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友好

 馬宿の中から一頭の馬を連れ出してティアナは外へと出た。それがティアナの所有する馬なのだそうだ。テーレ大樹林からラクスまでの道のりを引いてきた馬は国から貸し出されているもので、この一頭とは別の馬だとティアナは言った。そう説明されたはいいものの、義利からすればどれも同じに見えて区別がつかない。


「まあ、普段から見慣れてないと違いなんてわからないわよね。私も最初はそうだった」


 義利が気を遣わないで済むようにと、ティアナは笑ってそう言った。


 そして愛馬・ブルーノを連れて義利、ティアナ、キャロ、トワの四人は荷台に向かう。トワの場合はキャロに促されてだが。


 移動の距離は短いがその間に義利は馬を観察していた。ティアナの愛馬はラクスまでを引いてきた二頭と比べると身体が小さいように見える。しかしその分引き締まっていて、付け加えると毛並みも綺麗だと、素人目にも感じられた。


 彼が考え事をしている間に移動は終わり、キャロはそそくさと荷台に乗り込んでいる。


「ヌヰ・ヌゲテ・ノ?」


 荷台で眠っているアシュリーを指差し、トワは言った。その声で義利は思考を中断し、そこが既に荷台のそばであることに気づく。



「この子供は、って聴いてるの」


 消費の比較的多い人間態のまま眠るアシュリーは、確かに傍から見ればただの幼い子供に見えた。霊態でいるよりも警戒されにくいだろうと、計算された上でのその姿だと知っているものからすれば可愛げもへったくれもない光景である。


「アダチ・ヰ・ノーム」


 急にティアナがヌネグ語を使ったために、義利は驚いた。その顔を見てティアナは得意げになる。


 トワは、ティアナの言葉を受けて興味深くアシュリーを眺めていた。


「キャロほどじゃないけど、私だって簡単な会話くらいならできるのよ」


 話に参加しつつも馬車の支度を続けているのだ。義利は尊敬にも近い関心を抱いた。


 そんな眼差しを受けてティアナはさらに鼻を高くする。


「南の方で使われてる言語とか、西の方で使われてる言語も、少しはできるんだから」


「でも『簡単な』だから、実際のお偉い人とのお話はキャロに任せっきりなの」


「あ、そうなんだ」


 伸びきった鼻は、キャロによってへし折られた。


「少しはできるもん…………」


 そんな風に子供のように拗ねたころに、馬と荷台は繋ぎ終わった。


「じゃあ、これから一旦私の家に行くから」


 ティアナは御者台に座って手綱を手にすると、後ろを振り向き全員が乗っていることを確認し、馬を走らせた。


 発進の振動はあまりなく、慣性によって身体が少しだけ揺らぐだけだった。だが眠っていても警戒はしていたのだろう。ハッとしてアシュリーが目覚める。


「おう、なんだ。用事は済んだのか?」


「ええ。簡単な報告とトワの回収だけだったからね」


「トワ?」首をひねる。そしてアシュリーはすぐに発見した。「なんだこのガキ」


 アシュリーからすれば、目が覚めたらそこにいた見知らぬ子どもでしかないのだから訝しむのも当然だ。加えて好奇の眼差しを向けられていれば、不快にもなる。


「めんどくさいから省くけど、その子はトワって言って、ヌネグ語しか喋れない純粋な魔人よ。今日から同じ家に住むんだから、仲良くしてね」


 ティアナが御者台から後ろも向かずに答える。


「えーっと、その子はね――」


 あんまりにもおざなりな説明に、見兼ねた義利がそれまでの経緯を伝えた。


 馬宿での出来事を聞き、さらに時折付け加えられるティアナの補足を受けて、アシュリーは事態を把握する。


「何か、メンドクセーことになってんのな……」


 そう呟くとゴロンと横になり、頭の後ろで手を組んだ。その話はもう終わり、と態度で示しているのだ。


 馬車は市街地に差し掛かり、大通りを進んで行く。アシュリーは人目があるにもかかわらず人間態のままでいた。しかしそれでいい。下手に霊態になると、暗い髪色の精霊、つまり悪魔であることが露見してしまうのだから、人間のフリをしているのが最も正体を隠す上では適している。


