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休戦

 扉に深々と刺さった脇差しを、とりあえずは抜こうと努力をした。しかし細腕のレパイルでは動かすことすらも叶わず、どうしたものかと腕を組んで考える。


 いっそスミレの言った通りに扉を切断するのも手かと考えもしたが、動かせない刀で切るというのも無理な話だ。


「ンム〜〜〜〜ッ!」


 扉を足で抑えつつ、根菜を引き抜こうとするように踏ん張る。顔を真っ赤にしながらあらん限りの力を込めるも、やはり脇差しはピクリとも動かなかった。


「もう! 刺す向きくらい考えなさいよね! なんで刃が上向きなのよ!」


 下向きならば体重を掛けやすいので、まだ望みはある。全体重を乗せて扉を切ることで、脇差しの回収という目的だけは達成できるのだから。


 それを言うくらいならなぜ投げる時に注意しなかったんだ、とスミレの吐きそうなセリフが彼女の頭をよぎる。その瞬間に行き場を失った頭の熱はくすぶって消えた。


「んふふ……」


 不満に口を尖らせていると、布団に包まれたティアナが嬉しそうな笑みをこぼした。普段であれば何も思うことはなかっただろうが、今は違う。


「……あれだけ騒いでたのにまだ寝てるなんて」


 恨み言を漏らすように小さな声とともに、彼女は目を細めた。


 実際にはそれほどうるさくしてはいない。トワが扉を勢いよく開いた時と、廊下を走る音、アシュリーが梯子を手刀で折った音、それ以外はほとんど無に近い音量だった。スミレの所作は一つ一つが精錬されているために、無駄な音は立たないのだ。


 むしろレパイルが一人で騒いでいる今の方がよっぽどやかましいくらいである。


「こら、寝坊助二号。私が頑張ってるのに、なに寝てるのよ」


 だが、うるさいうるさくないなどということは、今は問題ではなかった。自分が額に汗を浮かべて脇差と奮闘している真横で、スヤスヤと眠りこけていることが許せなかったのだ。


 ぺちぺちと、まずは軽く頬を叩く。するとティアナは目を薄く開いたが、緩慢な動きで布団を頭まで被った。


「……レパイルうるさい」


「うるさいって何よ、うるさいって!」


 そこでレパイルは叫びながらティアナの布団を引き剥がした。


「まだ夜中じゃない……。もう少し寝かせてよ」


 自分の体を抱きしめるような格好で、ティアナが小さく抗議をする。


「アンタね……。さっさと目を覚まして、状況を確認しなさい」


「状況って……」


 寝起きのティアナは動きの鈍い思考をどうにか働かせ、まずは周囲の確認をした。


「扉に剣が刺さってることと、私の安眠が妨げられたこと以外はいつも通りよ」


 言いながら、レパイルを睨む。状況的に判断して、扉に剣を突き刺したのはレパイルだと思ったのだ。


「私が! ココに! いるでしょ!!」


 区切るごとに人差し指でティアナの額を突つく。


「だから……ッ!」ようやく気づいたティアナは言葉を詰まらせた。「レパイル?!」


 そこにレパイルがいることは、寝る前であればあり得ないことなのだ。なぜなら彼女たちは本来、北方の国・ペイルズにて魔人討滅の任についているはずなのだから。


 嬉しさのあまり動揺を隠せずにいるティアナを前に、レパイルは得意そうな顔を浮かべる。


「やぁっと気づいた」


 しかしティアナはすぐにスミレがその場にいないことを疑問に思った。余程のことがない限り、聖霊がアクターの側を離れることはない。


「スミレさんは?!」


 スミレが遠征で魔人にやられてるなどとは考えてもいない。問題なのはむしろ、今何をしているのか、だ。ティアナは自身の予測が外れていることを願いつつ、レパイルを見る。


 ちょうどその瞬間に窓の外から激しい閃光が現れ、二人は一瞬の間視界を失った。


 眩んだ目を細めて馴らす。レパイルはその状態のまま、光の元を指で指し示した。


「外で魔人と戦ってる。良かったわね。たまたま私らが早く仕事を片付けて、たまたまアンタの様子を見にきてて」


 最悪の予想が的中してしまい、ティアナの顔が一気に青ざめる。


 一対一である限り、スミレが負けるはずはない。そう断言できるほどにティアナは彼女の手腕に全幅の信頼をおいている。しかし、それはアシュリーに対しても同義であった。あの魔人が一対一で負けるわけがない。こちらはもはや確信の域であった。


