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第四章 11

「待った待った。戦うつもりはないんだってば」


 ティアナから受けた敵意を払うように手を振り、フレアは言う。


「その気だったら、とっくにアンタらなんか殺してるわよ」


 真偽のほどは定かではないが、少なくとも彼女はそう思っているのだろう。


「……だったら、何が目的なのよ」

「んもう……話くらいちゃんと聞きなさいよね。届けに来たって言ったじゃない」

「何を」


 ティアナとフレアの会話を聞き流しながら、アルは行動を決めあぐねていた。

 義利という前例があるために、フレアもまた善良な魔人なのではないかと、攻撃の手は止まっている。

 しかしティアナの放つ警戒心が伝播しているために、気を許すことまではできない。

 か細い綱の上を渡っている気分だった。


 何かをきっかけに、戦闘が再開されるかもしれない。

 今のうちに行動不能に追い込んでおいたほうがいいのではないか。

 だがもしもそれが引き金となって、おとなしくしている魔人が暴れだしたら……。


 冷汗がアルの額を伝った。


「だーかーらー! ヨシトシを、よ!」


 憤慨するようにフレアが声を荒げる。

 その瞬間、アルは確かに魔力が動き出すのを感じた。


「……ッ!」


 咄嗟に、手が出る。

 彼は硬化させた拳を打ち出した。


 フレアは、避ける素振りも見せずに受け止める。

 彼女は見切っていたのだ。

 その拳では、毛ほども傷つかないと。


「あのねえ……。私だったからいいものの、他の魔人には、そんな腰の引けた攻撃じゃあ返り討ちよ?」


 呆れから、フレアはため息を吐く。

 アルの拳は確かに届いている。

 頬骨のやや下、上の臼歯のあたりだ。


 狙いを外してもいない。

 その位置に拳を当て、歯を折り、折れた歯によって頬に風穴を空けるつもりで殴ったのだ。


「なん……、だと」


 たったの一歩すら動かせなかったこと、そしてフレアからの指摘により、彼は自身を疑い、自信を失う。

 そして、膝から崩れた。


「っつーか人間って、ホントに話を聞かないわね。それとも何? ヨシトシって嫌われてんの?」


 アルに対する興味など持ち合わせていないフレアは、再びティアナに話を振る。


「……ヨシトシ?」


 ようやく、ティアナの意識がフレアの言葉へと向かった。

 耳慣れない、しかし聞き慣れた名前に、ティアナは意図せず緊張の糸を緩めてしまい、聞き返す。


「アダチさん?」

「そ。アダチ・ヨシトシ。アンタの仲間でしょ?」


 くいっ、とフレアは背後を親指で指し示した。


--ズ……、ズ……。


 何かを引きずる音が、次第に近づいてくる。


「何……? 何の音?」

「ああ、心配しないで。私だから」


 警戒を強めるティアナを、フレアは軽い口調であしらう。


 茂みの奥から現れたのは、義利ではなかった。

 一言でいうのならば、泥の人形だ。


 ソレが何かをロープで引きずっている音だった。


「あれから色々あったのよー。その中で私、こういう能力の使い方も覚えたの」


 フレアからにじみ出ていた魔力が消える。

 それと同時に泥の人形が溶けて崩れた。


「いやー、便利便利。もっと早く知ってればねー」


 泥の人形が引きずっていたのは、小さな筏だ。

 その上に義利が寝かされている。


「アダチさん!?」

「一応言っておくけど、寝てるだけよ? 私は何もしてないからね?」


 駆け寄ったティアナは義利の胸に耳をあて、心音を確かめる。


「………………」


 異常は、なかった。


 フレアの言う通り眠っているだけらしいと分かり、ひとまずティアナは警戒を解く。


「……事情は分からないけど、ありがとう--って、言うべきなのかしら?」

「ええ。大いに感謝なさい」


 説明する気はないのだろう。

 フレアは胸を張り、鼻を鳴らすだけで、言葉を続けようとはしなかった。


「おい」


 アルが、ようやく口を開く。


「こいつは味方……、でいいのか?」


 困惑。恐怖。緊張。警戒。

 何が何やら全く理解ができないでいる彼は、助けを求めてティアナに訊ねた。


「……敵、ではないみたい」

「なんだその曖昧な答えは……」


 額を抑え、アルは眉を寄せる。

 しかし、ティアナにもわからないのだ。


 フレアの思惑が。


「敵じゃないわよー。味方とも言い切れないけど」


 当の本人であるフレアですら、そんな曖昧な言葉を紡ぐほどだ。


「いったいお前はなんなんだ」


 たまらず、アルは呟く。


「自称・正義の味方の何かよ」


 やはり答えは不明瞭なものだった。


「ま、細かい話はヨシトシが起きてからにしましょ?」


 そう言って、フレアはラクスの入口へと向かって進んで行く。

 市街が混乱に陥ったのは、言うまでもない。



 事態に一応の段落が着いたのは、昼下がりになってからだった。

 段落は着いた。

 だが収束はしていない。


「はんッ! こんな手錠なんかで魔人を抑えられると思ってるとか笑え--、あれ? 思ったより頑丈ね……」


 第零大隊長であるティアナが身柄を預かり、さらに魔力の使用を封じる枷を施すことで、厳戒態勢は解かれた。


 これは、すでに足立義利という魔人を手懐けている実績の賜物だ。


 ティアナ・ダンデリオンであれば、フレアをも懐柔できるのではないかという思惑があるからこそ、この件に関しては一任--という名目の押し付けを--されている。


 フレアを味方につけること。

 そしてフレアによる殺害を起こさせないこと。


 その二つが、休暇中の身であるティアナの仕事となった。


「嘘……。あれ? あれぇっ?!」

「ガシャガシャうるっさい! こっちは夜中に叩き起こされてアンタの相手をさせられるわ、そのあとは事情説明で走り回らされるわで疲れてるんだから、仮眠くらいさせなさいよね!」


