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第四章 04

 手綱を引く。

 ゆっくりと馬は足を緩め、やがて蹄の音は止んだ。


 ふぅ、とティアナは小さく息を吐く。

 いくら彼女でも、これだけの遠出となれば体力を消耗させられるのだ。


 合間に休憩を挟んでいても、一日でも早く目的地に向かおうとしていたために、これまでは宿を取って熟睡することはなかった。


 ようやく訪れた休息の機会を前に、彼女は腰に手を当て、背のびをする。

 凝り固まっていたために、こきこきと骨が鳴った。

 目を細め、ティアナは高くそびえる門を見上げる。


「要塞都市・テオール。ついにここまで、って感じね」


 それは、エスト国の守りの要でもある街だ。


 国境に最も近い。

 ゆえに隣国からの密入国者が身をひそめるために利用しようとする。

 そのため、テオールに入るのは容易ではない。


 外壁の上に立った兵士が、門の内側へ手信号を出す。

 跳ね橋の向こうには、鎧で身を固めた兵士が三人。

 その中で最も体格の太い男が手招きをした。


 ティアナは、そちらへと馬を進める。


「まずは馬から降りてもらう」


 指示に従い、義利の身体を支えながら彼女は地に足を着けた。


「……そっちの男はどうした?」

「えっと……。長旅で疲れて眠ってます」


 適当な嘘でその場をごまかす。兵士は鼻を鳴らすと、検問を始めた。


 まずはティアナの目を、続いて眠る義利の瞼を指で開き、覗き込む。

 魔人かどうかを確かめるためだ。


 これほどまでの至近距離であれば、魔人と判明した瞬間には命がないだろう。

 しかし、街に侵入されることはない。


 異変があればすぐに門扉は降ろされ、この関所に向けられている弩が一斉に放たれる。

 同時に検問を受けている数名が巻き添えになるが、そうして魔人の侵入を防いでいるのだ。


 いくら魔人とはいえ、百を超える矢で射抜かれれば無事では済まない。

 良くて瀕死、悪ければ絶命。


 そして運よく矢の雨を生き延びたとしても、二度三度と繰り返されるのだ。


 少数の犠牲と引き換えに、街を守る。

 それがテオールの在り方だった。


「そっちの二人は……。天使だな」


 人間態でいるキャルロットとアシュリーを見て、兵士が頷く。


「通っていいぞ。よかったな。隣の奴らに魔人が居なくて」


 もしも居たら死んでいたのだ。

 その笑えない冗談を、男は門を通る全員に言っている。


「ええ。お勤め、ご苦労様です」


 魔人を連れているティアナは、あいまいな笑みを浮かべて軽く会釈をした。


――この人、魔人ですよー。


 と心に浮かべ、彼女は城門をくぐる。



 物々しい検問を抜ければ、そこには平穏があった。


 ラクスと似た石造りの街並みや、ゆとりのある住人たちの動き。

 それらが、ティアナの心を落ち着かせていた。


「すみませーん。この串焼きくださーい」


 観光気分で食べ歩きをしながら、ティアナは心の疲れを癒している。

 武器の類も義利と一緒に全て宿に置き、ゆったりとした私服に着替え、その姿はどこからどう見ても余暇を満喫する少女だった。


「……これで、店主さんオススメのお店は全部終わりね」


 買ったばかりの串焼きを堪能したティアナは、紙袋の中を覗き込んで頬を緩める。

 宿屋を出る際にテオールの楽しみ方を訊ねた結果、食べ歩きを薦められたのだ。

 娯楽施設として遊泳場や賭場を教えられてはいるが、前者は右腕を衆目に晒したくなく、後者にはあまり良い印象がないために、時間つぶしは美食巡りとなった。


「それにしても……。すごいとしか言えない語彙の少なさが嘆かわしい……」


 テオールの料理は、ティアナが今まで食べてきたモノとは一線を画すと言えるほどに手が込んでいる。


 先ほどの串焼き一つを取ってもそうだ。

