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53話:勝者の義務

 美奈はふっと目が覚めた。

 布の天井を見て昨日は帝都跡地で寝泊りしたのを思い出す。すると何やら岩を削るような音が耳に届くと美奈はゆっくりと起き出して周りを見る。が、そこには誰も居ない。周囲には仲間達が居たと思うが全員がいない。何事かと思って外に出ると。

「皆、何をしてるの?」

 そこには全員が発掘作業をしていた。無論、昨日倒した龍の遺体を。林檎は美奈の声に気付いたらしく、石拾いを止めて美奈の方へと向き直り。

「ああ、お姉ちゃんおはよう。そこに朝御飯の缶詰あるよ」

「あ、うん。そうじゃなくて、何をしているの?」

「ん? 戦利品の回収」

 そう言って林檎は顎をしゃくって奥の方を示す。そこでは刃燈がつるはしで龍の遺体を削り、瑞穂が石をひょいひょいと拾い続けている。

「……あの、さ。死んだ龍さんの死体を弄るって皆どういう神経してるの?」

「じゃあ聞くけどさ」

 美奈は頭を抑えて溜息をつくと瑞穂は淡々と返す。

「此処で死んだこいつは誰が弔うの? 死んだこいつへの一番の供養って何かな? 此処で無残に放置する事? 美奈さんは弱肉強食って知ってる?」

「そ、それは、そうだけど……」

 瑞穂の連続する問いに美奈は思わず黙り込む。すると視界の隅で水穂が膝を折っているのが見えた。何かと思ってそちらへ振り向き、近寄って見ると龍の頭の前に小さなお墓に膝を折って祈っていた。

「何をしているんですか?」

「勝手かも知れませんが、亡くなった龍への供養を、と。

 恐らく、この龍はかつてこの帝都に住んでいた名のある気高い龍だったのでしょう。かつて、ナイヴィ帝国は鉱山に住まう龍達と友であったと聞きます。第二次世界大戦、その後に消え去った帝国の長と再会の約束でも交わしたのでしょう。しかし、再会は叶う事無く、我々の手により名誉の戦死を遂げてしまった……のかもしれません。憶測ではありますが、それが事実ならせめて供養だけでも、と思いまして……」

「……水穂さん」

 美奈は呟き、水穂が膝を折って祈っている墓標へと視線を向ける。光の魔法で削り取ったであろう、黒曜石の十字架。その十字架には『帝国の気高き黒曜龍、此処に眠る』と刻まれ、同じく魔法で掘って埋め立たのだろう。

 未だに墓標へと祈り続ける水穂を見、美奈は思う。彼女はきっと、命の尊さと言うのがを痛いほど分かるのだろう。今まで何気なく彼女を『セイショクシャセイショクシャ』と言っていたが、今なら彼女が本物の『聖職者』なのだろうと、思うことが出来る。故に。

「私も、祈って良いでしょうか?」

「はい、一緒に黙祷しましょう。せめて、私達より後の人達が来た後分かるように」

 そう言って美奈は昨日戦った龍を思って祈りをささげる。確かに、殺されかけたし怖い思いもした。だが、それでも。いやだからこそ彼女はこの龍の死を重く受け止め、祈りたいのだ。

 と、此処でぐぅと腹の音がなる。水穂が鳴らしたのかと思って美奈を見ると水穂は苦い笑みを浮かべて。

「えっと、美奈さん。朝食を取っていないなら、先にとって来てはいかがですか?」

「あ、え、その……た、食べて来ます!」

 美奈は顔を真っ赤にすると慌てて朝食が置いてある所へと駆けていく。

 空いた缶詰が幾つも置いてあるところに行き、そこにあるたった一つしかない未開封の缶詰を手に取り、ふたを開ける。本日の朝食は鳥飯とインスタント味噌汁。美奈はポットに残ってるお湯で味噌汁を作ると恥ずかしさも纏めて飲み込むように啜った。