 両者の実力は互角であると、その身を以って体験したティアナだからこそ断言できる。


 修復能力の面でアシュリーに分があるかもしれぬが、最悪の最悪が起きた場合には相打ちもあり得るだろう。


 ティアナは跳ね起きるとクローゼットの奥から短い弓と二本の矢を取り出した。そのうちの一本を口に咥え、もう一本をつがえる。そしてスミレに狙いを定めた。


「レパイル、スミレさんはストックと融合してる?」


「アンタ、何がしたいのよ……」


「いいから答えて!」


「……私がいた時はまだしてなかったわ」


「なら念のため狙いを外さないと……」


 足元の前方を狙う。これで万が一融合していなかったとしても十分除けられ、スミレに傷を追わせることを防げる。


「今からスミレさんのところに向かってに報告して。その魔人は敵じゃないって!」


「どういうこと?!」


「説明は、あと!!」


 矢は放たれた。



 聖人になったからと言って素手で魔人と渡り合うのは、いかなスミレでも無謀であった。まずはムチを使って時間を稼ぎ、そして次期に現れるであろうレパイルから脇差しを受け取り、魔人を討滅する。作戦としてはそれで手一杯だった。


 そんな戦略とも呼べぬ部の悪い賭けを、スミレは瞳を閉ざしたまま実行した。迷うことなく、ムチを目指して一直線に駆け出す。


 だが魔人がそれを見過ごすはずもなかった。動き出したスミレに目掛けて雷が降ってくる。


 まばゆい光が辺りをほんの一瞬だけ染め上げた。思わず目を覆いたくなるような強烈な光だったが、それにひるむことなくスミレは突進を続けている。


「ウソだろ……!!」


 魔人が目を見開く。その瞬間を彼--、もしくは彼女は目撃していたのだ。


 スミレが雷を回避するその様を。


 魔人とあってもこれには驚愕せざるを得ない。雷はまさに光の速さでの攻撃だ。人体の限界速度で移動する攻撃など比べるまでもないほどである。


 攻撃の予兆を見た時には電撃に襲われている。そういう代物なのだ。


 それをスミレは、完全に紙一重なタイミングで躱してみせた。魔人が狙いを定め、雷雲に電撃を昇らせようとしたまさにその瞬間だ。少しでも動き出すのが早ければ狙いを定め直され、少しでも動き出すのが遅ければ攻撃に当たる。


 まるで未来を見てきたかのように、スミレは雷を避けたのだった。


「ストック、時間を十秒に。それから徐々に延長」


「りょーかい」


 そんな小さなやり取りも、目を瞑ったまま行われた。


 再度、数発の雷が落とされるが、それらをすべて躱す。


 目を閉ざしたことによって他の感覚器官が研ぎ澄まされているために回避が可能になっている--、のではない。


 聖霊ストックの能力は『未来を見ること』だ。対価と引き換えに指定しただけ先の時間を見ることができる。その能力によって、スミレは未来を見ながら戦っていたのだった。


 反応できない速度での攻撃も、それがどこにどの程度の規模で訪れるのかがあらかじめわかっているならば容易く回避することもできようものだ。


 目を瞑ったのは、未来を見ることに集中するためである。今と未来の映像が混ざっては、タイミングが上手く測れなくなってしまうために、彼女はストックと融合する際にはいつもそうする。


 幾度もの雷撃を回避しながら前進し、魔人の上を飛び越えると、その向こうに落ちていたムチの柄を掴んで拾い上げた。そこで立ち止まることなくさらに駆け、雷雲の下から離れる。あとはそこから牽制と回避を繰り返してレパイルの到着を待つだけ。というところでスミレは閉ざしていた瞳を持ち上げた。


「形勢逆転だ」


 アシュリーが不敵な笑みを浮かべる。スミレは足を半歩引いた。その直後、それまでスミレの足があった場所に矢が突き刺さる。


「……ティアナの知り合いだったなら、始めからそう言え」


「何言ってんだテメェ?」


 両者は見ている世界が違うのだ。話が噛み合わないのも無理はない。


 苦労の挙句に手にしたムチを元の――腰のベルトに巻きつけた――状態にし、彼女はその場に腰を下ろして胡坐をかいた。組んだ自身の足に肘を置いて頬杖をつき、そのままの姿勢を保った。


