麗しの女店長
瑞穂達一行はまず駅に向かった。
「でも、そのノルメイアもちゃんと買い取ってくれるのかな?」
美奈は改札口で不安げにそんなことを言った。水穂はそんな彼女の不安を拭い去るように微笑みながら切符を買い。
「大丈夫ですよ。ノルメイアはそんな事はいたしません、信じていいですよ」
「ノルメイア、か……聞いたことはあるが、本当に大丈夫なのか? あの宝石店とグルだとしたら」
「そう言うことは絶対にありませんから、大丈夫です」
林檎の疑問に水穂は微笑と共に否定し続ける。その間にも一行は電車に乗り込んで移動していく。瑞穂はそう言えばと仲間に振り返り。
「ノルメイアって、あれだよね。やたら微妙に高い武器屋さんだよね」
「ええ、その認識は……その、彼女を、怒らせると、思いますよ」
「彼女?」
瑞穂の言葉に水穂は遠い目で苦い顔をした。美奈は少し考えながら。
「彼女、と言いますと、ラルシアさんでしょうか?」
「ラルシア? 誰?」
「ええと、ノルメイア社の社長のお嬢様ですよ」
「……この街の店長なの?」
「いえ、店を持ってはいない筈ですが……」
そんな会話を続けながら一行は電車から降りて駅から移動を続け、ついには大きな建物の入り口に到達する。
「此処が、ノルメイア商店」
誰かが呟いてその建物を見上げる。確かに建物の看板には『ウェポンショップ・ノルメイア』と表示されており、此処が目的の場所には違いが無い。
「で、此処なのだろうが……本当に大丈夫か?」
「と言うより、大丈夫でないと問題がありすぎる。此処までの移動費や今後のお金を考えると、流石に損失が大きい」
林檎の疑問に瑞穂がばっさり切り落とす。そしてやっぱりと言うか瑞穂がずかずかと中に入っていく。周囲は呆れ顔でそんな瑞穂について行く。
ショップの中は、ショップと言うよりはホテルのロビーと言うべき内装。ここが本当に武器商店なのかと、近くにあるショーケースに値札つきの武器が飾ってなければ疑問に思うほどの作りだ。
そのロビーの受付、そこで一人の男が立っていて瑞穂達に無機質な声で。
「会員証は」
「……はい?」
一行は何それ、と言った感じで首を捻る。林檎と美奈は互いに見合って首を横に振り、美奈は刃燈を見て首を横に振り、刃燈は瑞穂に視線を向けると水穂へとパスし、水穂は困った表情で返す。
「……えっと、その、ありません」
「帰れ貧乏人ども」
そう言って男は片眼鏡を拭き、水穂達から視線を外す。その一言にカチンと来た林檎は。
「おい、それが客に対する態度か」
「会員証が無い人間は客以下だ。どうしても欲しければ、ノルメイア傘下の店から最低5、6万の買い物をして会員証の申請書を貰ってくるんだな。それを投稿してから一週間以内に届く予定だ」
「おいこら、そのノルメイア傘下の店って何だ? 大体、そこから5、6万の買い物をして始めて申請書が貰えるだと? ふざけてるのかっ?」
「ふん、我がノルメイア商店は本物を売っている。本物を買うには、それ相応の対価を支払って貰おう。それも出来ん輩に売るものも見せる商品も無い」
そう言って男は林檎達をしっしっと手を払う。だがそこで瑞穂は。
「じゃあ、之買い取ってもらえる?」
「ん? 黒曜石か……ほほう、中々の年代物だな。ふーむ……」
瑞穂が例の黒曜石を美奈に渡して男に見せる。いい加減美奈は抵抗するべきだと思う。男はそれを見て、驚きの表情を見せるが途端に困惑した表情を見せる。
「どうかしたの?」
「う、む……確かに、いい物だ。相当な、値打ち物だが……今すぐ会員証が欲しいと言うのなら、そこに書類があるが……入会費は10万、月5千enだ」
「って、おいこら。余計に金額が増えてるぞ。と言うか月って何だ月って」
「無料で入会し続けようなどと言う連中に売る本物など無い。無論月額も払ってもらう……だが、購入は出来るが売却は来月以降だ」
「は、はぁっ!?」
男の苦々しい言葉に林檎は更に非難の声を上げる。そこで美奈が一歩前に出て。
「ま、待ってください! 私達は売りに来ただけです! 何で売るのが来月以降なんですか!?」
「会員の中には会員になっても購入せず売却ばかり行うものも居るのだ。そう言った行為を防止する為の処置であって」
「で、でも、何とかならないんですか!?」
「だ、だが、規則を破るわけには」
「何を、騒いでいるのですか?」
びくっ、と男は急に硬直した。そして冷や汗を流しながら後ろを振り返る。そこには長い金髪を持った白い服の女性が立っていた。
それを見て、水穂は険しい表情をし、林檎は少し呆気に取られ、美奈は首をかしげる。
「あな、たは」
「お久しぶりですわね、天束商会のお嬢様。父がお世話になっていますわ」
「え、ええ。お久しぶりです……ラルシアさん」
