嗚咽
病室に着いたため岡本医師と別れる。倒れ込むようにして車イスからベッドに移る。
やれやれ、片足無くなっただけでこんなに不便になるとはね。正直ケンケンでなんとかなるとか考えてたが全然どうにもならん。バランス崩して終わりだ。両手あればまだ違ったのかね。
こんな真っ白な空間でやることもなくベッドに横になる。あとで冒険がてら病院でも一回りしてくるかね。車イスだからいけるところも限られていると思うが。
テレビをつけたとしても今の時間帯なんてニュースしかやってないしな。……やっぱり、寝てるのが一番いいのかね。
悶々と考えていると向かいのベッドから動く音が聞こえた。体を起こし見てみると、姉ちゃんが目覚めていた。
「あ、真人おはよう」
「お、おはよう」
ニッコリと眩しい笑顔を向けてくる。なんかその笑顔が申し訳なく感じてしまう。
「姉ちゃん、ここどこだかわかる?」
「病院でしょ。……事故起こしちゃって、それから運ばれてきたんでしょ」
覚えているな。少し元気をなくしながら話してくれる。
「ごめんね、事故……」
「大丈夫だよ。だってあれは姉ちゃんが悪かったんじゃないよ。ぶつかってきたトラックが悪かったんだから」
トラックの運転手は飲酒運転をしていたらしい。事故った時の衝撃で即死ということだった。あんな昼間っからなんで飲んでたのかね。とにかくダメ人間ていうことだったんだろ。
「うん……」
慰めはしてみたが効果はあったのだろうか。明らかに落ち込んでいる。
「えっ、まさ……と?」
「ん、どうしたの?」
「それ……」
俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべている。ばれないようにと体をひねらせて見えにくいようにしていたが意味なかったか。
「ちょ、ちょっと……」
ゆっくり、でも急いでいるような感じで車イスに移り、俺に近づいてくる。目を見開きながら。
この時間がとても長く感じた。ものの数秒だろう。しかし、俺には5分とも10分とも取れる時間だった。姉ちゃんに来てほしくなかった。なのに、俺は来るなともなんとも言えなかった。どうしようもすることができなかった。いずれはバレる。それは規定事項だ。でも今じゃなくてもいいじゃないか。もっと、もっと後でよかったじゃないか。頭の中で散々姉ちゃんに暴言を吐いていた。だけど、その言葉が口から出てくることは無かった。
姉ちゃんは俺のベッドへと乗ってくる。そして俺の両肩に手を置きそこから下へと手を滑らせていく。その手は無くなった俺の左腕の部分へと触れる。
「なんで、なんで真人の左腕無いの」
「…………」
事故で無くなったこれだけのことが言えない。
「事故で無くなったの?」
無言でうなずくことしかできない。
「……ごめんね」
姉ちゃんの目から涙が零れ落ちる。その涙を拭いてやりたい。でも、指一本も動かすことができなかった。
そして、俺の左足が無くなっていることにも気づく。姉ちゃんの顔色が次第に青くなっている。
「真人、ごめ……んね」
俺に抱き着いてくる。抱きしめ返したい。でも、動かない。そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。不甲斐無さからか俺も涙が出てきた。俺と姉ちゃんしかいない病室には俺たち二人の嗚咽だけが鳴り響いていた。