 手錠を相手に奮闘するフレアに向け、机に伏せていたティアナから怒声が飛ぶ。

 まるで打ち解けているかのような接し方だが、違う。


 枷を嵌められた者は一切の魔力を封じられるのだ。

 今のフレアには、常人程度かそれ以下の力しか発揮できない。

 だからティアナは、普通に対応をしているだけだ。


 普通に、厄介な知人として扱っている。


「だってぇ〜……。簡単に壊せると思ったから黙って嵌めてやったのに、全然壊れないんだも〜ん……」


 駄々を捏ねるフレアを冷めた目で見ながら、ティアナは身震いをした。


「あと、お願いだからガルドの声でその喋り方はやめて……。鳥肌が立つから」


 低く重みのある声で、童女さながらの喋り方をされることには、ティアナだけではなく、隊舎にいる全員が怖気を覚えていたのだ。

 魔人が相手であるために強く出られずにいたティアナ以外の面々は、小さくも連続して首を縦に振り、同意を表す。


「おっと。つい気が緩んでた」


 口に手を添えて咳払いをし、フレアは真剣な顔を作ってみせる。


「これでいいだろ?」

「………………」


 男口調になれば、それはそれでガルドを連想させられるために、ティアナは渋い顔をする。

 髪や瞳、肌の色が魔人化の影響で変化しているのだが、基となったガルドの面影は強く残しているのだ。


 と。

 そこまで考えてティアナは気づく。


「そういえばガルドは!? フレア、ガルドに体を明け渡して!」

「あー……。私--、じゃなくてオレもそうしたいんだが、ガルド本人が心の準備ができてないから嫌なんだと」

「心の準備……?」

「そう。心の準備。それができるまでは待ってくれって。さっきから代わろうとする度にその繰り返しなワケだ。オレにもさっぱり」

「私に怒られるとでも思ってるの? 怒られるのが怖いから会えないって? そんな子供みたいな--」

「いんや。泣かれるかもしれないから嫌なんだとさ」

「……泣かないわよ。いいから代わって」


 ティアナの声に怒りが含まれ始めたことで、フレアは慌てた様子を見せ、直後に消沈した。

 瞳から、鋭さが抜け落ちる。

 代わりに気まずさを『彼』は浮かべた。


「あ~……、その、なんだ。えっと……」

「ガルドで……、いいのよね?」


 おずおずと、ティアナは訊ねる。

 上目遣いで見上げられた彼は、たまらず顔を逸らす。


 その反応は、肯定しているも同義だった。


「ッ……!」

「うおッ!」


 急に抱き着かれ、ガルドは姿勢を崩す。

 足を引いて持ち直そうとするが……。


 その足を、払われた。


「は?」


 視界が回転する。

 無重力空間に投げ出されたかのような浮遊感に襲われたガルドは、事態の把握に努めようとした。


 払われた足、浮遊感、回転する視界と身体--。

 そして激痛が襲い来る。


「カハッ……!」


 肺の空気が強制的に押し出された。

 ガルドの目の前から一瞬だけ色が失われる。

 天井を見上げ、背中に痛みを感じ、ようやくガルドは自身が投げられたことに気づいた。


「なん……、で!」

「悪魔と契約した罰よ! おかげで私は大変な目に遭ったんだからね!」


 大変な目。それは、テーレ大樹林でのフレアとの戦闘を指している。


 当時のティアナは、義利を味方とは思っていなかったのだ。

 同一箇所に二体の魔人。相対するは、たった一人の国務兵。

 更には一度、対価を切らせもした。


 大変どころの話ではない。

 絶体絶命の窮地だ。


 その窮地を作ったのは、元を辿れば義利になるのだが、ティアナは事情を知らない。

 故に思い出した怒りを、ガルドへとぶつけたのだ。


「……オレだって必死だったんだ」

「必死ぃ? はッ! 呆れた。必死だったら悪魔と契約しちゃうんだ? 相手がフレアだったからどうにかなってるものの、普通の悪魔だったら、今ごろ使い潰されてるってのに。必ず死んでるってのに!」