 単に肉と野菜を交互に串刺しにして焼き、味を付けたのではない。

 肉の一つ一つに、全て別の味付けがしてあった。


 はじめはピリッと辛く、次は甘辛風味、そしてあっさりとした塩味が続き、最後は柑橘系のさっぱりとした味で締め。

 ただそれらを順に口へ運べば、口内で味が混ざってしまうだろう。

 それを間に挟んだ野菜で見事に防いだ。


 飽きさせないために工夫を凝らした一品は、ティアナの胃袋をしっかりと掴んでいた。


「………………」


 財布の中身を確かめ、ティアナは串焼き屋へと引き返す。

 宿にいる友人たちにも届けようとしたのだ。


「まいどー」


 購入したものを紙袋にしまおうとして––ティアナは、思わず取り落とした。


「……え?」


 人ごみの中へと溶けていった後ろ姿に、彼女の頭が真っ白に染め上げられる。


 見間違いだ、他人の空似だ。

 そうして何度も否定するが、彼女はすでに確信していた。

 それが『彼』であることを。


「ま……、待って!」


 道行く人を押しのけながら、ティアナは追いすがる。

 行く手を遮られながらも手を伸ばす。


 されど彼には届かなかった。


「〜〜〜〜〜〜ッ!」


 視界から、彼の姿が消えた。


 わずかに残る人違いの可能性を無視し、ティアナは叫んだ。

 懐かしい、彼の名前を。


「ガルド! ガルド・マニエン!!」


 叫び、人ごみを抜ける。

 その先に、ティアナの見た姿は既になかった。


「………………」


 探し回ることも考えたが、ティアナは一度、宿まで引き返すことにした。



 ガルド・マニエン。

 多数の天使との契約を結び、その能力を使いこなしていた国務兵の名だ。


 単身で魔人の討滅を達成した過去もあり、彼の名は広く知られている。


 だが現在。

 ガルド・マニエンは戦死者として、ラクスの慰霊碑に名前を刻まれている。

 公式には、彼という人間は死んでいるのだ。


 しかしながら、ティアナは知っている。

 ガルド・マニエンが『死んではいない』ということを。


 彼は命を落としたわけではないのだ。


 事実は、悪魔と契約を交わしたのである。

 それは社会的には死となるのだ。

 国務兵とあらばなおのこと。


 もしも本部に知られれば、肉親にとどまらず友人知人のすべてに調査の手が伸び、容疑が上がれば拘束される。


 そうした事態を防ぐためにも、ティアナはガルドの死亡報告をしたのだ。

 せめて後顧の憂が無いようにと。


 生き続けられる見込みが無かったのだ。

 フレアによる膨大な魔力の消費によって廃人と化した彼は、数日で絶命するというのがティアナの見解だった。


 それほどまでにガルドの身体は魔力に汚染されていたのだ。

 だというのに彼は、この要塞都市テオールを単身で歩いていた。


 それがティアナに希望を見せたのである。

 同じく魔力汚染によって苦しんでいる義利を、回復させる手立てがあるのではないか、と。


「なるほどねぇ……」


 ティアナの報告を受けたアシュリーは、腕を組んで唸る。


「けどよぉ。探すアテがねぇなら、ヘタに動くこともねぇだろ」

「……アダチさんを治したくないの?」

「そうは言ってねぇっての。仮にだ、そのガルドってやつを探しに行ったとする。けど見つかんなかったらどうすんだよって話だ」

「見つかるまで探すでしょ?」

「だからだ」


 うまく理解が及ばず、ティアナは首をひねる。

 アシュリーは手土産として渡された串焼きに手を伸ばし、それを頬張ってから、串でティアナを指した。


「アタシらの目的は、精霊の泉に行くことだ。しかも帰るまでの時間を考えりゃあ、使えるのはあと二日くらいだろ?」

「そうね。行きで七日、帰りで七日っていう配分だもの」


 彼ら彼女らは、ラクスから二週間以上離れることを許されていない。

 此度の遠征も、十四日という制限を設けられている。