 それにしても、と義利は周囲を見渡す。通りを行く馬車はそれほど多くないが、ゼロではない。それなのに義利たちの馬車にばかり注目が集まっていた。


 義利は民衆と比べれば浮いた服装をしているが、それが直接の理由ではないだろう。まさかアシュリーが悪魔だとバレたのか、と内心でひやりとするも、視線から敵意は感じられない。羨望や尊敬などといった、畏敬の念に近いものだ。


「ティアナってもしかして有名人?」


 消去法としてティアナが浮上する。トワとキャロは、見かけ上は普通の子供でしかないからだ。


 国務兵の同僚にしては女性が多く、男性の場合は年齢が高すぎる。そして頭を下げる人々の顔には、感謝と同時に悲しみが浮かんでいたのだ。


「魔人殺しを率先して受ける人は少ないから、自然と名前が知れ渡るのよね……」


「へぇー、すごいじゃん」


 照れ、と言うには哀愁感が強い。


「あんまり嬉しくなさそうだね?」


 ティアナが浮かべたのは、褒められた者がする顔ではなかった。彼女からは後ろめたさのようなものが伺える。


 そしてティアナは重い口を開いた。


「私は確かに悪魔を倒してきた。けど、それと同じかそれ以上に、契約をしてしまった人間も殺しているのよ……」


 悪魔が人間に害を成せるのは魔人化している時だけだ。その魔人とは人間と契約した状態である。魔人を殺すと言うことは、人間も一緒に殺していることになる。


「ほとんどの人は、たぶん純粋に感謝してくれていると思うのだけれど……。その中の何人かは、私に大切な人を殺されてるのよ……」


 家族や恋人、あるいは親友を。


 会話が途切れ、重苦しい空気が漂う。義利は地雷原に立たされた気分だった。不用意な発言をすれば、さらにティアナを傷つけてしまう恐れがあるために彼は口を閉ざす。


 キャロは共犯ゆえに、何を言おうとも傷の舐め合いにしかなれないので我関せずを貫いている。


「べっつに、気にすることでもねーだろ」話に参加自体していないと思われたアシュリーが寝転がったまま言った。「それがお前の仕事なんだし」


 仕事だから気にするな、と遠まわしにではあるが励ましているのだ。と殺業者が家畜を殺すことを躊躇わないように、国務兵なのだから魔人を殺すことを一々気にするな。


 アシュリーも、ティアナのことを憎んでいる訳ではない。知った顔なのだから気遣いもしよう。


「……ありがとう」


 完全に割り切ることまではできないが、後ろ暗い気分は薄れた。



 市街地から少し離れた場所、見晴らしの良い小高い丘の上にティアナの家はあった。元は国務兵の隊舎だったというそれは、確かに二人で住むには広すぎる。二階建てのウッドハウスで部屋数は六、ダイニングとキッチンもあり、広さとしてはおよそ百六十平米ほどだ。


「異変があればすぐに駆けつけられるように市街地の中にいるべきなんじゃないかな?」


 ダイニングからキッチンに、壁を一枚隔てた向こうにいるティアナに聞こえるよう、声を加減して義利は言う。


 ラクスを一望できるその眺めは筆舌に尽くしがたい物であるが、市街地からそこに到着するまでに二十分は経過している。荷物を下ろした馬を走らせたとしても、五分はかかるだろう。有事の際にはその間に被害が進行してしまうのではないかと、義利は懸念していた。


「アダチさんの考えは尤もなんだけど、例えば街を魔人が襲ったとするでしょう? その時に兵士が巻き込まれて戦闘不能に陥ったら、誰も魔人を止められないじゃない。だから距離をあけてるのよ」


