びている。


「ったく、そんな契約していいのかねぇ。対価がタイヘンなことになるぜ?」

「心配ご無用。そんなガキと違って金持ちなもんで……、ね!!」


 襲撃者がナイフを振った。

 アシュリーたちとは十メートルほどの距離がある。

 当然のように空振りに終わる――、と思われたが、刀身が伸びてその差を埋め出した。


「へぇ、武器の形状変化か。面白い能力持ってるじゃん。だけど」


 アシュリーが伸びてきたナイフを掴む。

 刃によって皮膚が切られて出血するが、それでも彼女はナイフから手を離さなかった。


 血で濡れて滑る刀身と、手の形に合わせた突起によって滑り止めの効いている状態での綱引きだが、軍配はアシュリーに上がる。


 その刀身に、掴んでいるのとは反対の指先で触れた彼女は、憐れむような目を男に向けると呟いた。


「使い手の頭がアレだったな」


 そこへ電撃を放つ。

 柄は鉄や木で出来ているのだろうが、逃げ場のない電気は金属部位から人体へ飛び移り、それが全身に流れていった。


「ギゲガガガァッ!!」


 奇声を発して襲撃者は倒れ伏した。

 アシュリーは電撃によって硬直をした襲撃者に近づくと、顔を隠しているマフラーとバンダナをぞんざいな手つきで奪い取った。


「ふぅん。どんなヤツかと思えば、まさに貴族の坊ちゃんってカンジじゃん」

『それも成金貴族だね』


 二人を襲ったのは、金髪で、肌荒れの目立つ少年だった。

 彼らが少年を『成金貴族』と称したのは、その見た目と、彼が身に付けている装飾品に由来する。

 両耳には大きな宝石の付いたピアスを計五つ。首元にもジャラジャラと宝石がちりばめられたネックレスをしていた。


「さて、そんじゃ」


 顔を拝むと満足したのか、アシュリーは手中で雷を鳴らしながら、男の首に手を回そうとした。


『ちょっと、アシュリー! 何するつもり?!』

「あん? 殺すに決まってるだろ」

『ダメだよ! 何考えてるのさ!』


 アシュリーは深いため息を吐く。


「あのなぁ……。コイツはアンタを殺そうとしてたんだぜ? 生かしておく意味がワカンネー」

『だって……、殺したら死んじゃうんだぞ!』


 義利の答えを聞いて、彼女は思わず噴き出した。


「ダッチ、お前ホント面白いよ!」


 笑いながら言う。そして彼女は名前もわからぬ男へと雷撃を放った。

 下から殴られたように、男の体が一度だけ大きく跳ね上がる。


『ああっ!』

「殺しちゃいねーよ。目ェ覚まされても面倒だから駄目押ししただけだ」


 言って、アシュリーは融合を解いた。


「心配なら脈でも測れよ」


 肉体を取り戻した義利は、男の首に手を当てる。


――トクン、トクン。


 と、確かに拍動を感じられ、ホッと胸をなでおろす。

 その次の瞬間、彼は意識を失った。


「おい、ダッチ!」


 アシュリーが慌てて抱え起こすと、義利はすぅすぅと寝息を立てていた。


「んだよ。ビックリさせやがって」


 いくら魔人化によって強化していたとは言え、動かすのは義利のか細い肉体だ。

 アシュリーが電気によって無理に動かしたため、疲労の蓄積が限界に達していたのだろう。


「ちょっとだけ待ってろよ」


 どうせ聞こえはしないと知りつつも、彼女は一言そう残して義利から離れた。

 仮称・成金ぼっちゃんの体を足で蹴りながら転がし、彼が使っていたマフラーで両手を後ろ手に木に縛り付け、バンダナを猿轡として噛ませておく。


 魔人化するのと違い、聖人となるには契約者自身がその天使の名を呼ばねばならない。

 つまりこうしておけば、彼は自力で逃走することも、聖人となることもできないのだ。


 最低限の安全確保を終えたアシュリーは義利の元に戻ると、彼の体を背負い移動をし始める。

 しかし身長差のため引きずるようにしながら成金ぼっちゃんからだいぶ離れた木の根元に移動した。


 そして自身の二の腕を彼の頭の下に敷き、枕の代わりとする。いわゆる腕枕だ。


「明日からも、ヨロシクな」


 囁いて、アシュリーも静かに目を閉じた。

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