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第03話~プラン・フォーレスの悩み~

--ここにいても、いいんでしょうか……?


 それはプラン・フォーレスの最近の悩みだった。


 第零大隊。


『魔人殺し』の異名を持つティアナ・ダンデリオンを隊長に、『白雷』の異名で知られるアダチ・ヨシトシを副隊長に据えた部隊。


 そんな中に、これといった取り柄のない自分がいていいのかが、彼女には疑問であった。


「……はぁ」


 思わずため息をする。


 ティアナのように誇れる実績も、戦闘技術もない。

 義利のように誉れ高い精神性もなければ、魔法に対する応用力もない。


 それまでは義利の代わりの事務仕事を主に彼女が請け負っていたために、補助要員として自身の地位を定めていたのだが--。


「アルくん……。脳まで筋肉でできてると思ってたのに……」


 アル・ブロウにより、その地位は脅かされていた。


 備品の管理から書類の処理、加えて経理に関しても、アルは完璧と言っていいほどの仕事をする。

 何より作業がプランの倍以上に早いのだ。


 彼の仕事ぶりは、プランに鬼気迫るものを感じさせるほどである。


 まるでそうしなければならないと、誰かから脅されているかのように、必死で彼は仕事に取り掛かっているのだ。


「……はぁ」

「なんだいなんだい。ため息なんか吐いちゃって。辛気臭いなぁ」


 二度目のため息には返事があった。


「……グロウ」


 プランの契約精霊の、グロウだ。


「きみの取柄は能天気さくらいのモンなんだから、そんな顔してちゃあ野鳥を追い払える分、案山子のほうがまだマシだよ」


 グロウにとっては普段と変わらぬ軽口だ。

 長い付き合いの中で何度も繰り返してきた冗談のつもりでしかない。


 だが彼の放った軽口は、今のプランに対しては間が悪かった。


「私だって、たまには悩むんですッ!」


 珍しくも声を荒げたプランに、グロウはひどく困惑した。


「な……、ど、どうしたのさ……」


 その反応でプランは我に返る。


「……すみません。今は少し、冗談に付き合える余裕がないみたいです」


 これは重症だな、とグロウは態度を改める。


「何を悩んでるのかは知らないけどさ、一人で考えたってどんどん暗くなるだけだよ? 試しにほら、僕に話してみなよ。意外とすっきりするかもよ?」

「……じゃあ--」


 そこで彼女は胸の内を明かした。

 信頼しているグロウだからこそ、真摯に答えてくれるだろうと、彼女はありのままに、包み隠さずすべてを離した。


「……はッ! 馬鹿らしい」


 その結果がこれだ。


「……あのですね。本気で怒りますよ。私、真剣に悩んでて、どうしたらいいかわからなくって泣きそうだったんですよ。なのにその態度はあんまりじゃないですか」

「ホントに泣くなよ……」


 怒ると言いながら目じりに涙を溜めこみ始めたプランに、グロウはやや良心を痛める。

 うっかりと普段通りの物言いをしてしまったが、今の彼女は彼女なりには真剣なのだ。


「いいかい、プラン。今からきみの悩んでたことが、どれだけ馬鹿馬鹿しいか証明してあげるよ」

「……はい?」


 すると彼は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。


「みーんなー!! プランが、この隊を辞めたいってーーーッ!!」

「な、ななっ! なんてことを!」


 慌ててグロウの口を塞ぎにかかるが、手遅れだ。

 声を聞きつけた足音が、驚くほどの速さで彼女の部屋に踏み入る。


 数は三つ。


 義利と、ティアナと、トワだった。


「プランさんッ! 今の、本当なんですか?!」


 その顔に不安の色をありありと浮かべた義利が真っ先に疑問を呈し。


「わ、私が夕飯にラクレットばっかり並べようとするから?! それとも雑草と香草を間違えたせい?!」


 ティアナは自身の行動から問題点をさらい出し。


「『スケベ』って呼んだことならごめん。謝る--謝ります。ごめんなさい」


 普段であれば目上に対する敬意の欠片も感じさせない態度で接してくるトワは殊勝な様子で頭を下げた。


「あ、あの! グロウの嘘です! 嘘なんです!」


 三人の動揺具合に驚きつつ、プランは宥めようと試みるが、グロウが黙っていなかった。


「全部が嘘ってワケじゃないだろう? 自分なんかいらないんじゃないかって、ここにいていいのかって悩んでたんだから」

「なっあぁッ! 人の真剣な悩みを軽く扱わないでくださいよ!」

「言質、取ったよ」

「……あ」


 冷静さを欠いてグロウに喰ってかかり、そのため三人に対し先の言葉が真実であることが露呈したことに、彼女は内心で冷汗を流す。

