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第02話~それぞれの想い~

「あぁ~。とけるー……」

「おじさんクサいわよ」


 言葉の通り湯船に溶けてしまいそうなほど脱力している義利に、ティアナが小さく笑いながら指摘をする。


 湯船。つまりは風呂だ。

 朝の鍛錬の後に、こうして肩を並べることに、二人はもはや欠片の疑問も感じていない。


 義利の冗談から始まった混浴は、いつの間にやら日常の一つとなっていた。


「こう、ね。疲れ切った身体を包み込んでくれるお湯の感覚がさ、優しく抱きかかえられてるみたいでねー」


 湯船の淵に首を預けて、半ば浮かんでいる状態の義利は、心ここにあらずな様子で心境を言葉にする。


 そんな彼の状態を、ティアナは快く思いはしなかった。


「こんな感じ?」


 と、ティアナは義利の身体に緩く腕を回す。

 すると彼女の狙い通りに、義利は硬直した。


 素肌を見ることには慣れていても、肌が触れ合うことには慣れていないのだ。

 そもそも義利は、うっかりにでも触れぬようにと気を使い、常に体半分の距離を保つようにしていた。


 しかし緩み切っていたことで、ティアナからの抱擁を許してしまったのだ。


「あ、あの……。いくら僕でもこういうのは……」

「嫌?」

「嫌ではないんだけど……。困る……」

「なんで?」

「その……。ね? わかるでしょ?」

「わかんない。なんで?」


 嘘だった。

 義利がその場をやり過ごそうと必死な姿を見ているのが楽しくなり、彼女は嘘を吐いたのだ。


「えっと……。この際だからはっきり言うけどね。襲いそうになる」


 共に入浴している際に、義利はティアナの身体へ意識を向けぬよう、常に努力をしているのだ。

 基本的に彼女のいない方へと視線を向け、会話をする際には眉のやや上に焦点を合わせ、そうすることで平時と変わらぬと自分に言い聞かせていた。


 そんな涙ぐましいまでの努力で成り立っていた自己暗示も、直に触れたことで解けて消える。


 わずかに残った理性だけで、一時の感情に流されそうになる自分を、彼は抑え込んでいた。

 そこへ、ダメ押しをするようにティアナが囁く。


「--別に、襲ってくれてもいいのよ?」


 興奮からまともに回らなくなる頭で、それでもどうにかティアナをなだめるための言葉を模索する義利だったが--。


「なーんてね。嘘ウソ」


 そう言ってティアナは小さく舌を出して笑い、義利から離れた。


「アダチさんったら、びっくりするくらい期待通りの反応してくれるから、ついからかいたくなっちゃうのよ」


 まくし立てるような早口で言い切ると、彼女はそそくさと浴室のドアへと向かい、ドアを隔てて声をかける。


「朝ご飯は私に任せて、アダチさんはゆっくりしててねー」


 ティアナの消えたドアをぼう、と眺めて、義利は長い溜息を吐きだした。

 安堵と、ほんの少しの口惜しさが、そこには含まれている。


「心臓に悪いなぁ……」


 そう呟く義利は、ドアの向こうにいるティアナが羞恥で顔を真っ赤にして蹲っているなどとは、知る由もなかった。



 フレア・ヴォルカニアは眉を寄せ、自身の周りで繰り広げられている人間模様を顧みる。


「聖人で国務兵のティアナとプランとアル。その契約精霊で天使のキャルロットとグロウとレパイル、あとセレナ。悪魔のアシュリーとワタシ。純粋な魔人のトワ。魔人のガルド。んで、ヨシトシ」


