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第四章 14

 久方ぶりに第零大隊の全員が集合し、顔を合わせたその後。


「うあー……」


 夕食後に始まったティアナの小言から解放された義利は、呻きながら自室のベッドに倒れこむ。

 単に気疲れからではない。ラクスへ至るまでの疲労が抜けきっていないのだ。


「……ん?」


 倒れ、そこで手に触れたベッド以外の感触に気づく。

 柔らかいことには柔らかいのだが、布や綿とは違う。

 それは義利の鈍った触覚でも分かるほどには差があった。


 沈み込むだけで無く、押し返してくる。

 そして温もりがあり、鼓動が感じられた。


「あァ? どうしたダッチ。発情期か」

「ごめん。わざとじゃない」


 そういって彼は、何事もなかったかのようにアシュリーの胸から手を退ける。

 わざとではない。その言葉は本当だ。


 本当なのだが、思春期の少年がする反応としては少々味気ない。

 触られたアシュリーもそうだ。

 目くじらを立てるでもなく、冗談めかした一言だけで済ませている。


 それもこれも、二人の信頼関係によるものだ。


「ま、疲れもするよな。あんだけ無茶したんだし」

「あー……、うん」


 言われずとも、アシュリーは義利の状態など見抜いていた。


「傷の具合はどうよ?」

「大丈夫――、ってわけじゃないけど。問題はないかな。動くし」


 うつぶせのまま膝を曲げ、足を持ち上げる。

 重力によって裾は捲れ、義利の肌が露出した。

 内出血により、全体が薄く紫に変色している肌が。


「うっへー……」


 気味の悪さから唸りつつも、アシュリーは義利の服をつまみ上げた。


「おーおー。ケツまで染まってらぁ。治んのか、コレ?」


 テオールでは脹脛だけであった変色が、太腿や臀部にまで広がっている。


 口調こそは軽いが、その実アシュリーは義利の身を案じているのだ。

 魔人であればこの程度の損傷、気にする必要すらなかった。

 失った今だからこそ、悪魔の恩恵を噛み締めさせられている。


「見かけほど悪くないよ。黒さもだいぶ引いてるし、明日には気にならないくらいに治ってるんじゃないかな?」


 そんなアシュリーの憂いを拭うために、義利は笑って言った。


 広範囲に及ぶ内出血。

 普通であれば数日で完治するものではない。


--普通の人間であれば。


 義利は唇に歯を立て、薄く血を流す。

 すると見る見る血の勢いは弱まり、一分ほどで完全に止まった。

 完全とまではいかないものの、彼には修復能力が宿っているのだ。


 怪力に、修復能力。そして魔力感知。

 それらの異能を持つ彼を、もはや普通の人間とは呼べまい。


「魔力汚染って、聞こえは悪いけどさ。こういう面もあるって思うと、治すのがもったいなく感じるよね」

「胸と布団の区別もロクに付かねえままで良いってのかよ」

「それは嫌だな~」


 冗談めかして笑い飛ばし。

 そうして彼らは、どちらからともなく手を繋ぎ合った。


「少しだけもったいないけど、治すよ。これからもアシュリーと一緒に、同じものを見たいから」

「……一緒に、同じものをな」


 特別な感情のこもった台詞に、アシュリーは自然体で返す。


 想いが届いていないことを、義利は理解している。

 だがそれで良いと思っていた。


 今の関係が、心地よいのだ。


「おやすみ、アシュリー」

「ああ。おやすみ」


 優しく囁き、目を瞑る。

 眠りに落ちることはできないが、彼は形だけの睡眠を朝まで続けるのだ。


「………………」


 深夜。

 街中が寝静まる時間。

 今までであれば孤独の寂しさを覚える頃だ。


 しかし、この夜は違った。

 繋いだ手からの温もりが、義利の心を満たしていたのだ。


 眠れなくなって以来初めて、彼は笑ったままで朝を迎えることができた。

 一人じゃないと確かに信じられる、アシュリーの手を握りながら。



 閉じた雨戸の隙間から、薄く細い日が差し込む。

 それを感じて義利は身体を起こした。


 床に就いてから繋いだままの手を見て、目を細める。

 これから彼は体を鍛えるつもりだったのだが、その手を離すのが名残惜しくてたまらなかった。


「………………」


 義利は、ふと閃き、即座に実行へと移す。

 緩く握りあうだけだったそれを、アシュリーに気づかれぬように、そっと指同士を絡めた。

 いわゆる恋人繋ぎだ。


 密着度の増した手を緩く開閉し、触れ合いを堪能する。

 満足のいくまでそうしてから、義利は手を離して身支度を始めた。


「………………」


 鼻歌でも歌い始めそうなほど上機嫌な彼は、背中への視線には気づかないまま部屋を後にする。

 アシュリーは、薄目で扉が閉まるのを確認してから、上半身だけを持ち上げた。


 未だ義利の暖かさを覚えている手を見て、そして小さくため息を吐く。


「ったく……。どいつもこいつも色気付きやがって……」


 ティアナとトワは言わずもがな。

 先ほどの反応からして義利もだ。

 