「お前みたいな脳筋にはわかんないだろうさ。死の瀬戸際で手を差し伸ばされたら、うっかり釣られちまうんだよ!」


 やいのやいのと言葉の応酬をする二人。

 その様を前に、プランは口元を緩めた。


「なんだか兄妹喧嘩を見ているみたいです」

「ですねぇ……」


 同じく兄弟のいる身から、ナイトはプランに同意をする。

 兄弟のいないアルはというと、ついに取っ組み合いを始めた二人を遠巻きに見ながら、渋い顔を浮かべていた。



 遡ること三日。


「……アシュリー? 今アナタ、アシュリーって言った!?」


 テオールの外壁で呼吸を整えていた義利は、急に距離を詰めてきた男に対し警戒心を強めた。

 瞳に表れている魔人の証、逆三角を見つけ、全身に魔力を充実させる。


「私だってば~。やだもう、忘れちゃった?」


 グイグイと、男はさらに身を寄せてきた。

 一方的に肩を組まれ、あまりの馴れ馴れしさに義利は不快感を覚える。


「誰ですか。ワタシなんて知り合い、僕にはいません」


 態度から悪意を感じられなかったために、一先ずは様子見として、おどけて返す。

 当然、警戒心を緩めてはいない。


 アシュリーの知人を装ってはいるが、当のアシュリーは先ほどから口を閉ざしたままだ。

 友人の素振りをして近づいてくるなど、義利からすれば不審者以外の何者でもない。


 そんな義利の反応を受け、男は顔を青ざめさせていく。


「え……? やだうそ。ホントに忘れてるわけ?!」


 青くなったかと思えば、怒りで顔を赤くした。

 同時に、周囲の温度が上昇する。


「コッチは一瞬だって忘れたことなんかないのに。たったの三ヶ月、ちょっと薄情なんじゃなぁい?」


 三ヶ月。それは、ガイアに来たばかりの時期だ。


「まさか……」


 女口調。馴れ馴れしい態度。三ヶ月前。魔人。

 断片的だった記憶が繋がっていき、形を結ぶ。


「フレア?」

「そーう!」


 名前を当てられたことが嬉しいのか、フレアは義利に抱き着いて背を叩いた。

 熱の勢いは抑えられていたが、直前までは高温だった体での抱擁だ。

 義利の肌に、焼け付く痛みが襲い掛かる。


 押しのけようとも考えたのだが、魔人の筋力で抱き着かれているのだ。

 アシュリーの天使化に伴って魔人の力を失った彼には不可能であった。


「よかったぁ。思い出すまで炙ろうかと思ってたけど、無駄な手間が省けたわぁ」


 耳元で何気ないことでも言うように、フレアが囁く。


「あは……、あはは。わ、忘れるわけないじゃないかー。ちょっとした冗談ダヨー……」


 大量の冷汗を流しながらうそぶく義利には気づかず、フレアは再会の喜びからか、何度も彼の背を叩いた。


「うんうん。元気そうね! ……って、え? ああ、はいはい。口調ね。分かってるってばガルド」

「あれ? ガルドって……」


 不意に独り言を始めたフレアに、義利が疑問を受ける。

 彼の記憶では、ガルド・マニエンは魔力汚染によって廃人と化しているのだ。

 話しかけたところで、返事が来るはずもない。


「ああ、そうだった。それも含めた報告をしようと思ってたんだった」


 そう言ってフレアは、この場に至るまでの経緯を--。


「ちょっと待って。その話って長くなる?」


--話そうとしたが、遮られた。


「ん? そうね……。結構長いかも」

「実は急いでるんだ。あと四日でラクスまで行かなくちゃでさ……」


 思わぬ再会に足を止めさせられていたが、あまり時間に余裕はないのだ。

 あと四日。それを過ぎてしまえば、何かしらの不利益が生じる。


 そうなる前に帰らねばならないのだ。


「ふーん。じゃあ送ったげましょうか?」