金髪の少女こと、ラルシアは笑顔で男をスルーして水穂に歩み寄るが、当の水穂は硬い表情を浮かべた。
「お、お嬢様、その」
「それと、そこの貴方」
振り向く事無く、ラルシアは男の口上を遮って声をかける。男は絶望に満ちた表情をしており。
「臨機応変に対応出来ない人間に用はありません。お父様に進言しておきますわ」
「そん、な……ッ! お、お待ちくだ」
男は何かを言いかけたがラルシアが指を弾くと男は他のスタッフが連行していく。そこでラルシアは懐からカードを取り出すと美奈と林檎目掛けて投げ付けた。
「なっ」
「え」
「美奈ッ!」
林檎は少し驚きながらカードを掴み取り、美奈は反応が遅れていた所を刃燈が腕を伸ばしてそれを防ぐが、カードが突き刺さって血が流れ出す。
「バ、刃燈君!?」
「あらあら、魔力を塗るのを忘れていましたわ。でも、ご立派な騎士様がいるようでしたわね森林美奈さん?」
「え、ど、どうして私の名前を」
「おやおや」
驚く美奈の言葉にラルシアは鼻で笑い去り。
「私が貴方の事を覚えていない、とでも? 一度会ってもいるのに。まあ、貴方如き記憶にとどめておく価値はありませんでしたけど」
「そ、そんな……」
「まあ、こうして改めて会ってもその価値は変わりませんでしたが」
ラルシアの容赦ない言葉に美奈は思わず引いてしまった。ラルシアに至っては礼儀正しくお辞儀までする始末だ。
「おい、貴様」
「はいなんでしょうか、森林林檎さん。貴様呼ばわりされる言われは貴方にありませんわ。勿論、貴方のことにも会った事がありますわ」
「……なん、だと」
「森林のお嬢様方ですわよね。ええ、十分にご存知ですとも。お忍びで冒険中、良いですわねえ暇人方は」
そこまで言われて両者は完全にラルシアによって気圧された。だが、此処に来て彼女達にとっての最終決戦兵器が登場する。そう、それは勿論。
「ところで」
氷結瑞穂、ご存知彼女である。相手が男でないのなら、最終兵器としての本分を存分に見せてくれよう――敵も味方も葬って全てをうやむやにすると友人は評していたが。
「融通を利かせてくれるってことは、今此処で買ってくれるの? この黒曜石」
ラルシアは正直言って瑞穂の事を視界に入れてなどいなかった。理由は単純、知らないからである。彼女にとって知らないものとはつまり知ることが無くて知らなくていいという事である。
だからラルシアは声をかけた女に目を向ける。その彼女の率直な感想は。
(おやまあ、随分とレベルの高い)
人間の限界と言うか、その美貌の頂点と言うか未完成の美しさを見た、と言う感じだ。だが、知らない人間である以上興味のレベルは低いままで。
「で、一つ幾ら?」
「あの、貴方」
ラルシアが思考の海に沈んでいると無理やり瑞穂によって引っ張り上げられた。その言動にカチンと来た彼女は瑞穂に笑顔の威圧を。
「で、之見てくれるんだよね。あの人も出来たんだから、貴方にも出来るんだよね?」
して瑞穂は空気を読まずに問いを投げる。その言葉にラルシアは思わずこめかみがピクピクと動く。その言動に周囲は一気に表情が青褪めていく。理由等、言うまでもないがあのラルシアを一刀両断にして言ってるその姿に皆が恐怖を抱いているのだ。
瑞穂のこの挑発とも取れる言葉にラルシアは逆に自分への挑戦状と受け取った。と言うよりラルシアとしてもこの様な対応は正直人生初である。何せあらゆる脅しが通じない、と言うか自分の意向にひれ伏さないし寧ろ真っ向から喧嘩を売ってくるのだ。ラルシアはひるむ事無く立ち向かう事を選び。
「え、ええ。勿論ですわ、私は之でも宝石鑑定士としての資格を持っているので当然その黒曜石の価値は一目見てわかりますわ。それに、その黒曜」
「御託は良いから、やって」
口上を遮って瑞穂はラルシアに鑑定の催促を行う。流石にこの言葉にラルシアのこめかみはよりぴくぴくと動き出し、もういつブちぎれてもおかしくない状態であった。
ラルシアは青筋を浮かべながら黒曜石に目を落とす。そして急にあれだけ浮かんでいた青筋は消え去り、ラルシアはおもむろに黒曜石を二つに割って中身の確認を行う。
誰もが声を上げたが気にせずラルシアは鑑定を行い続ける。先程までの彼女の様子的に怒りのあまりに八つ当たりしたようにも見えなくも無かったがしかしラルシアの真剣な表情が否と告げていた。
「これを、何処で手に入れました?」
「言う必要、ある?」
「之の精錬度が数年程度ではきかないことは見れば分かります。と言うか、それ以上の代物です……本当に、何処でこれを?」
何処か気だるげさえも感じさせるようなラルシアの視線。射抜くようで、ありながら探る様で。
「言う必要は」
それでも瑞穂の答えはそっけない物で、ラルシアはとうとう問うのをやめた。
ついに登場したラルシアお嬢様。まだ18歳の高校生だったりします。んじゃ、また次回。