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421話:渦巻く陰謀

「有栖」

「ん、何か言ったか氷結」

 有栖と呼ばれた彼女は瑞穂の呟きが全く聞こえていなかったようで聞き返すが瑞穂は気にせずに。

「で、貴方。私の記憶通りなら今は(・・)研究所(・・・)勤め(・・)だった筈(・・・・)だよね(・・・)?」

「ああ、確かにそうだったんだがな……こちらにも色々事情があったということだよ。正直私は半年振りに睡眠と言うのを感じたな」

「どういう生活」

 瑞穂は彼女の溜息交じりの言葉に呆れ気味に返す。そうすると彼女はごそごそとポケットに手を突っ込んで物を探り、瑞穂に見せた。

「これが先月までの私だ」

「ねえ、この人物は誰? まさか貴方とか言わないよね?」

 瑞穂は形態の画像に写る女性を指さしていった。無理も無いだろう、その写真に写っているのは一人の女性。目の下にくまを溜め、髪は伸びきった、よくこれで写真に写る気になったと思えるほどの酷過ぎる女性がそこに居た。

「無論、私だよ氷結。一応これでも直前に一年ぶりのシャワーを浴びて体を洗っているからまだマシだよ」

「……貴方の趣味って、入浴と聞いたけど」

「暇が無くてな。まあ、今も最近はよく入浴してるよ。やっぱり私は昔から好きだった様だ」

 瑞穂は呆れた様な溜息を吐いた。言われて見れば彼女はこういう傾向のある人物ではあったがと思い出す。

(熱中すると止め処なくやり続けるからね、有栖は)

「どうした、氷結」

「いやなんでも……一つ気になるんだけど」

「何だ?」

「貴方、何で今更此処に居るの? 貴方、此処最近ずっと研究所に引きこもって居た筈だよね? 証拠なら、その写真。それ、何かの賞を取ったんだよね? その記念だよね? それでなんで直ぐにこんな所に? 偶然?」

 瑞穂の質問に女は引きつった笑顔で一歩引く。息を呑み、続く言葉を失っている。

「い、いや。それについては、だな」

「歯切れが悪いね。貴方らしくもない――いや、そもそも(・・・・)貴方は(・・・)誰なのかな(・・・・・)?」

「な、にを」

「私の思う貴方? それとも――」

 瑞穂は冷徹に問いを投げ続ける。瑞穂としては至極当然の心理である。何故ならば、もしも彼女が彼女ならば、こんな問いにもすらすら答えられる。そういう(・・・・)人間で(・・・)あった筈だ(・・・・・)

「それとも、何だ」

「いいや、何でも。まあ、何だっていいよ」

 瑞穂はそう言って言葉を切った。有栖は妙なくらいに苦々しそうにしている。

「氷結、私は――」

「ま、良いけどね。別にさ、貴方が私の思う貴方であろうとなかろうと、ね」

「……なあ、氷結。一つだけ、良いだろうか」

 女は口を開く。苦々しい表情で、何かを飲み込んだか、覚悟でもしたのか。

「私は、学校で、クラス委員をしていた」

「そう」

「クラスのまとめ役だ。私以外にまともに任せられる者が居なかったゆえ、私がしていた。だから、私には転入生だった、魔法の才能に急に目覚めたお前を導く必要があった。ゆえに、聞かせて欲しい」

「何を」

「お前は――学校生活を」

 僅か五年程度の、魔法学校生活を。

「学校生活を、楽しむことが出来たか? 私は、お前に楽しい学校生活を、提供出来たか?」

「――そう」

 瑞穂は女の言葉を静かに受け止める。返す答えはと言えば。

「まあ、有意義ではあったね。退屈じゃ無かったよ」

「……そうか」

 女は――有栖は、その答えに、僅かばかりの満足を得た表情を見せる。彼女が此処まで言った、言わせたと言う事実が、既に異常であったとも言えるのだから。

 退屈ではなく、有意義。

 此処まで、この無表情で無愛想で、無口な、冷徹な氷を思わせる様な女。氷結瑞穂が、此処まで言ってのけた。いや、言わせるにまで至ったのだ。有栖はこの事実を誇っても良いくらいだ。