 隊舎にいる全員を指折り数え、それぞれの顔を頭に浮かべた彼女は、呆れから思わず噴き出した。


「冗談みたいにバラバラで、だけど纏まってるなんて、不思議なモノねぇ……」

「よせよせ。フレア、哀愁漂わせたってお前には似合わねぇよ」


 窓枠に座り、遠くを眺めていたフレアに声がかかる。

 彼女の契約者である、ガルド・マニエンだ。


「あら、心外ね。これでも心は乙女なんだから」

「はッ。抜かせ」

「……お仕置きされたいのかしらん?」

「冗談! オレはフレアほど乙女な女を知らねえよ! いやぁすごい乙女。乙女の中の乙女だってね!」


 手のひらで炎をくゆらせながら目を細めたフレアに、ガルドは慌てて取り繕った。


「……チョーシいいんだから」

「ま、冗談はさておき」


 少しの間を置き、彼は真剣な表情を浮かべて問う。


「結局、お前はどうするんだ?」

「……なんのことか、さーっぱりわかんなーい」

「とぼけるなよ。こっちは真面目に聞いてるんだ」


 それは、既に何度も繰り返されてきた問答だ。

 フレアの答えは、いつも変わらない。


「……言ってるでしょー。ワタシはあくまで中立の姿勢でいるって。その日、その時、その場所で。ワタシがしたいようにするだけ」


 いつも通りの受け答えであれば、それで話は終わるのだが、この日のガルドはさらに食い下がった。


「もう時間が無いんだ。今のうちに決めておかないと、後悔することになるぞ」

「……わかってるわよ」


 言うべきことは言い終えたと、彼はフレアに背を向け部屋を後にする。


「………………」


 一人になり、彼女は改めて周囲の人間模様を顧みて、自身の心と向き合う。


 契約者のために悪魔であることを捨てて天使になったアシュリーには、尊敬の念すら感じている。

 敵として拳を交えたティアナだが、共に過ごす中で友情が芽生え始めている。

 何かにつけて世話を焼こうとするプランは、鬱陶しくもありながら嫌いではなかった。

 義利に誘惑を仕掛けるたびに敵意を向けてくるトワは、側にいて飽きることがない。

 天使たちも、アシュリーという前例があったことで分け隔てなく接してくれている。


 そして。


 ただ生きているだけの--、生きるために殺しをするだけだった彼女の生活を変えるきっかけをくれた義利がいる。


 だから彼女は迷っているのだ。


 今の生活を続けて死ぬか。

 元の生活に戻って生きるかが。



 アル・ブロウは、国務兵という仕事に憧れを抱いている。


 彼が小さな子供だった頃の話だ。

 好奇心が旺盛だった彼は、大人から立ち入ることを禁止されている森に、一人で探検に出かけたことがある。

 その際に魔獣に襲われ、偶然居合わせた国務兵により救われた経験が、彼の将来を決めたと言っていい。


--かっこいい。


 純粋にそう思い、憧れた。

 その憧れから彼は自身を鍛え、身近で起きた諍いには積極的に仲裁として割り込み、場合によっては拳で制裁を加えるといった自警活動に勤しんで成長をしてきたのだ。


 いつの日にか、万人を救える兵士になりたい。


 今や顔どころか性別すらも思い出すことのできない憧れに手を伸ばし続け、そして二十歳を迎えて受けた国務兵の採用試験。


 その日、その時のために彼は研鑽を重ねてきたのだ。

 身体を鍛え、自身の性格と合う精霊を探し出し、不得手な魔術の学習までも積み、絶対の自信を持っていた。


 だが、予測のしようがない異常事態により、アルの予定は大きく狂わされる。


 魔人による襲撃。


 同時に試験を受けていた者の大半が、奇襲により命を落とした。

 彼は難を逃れるも、それは偶然によるモノでしかない。


 咄嗟の判断に迷わなかったのは、紛れもなく彼自身の実力なのだが、それでも。


 あの場に、炎に対する絶対の防御性能を持ったティアナが居なければ、間違いなくアルも生きてはいなかった。


 その事実が、彼の自信を揺らがせる。