 そして。


「ホントによぉ……。どうしようもねぇな……」


 愚痴をこぼしながらも頬を紅くしている彼女もまた、その『どうしようもない』一人なのであった。



 戦う力ではなく、戦う技術を手に入れること。

 それが義利の目的だった。


 今までは、ただひたすらに木刀を振るい、あるいは重石を持って、筋力の増強だけに努めていた。

 戦闘に関してはすべてをアシュリーに任せられたからだ。

 体の支配を明け渡せば、義利自身は何もすることがなかった。


 しかしこれからは違う。

 自分で考え、自分で体を動かし、自分で戦わなければならない。

 それも、基礎能力からして大きくかけ離れた魔人を相手に。


「今更だけど、強いって反則だよなぁ……」


 しみじみと、心から彼はそう思っていた。


 魔人を倒すには、心臓か脳を可能な限り一撃で破壊しなければならない。

 だが魔人には知性があるのだ。

 ただでは倒されてくれるはずもない。


 執拗に心臓と脳が狙われていると気づけば、そこを守ろうともする。

 当然反撃にも打って出るのだ。

 その拳が掠めでもすれば、人間にとっては致命的な損傷となる。


 まさしくその強さは、反則的だっだ。


「--言っておくけど、アダチさんはこの前まで、ずーっと反則してたのよ?」

「うおぁッ!?」


 ポン、と後ろから声とともに肩に手を乗せられ、義利は思わず飛び上がりそうになる。

 雑念に捕らわれたまま素振りをしていたことで、周囲への警戒が疎かになっていたのだ。


「な、なによ……? そんなに驚くことないでしょうに……」


 予想外に大きな反応をされ、ティアナは及び腰となる。

 目を白黒とさせる彼女に、若干の罪悪感を義利は抱かされた。


「いや、こう……。不意打ちされるとすごいびっくりしない?」

「ああ、確かに。お風呂上りの着替え中っていう、一番気の抜けてるときに覗きを見つけると、思わず叫んじゃうものね」

「………………」


 自身の状況を伝えることで和ませようとしたのだが、驚かされた仕返しと言わんばかりに、ティアナからの言葉は鋭いものであった。


「あれからそんなに経ってないのに、ずいぶん懐かしく感じるよね……」

「いいこと風に言っても、覗きは覗きでしかないわよ?」

「………………」


 とにかく鋭かった。


「えっと、その件に関しましては、私としても非常に遺憾の意でありまして……」


 じっとりとした目で睨んでいたティアナは、しかし義利のしどろもどろな言い訳の直後に噴き出す。


「冗談よ。ジョーダン。あんなのもう気にしてないわ。忘れるって約束だし、それに一緒にお風呂に入りもしたじゃない」


 朗らかな顔となった彼女を見て、義利もつられて笑みを浮かべる。


 冗談を笑って言えるほどの相手は、彼にとっては貴重な存在だっだ。

 なにせ、地球にいた時には一人しかいなかったのだ。

 その相手にすら、彼は自分から冗談を言ったことは一度もない。


 ふむ、と義利は少しだけ考え、自分からも冗談を言ってみようと思いつく。


「なんならこの後も一緒に入る?」


 冗談の言い合いと言うものに、彼はほんの少しの憧れがあったのだ。


 混浴の誘いなど、よほど親しくなければ冗談では済まされない嫌悪感を抱かせることとなる。

 だがティアナであれば、この程度の冗談は笑って流してくれるだろうと、彼は思っていた。


「そうね。どうせだし、一緒に入りましょうか」


 思っていたのだが、すんなりと受け入れられてしまった。


「あ、あのー……。ティアナ? 冗だ--」

「--前からね、思ってはいたのよ。一緒に入っちゃえば、背中も流しあえるし、薪の節約にもなるんじゃないかなって。うん、そうよ。今度からは、朝の鍛錬が終わった後は一緒に入りましょ!」


 口を挟む暇さえなく、あれよあれよとティアナが話を進めて行く。

 冗談のつもりが、今後の朝の日課に混浴が設けられそうになっていた。


「えっと、ティアナー?」

「それに一緒なら、もしもアダチさんが逆上せてもすぐに気づけるし」


 ついに決意めいた何かを瞳に宿し始めたティアナに、とうとう義利は冗談だったと伝える機会を逸する。


 結局、二人はこの後に模擬戦を行い、終わってからは互いに背中を流しあった。


 口は災いの元。

 その言葉の意味を、彼は身をもって知る。

 尤も、精神衛生上は災いだが、彼にとっては幸いなことだった。


 決して性的な意味合いはなく、彼にはガイアに来るまで、同性とすら湯船で肩を並べた経験はなかったのだ。


 言葉として、そして物理的にも裸の付き合いができる友人。


 ティアナに限らずアシュリーやトワ、それにキャルロットにプラン、レパイルもその中には含まれる。

 ゆくゆくはフレアやガルドやアルともそうなれるだろうと、彼は確信している。


 だからこそ、罪悪感を覚えずにはいられなかった。


 自らの意思では無いにせよ、帰郷の条件が着々と整い始めていることを黙っているのが、彼らに対する裏切りのように思えているのだ。

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