「ああ、有難う。それでいい、それだけ言ってくれれば、十分だよ」

「そう」

「私は暫くこの街にいる。携帯は変えていないから、登録しっぱなしだろう?」

「うん、分かった」

「では、私は行くよ。この街に居るのなら、好きな時に会いに来てくれ」

 そう言って有栖は踵を返して立ち去ろうとした時。

「有栖」

 瑞穂が呼び止める。

「そう言えば言うの遅れたね。久しぶり、元気してたみたいで良かったよ」

 そう、一瞬だけ微笑むように言った。それを見た有栖は目を見開いて驚いて。

「そういう表情(かお)は、好きな人にでも見せてやれよ。折角の美人が勿体無い」

「私は、男性恐怖症だから無理」

「いい加減直せ。恋人の一人も出来んぞ、それだと」

「そうだね。気が向いた頃に」

「何時気が向くんだよ」

 有栖は言って吹き出して笑い始める。つられる様に瑞穂もクスクスと笑い出した。

「ああ、何だろう。久しぶりに笑った気がする。友人と語り合うって、こんなにも面白いことだったのかいや、面白か(・・・)ったん(・・・)だよなぁ(・・・・)

「そう言えば、そうだったね。いつもこんな風に適当な事喋り合ってたっけ」

「そうだったな。当時は……まあ、場の空気に合わせて適当に喋っていた様なきがするな」

「ああ、確かに。あまり真面目に喋ってると言うイメージは無かったね」

 瑞穂はかつての時間へと記憶を巻き戻して語る。彼女にとって、記憶は永久に留まる疎ましいものではあるが――こう言う思い出だけは、彼女にとっては輝くものだから。

「お前達を相手に真面目に喋っていては頭がどうにかなりそうだしな。ではそろそろ行くよ。また会おう、氷結」

「うん、またね有栖」

 互いに再会を約束して歩む道を別ち、瑞穂は立ち去る有栖を見届ける。そして彼女も踵を返して立ち去った。

 瑞穂は歩きながら視界の隅に入る街の案内板から宿泊施設を頭に全て叩き込み、地図に従ってホテルへと歩いていく。



 瑞穂はホテルに辿り着く頃には夕方になっていた。こうなってしまった原因を一言で語るのであれば、迷ったの一言に尽きる。正直、彼女も何でこんなにも時間をかけて迷うのか理由は分からないが迷ってしまったものは仕方が無い。

「まあ、いっか」

 ――良くは無いでしょ、良くは。

 瑞穂は漸くホテルの一室に辿り着き、ベッドに埋もれるて迷ったことを放棄していると精霊から突っ込みが飛んでくる。

「いいじゃない、何だって」

 ――そんなもの?

「そんなもの」

 瑞穂は誰もいないのをいいことに精霊へ思考ではなく口で己の意思を伝える。そんな風にごろごろしていると部屋に何処かからバイブレーションの音とバイオリンの静かな音が鳴り始める。

 それを聞くと瑞穂はゆったりとベッドから起き上がって自分の荷物を漁ると音の根元である携帯電話を取り出す。

 開閉式の形態をボタン一つであけると瑞穂は眉を顰める。何故なら。

「……有栖から?」

 さっき……と言うにはもう長い時間前に別れた友人からだ。何故この夕方頃に電話をかけてくるのか、瑞穂はいぶかしみながら通話ボタンを押すと耳に当て――。

『っ、氷結か!?』

 その一言で瑞穂は心底驚いた。通話に出た瞬間、電話越しに聞こえて来る戦闘の音、必死な友人の声、瑞穂を動かすには十分なものであった。

「有栖今何処!?」

『そ、それは』

 有栖が言いよどむと同時に通話が切れた。瑞穂は素早くリダイヤルをかけるが、暫くして呼び出し音が急に切れた。

 直後、瑞穂はホテルの窓を開けるとベランダに出る。

 ――おーい、此処六十階だよー。

(知ってる)

 瑞穂は精霊の声を無視してベランダから飛び降りた。

 結果として彼女はフリーフォールを体験し、夕日をその身に浴びながら落下して行く。このまま地面に落ちれば問題なく死体が最低一人は出来上がっているだろうが、途中で瑞穂は透明な地面に降り立つとそのまま跳躍していく。

 例え地面であったとしても、彼女は大体ホテルの十階くらいまでは降りている。約五十階分の落下衝撃が発生する筈だが、生憎と彼女の使う魔法の属性は氷。その真髄は停滞と略奪。熱を奪い、分子運動を停滞させるその属性を上手く使えば例え大気圏から落下しようと無傷で地面に降り立てるだろう。まあ、その場合は大気圏近くまで人体の生命を維持させる必要があるだろうが。

 瑞穂は素早く電話の機能を通話から別の機能――位置検索機能を起動させる。

 衛星を使った携帯の位置特定機能だ。本来、この機能を使えるのは家族くらいが良い所で友人である彼女が使える筈が無い。だが、彼女は学生時代に有栖の携帯を位置を検索出来るように登録している。何故かと言えば。

(校外授業で迷子防止に登録したのを、未だにおいといたのがこんな形で役に立つなんて……!)