「悪かった。ティアナの客だとは知らなかったんだ。アシュリー」


「何でアタシの名前を」


「すぐにわかる」


 スミレはそれだけ言うと、隊舎を眺めた。


「スミレーー!! よくわかんないけど、戦っちゃダメだってーー!!」


 その方向から現れたレパイルに対し、スミレは一瞥もくれずに首肯で応える。


「さっき見てきた」


「……どれくらい使ったわけ?」


「一分先まで」


 はぁぁぁ、と深いため息を吐いて、レパイルはジィっとスミレを睨んだ。


「いつか泣きを見るのはアンタだから、とやかく言いはしないけど、気をつけなさいよね」


「何だよ、ヤル気が無くなったんならコレ、引っこ抜いてくれよ」


 二人の会話にアシュリーが割って入った。そして顎で、身体を地面に縫い付けている鞘を指す。


「どうする、スミレ?」


 ティアナから「敵ではない」と聞かされたレパイルが、スミレの指示を仰ぐ。


「抜いたら襲いかかってくるぞ」


「そんなことしねーよ」


 スミレを前に、嘘は意味をなさない。すでに彼女は起こり得る未来の出来事を目にしているのだ。縛を解かれたアシュリーは、確実にスミレに襲いかかる。


 今までに体験したことのない強さを見せたスミレに対し、戦闘狂のアシュリーがジッとしていられるはずもなかった。聖人とならずとも魔人と渡り合え、途中からは攻撃が全く当たらなくなったことにより、アシュリーは心をたぎらせていたのだ。


 それなのにその相手は戦いを止め、加えて戦意を失ってしまったように闘気を潜ませた。


 ならばこちらから焚きつければいい。アシュリーはそう考えていた。拘束を解かせて襲いかかり、自己防衛という大義名分の元の戦闘をさせようという発想だ。


「あの、スミレさん。その魔人、私の……、友達? なんです」


 肩で息をしながら、今しがた到着したティアナがスミレに伝えた。それを終えるとアシュリーに向きを変える。


「アシュリー、一回融合を解いて」


「何でアタシがアンタの命令を聞かなきゃなんねーんだよ」


 それもそうか。ティアナはどこか諦めたように呟く。アシュリーが大人しく指示を聞いてくれるはずがないとわかっていたのだが、その見た目に連想させられる名前がうっかり口から出てしまったのだ。


「アダチさん」


 そして交渉相手の間違いに気づいたティアナはその名を呼んだ。


『アシュリー、僕はスミレって人に聞きたいことがあるから、融合を解いてくれる? それにトワも心配だし』


 察しのいい義利は、すぐにそう声をかける。もちろんそれはアシュリーにしか届かないため、周囲の者たちの目には悪魔が一人勝手に悩んでいるように映る。


 しばしの沈黙の後。


「わーったよ! けどその前にコレ抜け。ダッチじゃ耐えらんねーから」


 肩関節に突き立てられている鞘、その傷口は心臓の拍動に合わせて激しい痛みを放っている。それですらも義利には耐えられるものではない。さらにそれを引き抜くともなれば気を失ってしまうだろうと、アシュリーは目測を立てていた。


 もしも今の状態で融合を解いてしまえば、その全てを義利が受けなければならない。しかし融合を状態で傷を完治させてから身体を返せば、彼が痛みを感じずに住むのだ。


「ダッチって誰よ」


 聞きなれぬ名称が出てきたことにより、レパイルが口を挟んだ。疑問はあればすぐに聞いてしまうのはレパイルの癖のようなものだった。


「ダッチはアダチさんのこと。えーっと、アダチ……」


「ヨシトシな。名前くらい覚えとけ」


「……聞きなれないから覚えにくいのよ」


 ティアナとアシュリーの会話によって、レパイルの眉間にシワが寄る。


「だーかーらー! そのアダッチってーのは、どこのどいつなのって聞いてんの!!」


「その魔人のアクター側のことだ」


 言いながら、スミレが魔人に刺さっている鞘を引き抜いた。ズルリと嫌な音が鳴り、肉片と血液のこびりついた鞘尻が露になる。それを力一杯振ることで汚れを落とすと、そっと自身の脇に置いた。


 汚物を扱うような対応に、義利がひっそりと傷心する。


 アシュリーは立ち上がると体についた土埃を軽く払い、傷が塞がった頃合いを見計らって融合を解いた。


「ほらよ。これでいいんだろ?」


 戦いは消化不良なために、いささか不機嫌そうである。


「あ、悪魔が、融合を、解くなんて……」


 レパイルは先ほどまでの苛立ちは何処へやら、驚愕に目を見開いていた。


 ティアナからすればもはや見慣れつつある光景だが、一般的にその行為は異常でしかないのだ。すでに予知能力でそれを見ていたはずのスミレですら、わずかに驚いている。


「僕はトワの様子を見てくるから、ここはよろしく!」


「アタシはダッチについてくから」


 困惑の元凶である二人がその場を離れてしまい、見知った顔の三人は静寂を作り出した。


「……とりあえず、トワってーのは、あのガキンチョのことであってる?」


「え、ええ。そうよ」


 それからティアナはスミレとレパイル、ついでにストックに向けて義利とアシュリーの紹介をし始めた。


「なんだか私、最近説明してばっかりね……」


 ここ数日を振り返って、ティアナが小さくこぼす。

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