「ああ、なるほど。逆に戦力の集中してる隊舎を狙われたとしても、ここにあれば襲われたことが街から丸分かりだから、市民が逃げる猶予も作れると」


 思いの他合理的な立地に義利は頷かされる。


「………………よくわかったわね」


「え、当たってた?!」


「私の感心を返して」


 ティアナは、説明するまでもなくその発想に至った義利の思考回路に驚嘆させられていたのだが、義利は思いつきのままに口を動かしただけで深く考えていた訳ではないようだ。言い当てた当人でありながら目を丸くする。


 義利はダイニングテーブルに着き、ティアナはキッチンに立っていた。トワは、相変わらず義利にくっついたままで周囲に警戒をしていた。アシュリーは家の中を探索しており、キャロがその様子を監視している。


 そんな風に各自が思い思いに行動をしていると、徐々に香ばしい匂いが漂い始めた。


「はい、お待ち遠様」


 広い木製の盆に五枚の皿とチーズやパン、それと小さなグリルとナイフを乗せてティアナもダイニングテーブルに着く。炭火の入っているそのグリルには二センチほど離してチーズが掛けられており、表面がわずかに焦げようとしていところであった。匂いの元はそこからのようだ。


「これがラクレット?」


 荷馬車の上で干し肉と果物を食べた義利だったが、チーズの焼ける独特な匂いに胃を刺激され、ぐぅと小さく腹を鳴らした。


「そう! ちょっと待ってね」


 声を弾ませ、輪切りのバゲットを皿に二枚取り分けると、そこにとろけたチーズをナイフで削ぎかけた。その皿を義利に差し出す。


「はい、食べてみて!」


 ありがとう、と微笑みながら皿を受け取り、いただきますも早々にティアナの視線に急かされて、さっそく口に運ぶ。


「……おいしい!」


「でしょう!」


 チーズの風味が熱せられたことにより増しているのだ。そして単体であれば口腔内に纏わり付いて不快になってしまうだろうチーズを、バゲットのザクリとした食感が助けている。溶けたチーズから出る油分もバゲットが吸っているためか、飲み込むことも苦にならず次々と食べることができた。


「ごちそうさまでした」


 二切れのバゲットを平らげた義利は両手を合わせて軽くお辞儀をしながら言った。


「お芋で食べても美味しいのよ?」


 それに対してティアナが次をすすめる。すると義利は手のひらを向けてやんわりと断りを入れた。


「これ以上食べると晩御飯がキツくなるから……」


 義利としてもティアナの提案に乗っかりたいところではあったが、胃袋にはその余裕がなかった。元々あまり多く食べる方ではないのだ。


 ティアナは少し物足りなそうな顔をすると、義利の隣に座るトワに視線を移した。トワは物欲しそうな目でティアナを見返す。


 言葉など、もはや無用だった。


 義利に対してしたのと同じようにして、ティアナは皿を差し出す。トワはそれを受け取り、吐息で少し冷ましてから齧り付いた。よほど空腹だったのか、よほど気に入ったのか、がっつくようにして義利と同じ量を即座に完食する。


 トワは何かを言おうと口を開くが、しかし声を出さずに閉じ、少し考えてからサムズアップをティアナに送った。


 ティアナは満足そうな笑顔と共にサムズアップを送り返す。


 微笑ましい光景を前に義利は、サムズアップはこっちでも使えるのか、とズレたことを考えていた。


「アタシにもくれ!」


 そこに探索を終えたアシュリーが現れ、義利の隣、トワの反対側へ椅子を移動させ席に着く。


「キャロもちょっとだけ食べるのー」


 続いて来たキャロもテーブルに加わった。


 こうして縁あって席を同じくしている五人だが、一人はガイアの人間、一人は天使、一人は悪魔、一人は純粋な魔人、一人は異邦人と、一人として同じ立場の者がいないという歪な線でしか繋がっていない関係だ。


 きっかけさえあればすぐに壊れてしまうような不安定さで、彼ら彼女らの仲は形成されている。

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