 起動させてから何秒か経ち、起動すると同時に瑞穂は適当なビルの屋上に降り立つ。

「向こうか……っ!」

 瑞穂は方向を見定めると再び跳躍を始め、真っ直ぐ宙を跳び建物の屋上を踏み越えて一気に飛び越えていく。

 やがて公園へと降り立つとその一角で有栖を見つける。攻撃を受けながら追われていた為か、ぼろぼろではあるがその胸に大事そうに携帯を握り込んでいる。

 そんな彼女の下へとロングコートを羽織った男が歩み寄っていく

「年貢の納め時だな、この屑女」

「貴、様……ッ!」

「この期に及んで、まだ姫に頼ろうとはどんだけ腐ってんだ手前は」

 言って有栖に何かを投げつけ、有栖は携帯を庇う様に背中で放たれた魔法を受けるとそのまま地面へと転がり、携帯は滑るように何処かへ転がっていく。

 男は倒れた有栖に近づくとそのまま踏みつけた。

「おい、お前……どう言う事だ、これは」

「おんやぁ? これはこれは漆黒の氷姫殿ではないですか。どういうって、見ての通りですよ。あんたに群がる塵屑の排除だ」

「……ゴミ、だと?」

 瑞穂の瞳に明確な怒りが宿り始める。対する男の瞳にも怒りが宿っていた。

「こいつはなぁ、所属研究所に姫の後ろ盾が欲しいからと、あんたとの友情を利用したんだ」

「……え? 有栖、どういうこと?」

 言われた有栖は苦い表情で顔を逸らす。

「研究所での研究費欲しさに、言われたんだよなあ? 氷姫の後ろ盾を得て来いって。これから起きる革命について行く為に、姫の後ろ盾を得ろってさ……」

「革命?」

「革命は革命さ。あんたも聞いたことは無いかい? 姫連合と貴公子同盟の話をよ。あれについて行く為に、こいつに目を付けたって事だ。あんたと元クラスメイトで、友人であるこいつを」

 男は言って有栖の背中を踏みつけたまま髪を掴み上げ、彼女に顔を近づけ。

「昔の友情を利用して、自分の地位を固める為に、此処に来たんだよなぁ!?」

「ち、が……」

「ああ? 違うっていえるのかよ、ええ!? 偶然装って姫に近づいて、そして懐柔しようとしたんだろうが! 友情を利用して、友人である自分を人質にして! 俺は、そんな手前が許せねえ……それで友情を謡うのか!? 恥も知らず、友情を利用して手前の為だけに友人を自分の出世材料にしようってのか!? いい加減にしろよ手前」

「違う、んだ……氷結……私は」

 有栖は掠れそう声で語る。それは否だと。

「じゃあ何でこんな時に手前は外出してる? 好成績で学校を卒業、中央研究所に勤めて新人賞を取ったばかりの手前が、こんな遠くによぉ? 言い訳出来んのかよ?」

「そ、れは……」

「ほらよ、この通りだ。つーわけだよ氷姫殿。こいつの始末は俺が付けてやるよ。こんな、昔の思い出を汚す屑女はしっかりと片付けて置くからよ」

「……有栖、本当?」

 瑞穂は静かに有栖に問いを投げる。彼女の答えは。

「……ああ、そうだ。そいつの言うとおりだよ。私は、お前に私の所属研究所の後見人、いや、進言してもらうだけでいい、それを頼みたくて、来たんだ。だが、今は」

「言い訳してんじゃねえよ手前」

 男は有栖の言葉の途中でより強く踏みつける。

「手前にとっての友情なんてそんなものなんだろう?」

「……違う」

 有栖は苦しそう、だがしっかりと返す。

「簡単に利用出来るような、そんな程度のもんなんだろ?」

「違う……」

「他人にとって、どれだけ大切かも知らずに、手前が勝手に決め付けて、そんで利用した、塵屑と同じとでも思ってんだろうが!?」

「違う……ッ! 私は……!」

 瑞穂はその光景を見ていた。友人が踏み躙られると言うこの状況を静かに見ていた。そして考える。この場をどうするか、如何動くか。

 頭は冷えている。十分に、さめざめと、磨き上げられた刃が如き鋭さを持って居るほどに冷え切っている。男の怒りは確かだ。友情を利用し、己の欲を満たす。自分が同じ立場なら、憤っていたかも知れない。裏切りだと罵ったかも知れない。

 分かっている、分かっている。何もかも理解している。分かって、瑞穂は動いていた。

「おい、オマエ」

 狂おしいほどの怒りと憎悪を持って、瑞穂は男を蹴り飛ばして、言った。

「オマエ、誰を足蹴にしている――っ!!」

 オマエが踏み付けて傷つけているそれは。

「私の親友を、何勝手に踏み付けているオマエ……! 潰すぞっ……!」

 じゃ、次回。

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