 必死の鍛錬も、苦労の末に交わした契約も、胼胝ができるまで走らせた筆も、すべてが無駄だったのだと否定された気分だった。

 だから。


 だから彼は逃げなかった。

 勝ち目の見えない魔人を前にして、むしろ闘志を燃やした。


 戦って、勝って、そうして証明しようとしていたのだ。


 これまでの努力は無駄なんかじゃなかったんだ、と。


 結果として、彼は魔人との戦いで勝利を収めている。

 だが、彼が居る必要などどこにもなかった。


 ティアナは、単身であれば炎を防ぎつつも立ち回ることができただろう。

 アルと、共に居たナイトを守りつつ、彼女はコロナという名の魔人を相手にしていたのだ。

 むしろ彼らは足手まといですらあった。


……否。


 ナイトに関しては、戦闘に大きく貢献している。


 感覚の反転。

 見ている世界が、動かそうとした体が、全て逆になるという能力により、コロナの行動に対し大きな支障を作り出していたのだ。


 単純な戦闘能力で言えば、ナイトはアルの足元にも及ぶまい。

 しかし戦闘支援を加味した場合、評価は反転する。


 彼は切磋琢磨する仲間を今まで持ったことが無かった。

 故に一人で戦うことしか考えていなかったのだ。


 一人で、魔人と戦うつもりでいたのだ。


 決して不可能と言い切ることはできない。

 事実、ティアナは単身での魔人討滅を幾度か成し遂げている。


 生きた前例が目の前に居たから、それが自分よりも若い少女であったから、だから彼は知らなかった。


 そこに至るまでに、どれほどの代償が必要なのかを。


 共に戦ったからこそ彼は気づけた。

 コロナに挑むティアナが、決死の覚悟でいたことに。


 正しく命がけで彼女は戦っていた。戦い続けていた。


 自信を取り戻す。評価を得る。

 そんな生半可な気持ちなど欠片もない。


『死んでも殺す』

 ある種の矛盾すら孕んだ意志で、彼女は戦い続けていた。

 片腕を失ってもそれは衰えることなく、そこに彼は恐ろしさを覚える。


 理想との差に絶望するほどだった。


『万人を救える兵士になる』

 子供の時分に描いた夢が、打ち砕かれていった。

 コロナに拳を躱される度、その後をティアナによって守られる度、ナイトによって助けられる度、彼は自分の愚かしさに向き合わされる。


 今のままでは自分の身ひとつすら守れないことを、思い知らされた。


--だったら。


 夢も理想も踏みにじられ、それでもなお、彼の心は色あせない。


 理想が遠いのならば、夢が果て無いのならば、更に進めばいいだけだ。


 その想いから、彼はフレアの来訪時にも参戦した。

 そして第零大隊への入隊も迷うことはなかった。


 少しでも早く強さを手にする。

 そのためには今までの平凡な修練では足りないのだ。


 だから彼にとっての強さの象徴であるティアナ・ダンデリオンと、足立義利から学ぼうとしていた。

 どうすれば強くなれるのかを。


 そして二ヶ月が経過した結果。

 わかったことはただ一つ。

『何もわからない』


 鍛錬の量も質も、アルの方が遥かに上だ。

 魔術の応用能力については未だ義利から盗んでいる最中ではあるが、少なくともティアナよりは彼の方が上回っている。

 武器の扱いはティアナの指導を密かに受けており、彼女から義利以上であることは太鼓判を押されている。


 基礎能力では勝っているはずなのだ。

 だというのに、彼は今まで一度として、素の二人に勝利を収めることができていない。

 何度も挑み、何度も敗れ、その度に改善策を講じてきた。


 融合をせずに試合を行っている以上、セレナの能力は理由にはできない。


 何か--決定的な何かが欠けていると知り、それが何なのかを、彼は模索している。


「どうすれば……、アイツらみたいになれるんだ……」


 しばしの休息をその一言で切り上げ、彼は走り込みを再開した。

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