 そのうち、テオールにたどり着くまでの間で五日を費やしているのだ。


 猶予は残り二日。

 しかし精霊の泉の手がかりすら掴めていないのが現状だ。


「んでもって、優先順位は精霊の泉が上だからな。なにせスミレの言葉だからよぉ」

「つまり、ガルドにかまけてる余裕が無いってこと?」

「そーゆーこと」


 それで話は終わりとばかりに、アシュリーは横になった。


 義利の眠るベッドで。


「アシュリー? ベッドなら四つあるでしょ?」

「別にいーだろ」


 笑顔を引きつらせるティアナを無視し、アシュリーはこれ見よがしに義利の腕に抱きついて見せた。


「それともナニか? アタシがダッチと寝てたら何か問題でもあんのか?」

「それは……。ないけど……」


 ティアナの想いに薄々ながら勘付いている。

 だからこその行動だった。


 気持ちが顔に表れやすい性格が災いし、ティアナの恋心は隊舎に住まう者には筒抜けなのだ。

––当の義利を除いて。


 見え見えな恋心がバレていないつもりでいるティアナと、その好意を感謝や尊敬としてしか捉えていない義利。


 そんな組み合わせをからかうのが、最近のアシュリーの趣味となっているのだった。


「どーせ明日の朝までは何があっても起きねぇんだし、なんならティアナも一緒に寝るか?」


 この状態になった義利は、概ね二十四時間は何をされても目覚めることはない。

 たとえ耳元で鐘を鳴らそうと、冷や水を浴びせようともだ。


 今も二人が姦しく言い合いをする間にいながら、彼は眉ひとつ動かしていない。


「ほれ、反対側の腕なら空いてんぞ?」

「そ、そんなの破廉恥だわ!」

「添い寝くらい普通だろ。寝てるダッチの唇を指でなぞって、そのあと自分の唇をなぞる方がよっぽど破廉恥だっつーの」

「んなっ!! 見てたの?!」

「おうよ。バッチリ見させてもらったぜ」


 それは前回の眠る日、つまりラクス出発の前日だ。


 スコーネからの帰還直後にリビングで眠った義利を、寝室まで運んだティアナは、その彼をベッドに寝かせると周囲を確認し、アシュリーが言った通りのことをしている。


 その際にアシュリーがどこに居たのかといえば、霊態となって天井に浮かんでいたのだ。


「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


 自身の痴態を見られていたと知り、ティアナの顔は一気に赤くなる。

 恋を知らないながらもした精一杯の背伸びだったのだ。

 それを指摘された恥ずかしさに、恋心を知られている屈辱感が加わる。

 今の彼女の心境を言葉にするのなら、まさに恥辱であった。


「…………」


 ふらりと、ティアナは横になる。当然場所は、義利の隣だ。


 これにはアシュリーも驚かされた。

 初心なティアナが、まさか本当に添い寝をするなどとは思っていなかったのだ。


 目を丸くしたアシュリーに向け、ティアナは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「ふふっ……。そんな顔を見られるなら、踏み切った甲斐もあるってものよ……」


 からかわれたことに一矢報いようと、彼女はそんな行動に打って出たのだ。

 そして狙い通り、アシュリーの意表を突くことには成功している。


 相変わらず、どころかより一層に顔を赤くしながらも、ティアナはどこか満足げだった。


 傍から見ていたキャルロットが、短くため息を吐く。

 妙な争いをしている二人は、そのことに気づかずにしたり顔で笑いあうのだった。



 翌朝、腕の痺れを感じながら目覚めた義利は、開口一番にこう言った。


「なにこの状況……」


 その後、ティアナによる言い訳を延々と聞き、昼時を過ぎたころに精霊の泉へと向かう旅は再開された。

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