第四章 00
足立義利がガイアに来てからの二ヶ月。
たったそれだけの間に、彼の確認した魔人は、自身を含め七人だ。
炎と爆発を操る、フレア・ヴォルカニア。
複数の能力を持つ、エッダ・ヴィジョン。
不滅の黒炎を操る、コロナ。
死体を操る能力の、ネクロ。
そして名前も知らぬネクロの手下が二人。
最後に、電気を操る、アシュリー。
短期間に七人の魔人。
これは明らかな異常事態だ。
一地域における魔人の出現は、年に一度と言われている。
それを、義利が確認しただけで七人だ。
他の国務兵が討滅した数とも合わせれば、両の指では足りなくなる。
何かの陰謀が働いている可能性が高い。
その原因を突き止めるために――という建前の元――第零大隊はエスト国内を広く調査することを申し出た。
真の目的は、義利にガイアを案内することだ。
––しかし。
「ダメです。アダチ、貴方はもう少し自分の、そして第零大隊の立場を理解してください。簡単な例えをしてあげましょう。大量虐殺の容疑者と、その共犯者。そんな人たちが『外に危険なヤツがいるかもしれない。だから調査に行かせてくれ』と言って、はいそうですかと出せるわけがないでしょう?」
長期遠征の申請をするも、それはマナ・ジャッジマンにより却下された。
真の目的を伏せていたとはいえ、新設されたばかりで、しかも魔人を中心とした部隊だ。
その全員がラクスを離れることは許可されなかった。
「……全員では許可できませんが、誰かしらがラクスに残るのであれば、二週間までの遠征は許可します。ただし、期日を過ぎた場合に残された隊員がどうなるかは、言うまでもありませんよね?」
要するに人質だった。
『アダチ・ヨシトシは仲間を見捨てはしない』
それが国務兵の判断だ。
ティアナか、あるいはプラン。
そのどちらかがラクスに留まっている限り、義利が逃げ出すことはないだろう、と。
こうして義利は、ティアナとプランによって代わる代わるエスト国を案内をされた。
初めに行ったのは、プランの故郷であるフラム。
広大な農地と、その中心にある村落――塊村と呼ばれる形態––が特徴の、のどかな場所だった。
子供たちが裸足で駆け回り、大人がそれを笑顔で見守っている。
牧歌的だったフラムが、プランの帰郷により騒然となった。
「ただいま戻りま––」
「プランが男を連れて帰ってきたぞォ!」「フォーレスんとこの長女が、国務兵の男を引っ掛けてきた!」「顔は? どんな顔?!」「兵士にしてはずいぶん大人しそうな顔だ!」「誰か部屋に空きはないか?! フォーレス一家を一晩止めて、あの二人だけで夜を過ごさせるんだ!」
手厚い歓迎に、プランは顔を真っ赤にしながら震える。
「す、すみません……。こういう人たちなんです……」
農業を家族単位でのみ行うのは非合理で、隣近所で協力をするのがこの村での常識であった。
そのため村人同士の繋がりが強く、ちょっとした帰郷でも大騒ぎとなる。
それが婿を連れてきたと思われればなおのことだ。
「挙式は?」「初夜は?」「指輪は?」「出会いは?」「なれそめは?」
口々に質問を投げかけてくる中で、どうにか誤解を解いたのち。
義利は農具の手入れや収穫の手伝いと、フラムでの日常を経験した。
「しっかしプラン。なんか幼くなってないか?」
夕食の席で、プランの父親が言う。
するとプランは噴き出した。
「今さらですか?! 気づくのが遅すぎます!」
「お、お前がついに夫を選んだのかと舞い上がってしまっていてだな……」
「本当は『変な男だったら追い出してやる〜』って意気込んでたのよ。アダチくんの事が気になって、娘の変化にも気づかないほど」
「なっ、タルトッ! それは言うなとあれほど……」
「でも残念ねぇ……。手先も器用で気立てもいい。いっそ本当に結婚してくれれば助かるんだけど……」
「お母さんッ! 私の理想は筋骨隆々の巨漢です! アダチくんでは細すぎますよ!」
「ごめんなさいね……。この子、変な趣味で……」
「い、いえ……。きっといつか見つかりますよ……」
「だと良いんだけど……」
このようにフォーレス家では、義利を家族の一員のように受け入れていた。
当の彼も人好きのする性格であるために、自然と溶け込んで期日を過ごし――そして別れの日が来る。
「お世話になりました」
深く腰を折ると、皆が口々に再会を求めた。
いつでも来てね、と。
それは義利に、嬉しさと同時に淋しさを与える。
いくら家族のように受け入れられたとしても、家族のように団欒をしても、本当の家族ではないのだ。
地球にいる家族を強く意識させられ、それが彼には辛かった。
フラムからラクスへと戻り、数日身体を休め、次はティアナの案内でスコーネへ。
これにはトワも同行した。
理由は、灰を取り除くのには大量の水が必要であると彼女が主張したからだ。
ティアナ救出から既に三週間が経過しており、さらに長い髪をばっさりと切ったため、トワを見たところで誰も強い反応を見せはしなかった。
隣にいる義利が注目を集めるからでもある。
彼らにとって一番の難所だったラクスからの出発は、難なく遂げることができた。
旅の道程も、魔獣と数度ほど戦いはしたが、それ以外にさしたる問題はなく、無事にスコーネにたどり着く。