「本当? できればお願い」


 渡りに舟の申し出に、義利は一も二もなく手を合わせる。

 するとフレアは、義利の胴に腕を回して、しっかりと抱えた。


「飛ばすから、安全は保証できないけどね」

「間に合えば何でもいいよ」

「あと、チョットの火傷は覚悟してね」

「それってどういう--」


 義利が意味を訪ねる暇もなく、地面が弾けた。

 爆風に押し上げられて宙に浮き、突然の衝撃で舌を噛む。


 衝撃は一度では終わらなかった。

 繰り返し、何度もだ。

 その度に押し上げられ、ついにはテオールを見下ろす位置にまで到達した。


「うっわ……」


 高所から自然豊かなエスト国を一望する。

 しかし絶景に心を惹かれるよりも先に、重力による落下が始まった。


「フレア! 落ちてる!」

「知ってるわよ」

「僕はもう魔人じゃないから、この高さから落ちたら死んじゃうって!」

「それも知ってる。……理由まではしらないけど」


 再度の爆発が起こる。

 それと同時、義利の視界が霞んだ。


「口、閉じておかないと舌を噛むわよ!」


 フレアが空気を踏むように、脚を動かす。

 その度に爆発は起こり、同時に彼らを尋常ではない速度で進めていく。


「っ……!」


 猛烈に上下に揺さぶられる中、義利はフレアの行動の意味を知る。


 彼女は自身の起こした爆発を足場、そして推進力として利用しているのだ。

 破裂した空気を蹴り、その余波が背中を押している。


 それを繰り返すことで、フレアは空を駆けているのだ。


「ラクスまでなんて、二日もあれば行けるわよん」


 こともなげに、フレアは言う。

 しかし彼女は失念していたのだ。


 人間には休眠が必要であること。

 そして爆発を利用しての移動が、同行者には多大なる負担となることを。


 結果、移動開始から一日と数時間の時点で義利は意識を失い、そこから先は徒歩での移動を余儀なくされた。



「んで。ラクスの近くまで来てみれば、聖人どもが待ち構えてたのよ。うっかり攻撃がヨシトシに当たっちゃあ大変だから泥人形に運ばせて、あとはアンタらも知ってる通り」


 長い説明を終えたフレアは、乾いた口を潤すようにカップに口をつける。

 実際はただの嗜好品だ。

 精霊である彼女は魔力さえあれば、水も食事も必要とはしない。


 ズズズ……、と音を立てて紅茶をすすり、カップを置く。

 融合を解いてからというもの、フレアはすっかりくつろいでいた。

 長話での疲れから、彼女はだらしなくテーブルに体を投げす。


「あー……。おはよー」


 そこへ、ようやく目を覚ました義利が姿を見せた。


「そんじゃ、今度はコッチが質問する番ね」


 彼の目覚めを待っていたフレアが、身を起こして義利に向けて言う。


「‐‐なぁーんで、アシュリーは天使になっちゃってるワケ?」


 再会してから、フレアはその質問をする機会を狙っていたのだ。


 悪魔である彼女には、聖人の気配を察知する能力がある。

 その気配をアシュリーと融合している義利から感じたことが、常に疑問として頭にこびりついていたのだ。

 だから口にした。

 そこに他意はない。


「え?」

「へ?」

「は?」

「ん?」


 ティアナ、プラン、アル、ナイトの四人が同時に、それぞれ不理解を一音で示す。


 決して、他意はない。

 フレアはアシュリーが天使となっていることは、周知のことだと思っていたのだ。


「……あれ? もしかして、マズイこと聞いちゃった?」


 警戒とは異なる重い空気が、隊舎を満たしていった。

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