 脱力したプランの腕をするりと抜け出し、グロウは不敵な笑みを浮かべた。


「さて、お三方。悩める僕のアクターを引き留めるなら今しかないけど、どうする?」


 三人は顔を見合わせ、小さく頷く。


「プランさんが『どうしても辞めたい』って言うなら無理には引き留めないけど、そうじゃないなら残ってほしい」


 まず口を開いたのは、義利だった。

 そこにグロウは合いの手を入れる。


「ほうほう、その心は?」


 真剣な空気を、狙って緩めようとするグロウを横目で軽くにらんでから、彼は続けた。


「出会ったばっかりの時のこと、覚えてますか?」

「あぁ……、その節は本当に申し訳なく--」

「そうじゃなくって!」


 頭を下げようとしたプランを阻み、義利は語る。


「普通は誰かに『この魔人は安全ですよ』って言われたって、怖がって近づこうとはしないんですよ。……今のラクスの人たちみたいに、極力僕から遠ざかるんです。ティアナだって、最初の内は手の届く距離に近づくと警戒してきましたし……」


 プランを説得する傍らで密かに言葉の矢を受けて、ティアナが渋い顔をするが、義利は気づかなかった。


「だけどプランさんは違った。ティアナから僕の身の上を聞いて、それだけで魔人っていう偏見を捨てて僕と接してくれた」


 説得をするはずが、伝えそびれていた感謝の気持ちを述べているだけに終わってしまいそうになり、義利は最後に付け足す。


「プランさんがいると、なんだか安心できるんです。いなくなったら寂しい。自分勝手で申し訳ないですけど、だから僕は、残ってほしい」

「私の場合、居てくれないと困るわ……。愚痴とか相談とか、色々聞いてもらってるし……」


 義利に続くティアナは、プランの手を取りながら、上目づかいになった。


「一緒にいて安心するっていうのは私も。言おうかどうか迷ってる悩みを抱えてると聞き出してくれたり、相談すると一生懸命考えてくれたり、そういうプランさんの優しさを、私はいつも尊敬してる」

「冗談を言ったり、ふざけたりしても笑って許してくれて、姉妹ってこんな感じなんだろうな、って甘えさせてもらってる。だから……、いなくなって欲しくない」


 ティアナとは反対の手を取り、その甲に額を当てて、トワは思いを言葉にする。


「趣味なんていらないと思ってたわたしに、植物を育てる楽しさを教えてくれた。これからも色々教えて? それに、あなたにも命を救われた恩がある。どうしても辞めたいとしても、それを返すまでは待っててください……」


 元を辿れば義利の趣味に合わせるために始めた庭いじり。

 それが趣味に昇華されたのは、プランが居たからだ。


「みなさん……」


 こうした機会がなければ知ることもなかっただろう、他者からの評価。

 それを聞かされプランは、感極まって言葉を失っていた。


「どうだい、プラン?」


 そんな彼女に得意げな顔を向けて、グロウは言う。


「確かにきみの言う通り、きみがしていることは他の誰かでもできるさ。けど、そんなことを言ってしまえば、アダチの代わりも、ティアナの代わりも、トワの代わりだって、探そうと思えば探せるんだ」


 簡単じゃないだろうけどね、と小さな声で彼は呟く。


『人間に味方する元・魔人』

『一人で魔人を倒しうる兵士』

『穏やかな性格の純粋な魔人』


 稀有な存在ではある。

 だが、彼ら以外に居ないとは言い切れないのだ。


「三人の代わりが見つかったとして、その隊が今より好条件の好待遇で迎え入れてくれるって声がかかったとして--」


 屁理屈なのだろう。

 それも、意地の悪い屁理屈だ。


 それを自覚しながら、彼は問うた。


「--ソコとココ、どっちに居たいと思う?」


 ようやく、彼女はグロウの真意に気づく。

 同時に、自分の愚かしさにも。


 瞼にたまっていた涙をぬぐい、鼻をすすりあげ、それから彼女ははっきりと答えた。


「ここがいいです。ここじゃなきゃ、イヤです」


 優しい魔人が居るからではない。

 強い兵士が居るからではない。

 珍しい存在が居るからでもない。


 足立義利が、ティアナ・ダンデリオンが、トワがいるから、彼女はこの隊に居たいのだ。


「この三人も、きみじゃなきゃイヤなんだってさ」


 ただ共に居たい。


 個々人により多少の差異はあれど、理由はそれだけだ。


 そしてそれだけで、プランには十分だった。


「私ってば……、なんて馬鹿な悩みを……」


 涙ぐむプランに、そしてその場に居合わせた全員に、義利は改めて伝える。


「僕は、皆とずっと一緒に居たい。大切な仲間だから」


 返事も、反応もない。

 だが全員が同じ気持ちであった。


 皆が皆、いつまでも一緒に居たいと--居られるものだと思っていたのだ。

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