「聞いてはいたけど……」
灰の街。
そこから義利が想像していたモノよりも、現実は凄惨な有様だった。
灰しかない。
草木の一本や、虫の一匹すらも、そこにはなかったのだ。
「やっぱり、無理だって言ったでしょ?」
「いや……。できる限りはやってみるよ。トワ、お願い」
トワの能力で水を操り、灰をまとめて取り去る。
一定量が水に含まれたところで、ラクスから持ち出した甕に移し、灰だけをそこに溜めていく。
休憩を挟みつつ、繰り返すこと三日。
灰は、取り除くことができた。
しかし焼き尽くされた土地は痩せており、土を手で救い上げてもサラサラと零れ落ちる。
砂だった。
とても花など育つ見込みがない。
「……十分よ。これで、十分」
諦めたようにティアナが言う。
手の施しようがない。
それが彼女の判断だった。
義利はそんなティアナを無視するように、持ってきた植物を植え始める。
「やめましょ。植物だって、こんな場所に植えられたんじゃかわいそうよ」
太く球形の茎に針状の葉が無数に生えたそれは、彼がプランに作らせた、ガイアでは新種の植物だ。
「これ、僕がいた世界の植物––を参考に作ってもらったんだ……。砂漠でも育つから、ここでもたぶん大丈夫だと思う」
サボテンだった。
こうした事態も予測して、事前に彼はいくつかの植物をプランに作らせたのだ。
彼女の契約精霊であるグロウの能力は、植物を操ること。
異種交配と成長。それの繰り返しにより生み出された新種だ。
「急ごしらえだから、もしかしたら枯れちゃうかもしれない。けど、根付けばここから少しづつ生態が広がると思う。ゴメンね、僕がもうちょっと植物に詳しければよかったんだけど……」
砂漠の中で点々と植えられた特徴的な植物たち。
それを見て、ティアナは涙を浮かべた。
「いいえ……。本当に、ありがとう……。それしか言葉が見つからないわ……」
生命の欠片すらも存在しない灰の街に、可能性が生まれたのだ。
それだけで、ティアナは救われた気持ちとなった。
そうしてスコーネから帰還を果たした翌日。
休暇も残りひと月となったその日、第零大隊の面々は、スコーネから掘り出された原島スミレの遺品を前に硬直していた。
ティアナの生家があった位置には木箱が埋められていたのだ。
灰の除去作業によって中身ごと濡れてしまったが、レパイルの能力によって復元されている。
テーブルに並べられているのは、手紙だ。
ティアナ、キャルロット、義利、アシュリー。
この四人に充てられた手紙が、スミレの遺したモノだった。
「なぜ私には何もないんでしょうか……。納得できないです」
「私は、別に……」
四人が手紙に目を通す中、プランが不平を唱える。
それに返すトワの声は、どこか気だるさのあるモノであった。
旅の疲れによって熱を出しているからだ。
この場の誰もが少女の不調を知っている。
休んでいるようにと、一度ならず止めもした。
だが彼女が、どうしてもと聞かなかったのだ。
トワが不調を圧してでもこの場に居ようとした理由。
それは、原島スミレが関わっているからだ。
トワにとって、スミレのなすことは全て脅威でしかなかった。
初対面の時に襲われたこともそうだが、一番はティアナ救出の際だ。
未来を、見せられた。
絶望的な未来だ。
それがあったからこそ今があるのだと、トワは十分承知している。
しかし知りたくなどなかったというのが偽らざる本音だ。
今回の手紙にもまた、恐ろしい未来が記されているかもしれない。
その思いから、寝てなどいられなかったのだ。
「……いくつか確認させて」
読み終わった義利の発言で、残る三人が顔を上げる。
トワは息を呑んで続く言葉を待った。
「未来のことが書かれてた人、取り合えず挙手」
スッと、四人が手を挙げる。
「次。手紙の内容は無闇に口外するなって書いてあった人」
先ほど挙がった手は、一つも下がることはなかった。
「最後。どこかに行くように指示が書いてあった人」
これには、義利の手だけが残された。
「ちょっとくらい見てもいいだろ?」
興味を示したアシュリーが、手紙を覗き込もうとする。
義利は即座に手紙を折りたたみ、着火の魔法陣を用いて焼き捨てた。
「手紙、読んだら燃やすようにって書いてあったのは僕だけ?」
火の着いた彼の手紙に、キャルロットとアシュリーは自身に宛てられた手紙をくべる。
二人にもそうした指示が出ていたのだ。
「……ごめんなさい。私のにも書かれてたけど、大切にしておきたいの」
それは、ティアナにとっては唯一残されたスミレの形見だった。
衣服も、本も、何もかもが、スミレの部屋から消えていたのだ。
彼女の愛刀である日本刀も、未だ見つかっていない。
スミレの生きていた証は、その手紙だけだ。
「……わかった。ただし、厳重に保管してね。誰にも見られないように」
焼却を強要するなど、義利には出来なかった。
「さて、それじゃあ行こうか」
気を取り直し、義利が立ち上がる。
「んで、どこに行けって?」
瑠璃色にまで髪色が明るくなったアシュリーが問う。
それに彼は、手紙の内容を思い返しながら答えた。
「精霊の泉。そう書いてあった」