 そんな風に流し込むように食事を終わらせた美奈は龍の体を削ってる刃燈の下に近づいてみる。

「えっと、どんな感じかな?」

「ん、ああ美奈か。結構良い感じだよ。見てて」

 言うと刃燈は美奈と距離を置くと手にしたつるはしを振り上げ、龍の遺体に振り下ろす。金属音が響いたと思えばボロボロと宝石が削り取れて行く。

「ほら、思ってたより簡単に取れるよ。どうやら大きな一つの塊じゃなくて幾つもの細かい黒曜石の集合体みたいだ。場所によっては手でも取れるかも知れないな」

 言って刃燈は首にかけたタオルで汗を拭った。

「じゃあ私拾おうか?」

「いや、危ないから美奈は林檎や瑞穂の手伝いをしてて。俺の方は心配要らないから」

 美奈の提案をやんわりと断ると刃燈は彼女から距離を取るとふたたびつるはしで発掘作業を再開する。

 次に美奈は近くに居た瑞穂へと歩み寄る。見れば二つの袋を持って石を拾っている様子だ。

「瑞穂さん、何をしてるの?」

「見て分かる事しかしてないと思うけど」

 思わず、美奈はその言葉に口元が引きつった。流石の冷徹な一言に美奈は一歩下がるがひいては駄目だと心に置いてもう一度と。

「で、する事無いなら石拾い手伝ってくれる?」

「……う、うん。えっと、何処に入れればいいの?」

 追撃をするような冷たい言葉の連続に美奈の心はズタズタに切り裂かれていくが、必死に耐えて説明を受ける。

「こっちに大きいのを入れて。こっちには小さいのを。100個溜めたら新しいのに変えて。数は……いや、入れる前に私に見せて」

「あ、分かった」

 と、瑞穂の説明に美奈が返事すると瑞穂は興味深そうに美奈を見る。それに気付いた美奈は。

「えっと、何?」

「いや? 死体漁りなんて嫌じゃなかったの、と」

「あ、うん。確かにそうだけど、さ。瑞穂さんの言う事だって正しいし。それに」

 言って美奈は後ろに振り返り、そこに倒れ付す龍の遺体を見る。

「私達が、龍さんの遺品を手にして帰る義務があると思うの。ううん、私達にはこの龍の最後を語り継がなきゃいけないんだって思うから。それがきっと勝者の義務だと思うから。だから、その勝利の証として石を持って帰りたいんだ」

「……これ、宝石だよ。売ればお金になるし、大半はお金に換わるけど」

「み、瑞穂さん……まあ、背に腹は変えられないし、宝石にだって興味はあるけど、それでも、だよ。私は一つだけで良いから手元に置いておきたいんだ」

「ふぅん。好きにすれば」

 瑞穂はそう言って背を向けると石拾いを再開する。それを見て美奈はおもう。

(ああ、やっぱり生意気言って怒ってるかな……まあ、そりゃ瑞穂さんとは生まれは違うけど、もうちょっとは心を開いても……)

 と、肩を落として溝の深さを実感する美奈だが当の瑞穂はと言うと。

(ただの甘い世間知らずと思っていたけど、美奈さんって一本芯は入ってるんだね。認識を改めよう)

 こんな感じに評価を改めていた。実際、彼女の言う『好きにしろ』は基本的に好意的な意味でしか使わない。認めているからこその『好きにしろ』なのである。とは言うものの、実際彼女のそう言う性格を知っているのは彼女の一部の友人だけではあるが。



 日が真上に昇るかと言うところ、瑞穂たちは荷物いっぱいまで詰め込むと町へと向けて歩き出す。帝都を抜け、鉱山内の洞窟を抜けるとその先にあるのは。

「皆~見て見て! もう向こうに街があるよ!」

 美奈はその先に現れた山道、その先にある街の影に美奈は喜んで指で示す。それを見て一行は何処か安堵に満ちている。

「本当だ。昨日死にかけたのが嘘みたいだよ」

「この辺は鉱山から山道まで直通だからな、貿易としても重要な道なんだよ。鉱山内はかなり丈夫に出来てるしな」

「それにあの鉱山は今でも色々な鉱石が取れるんですよ。たまに冒険者があそこに行って発掘して近くの街で売り払ったりするんですよ」

 続けて林檎の後に水穂が解説する。

「そう言えば鉱山だっけ、あそこ」

「はい、ナイヴィ帝国の始まりは鉱山で住み込みで働いていた人たちが戦乱の世になった時、鉱山で働く人々が一致団結し、それが多くの人々が集まり帝国制度を築きあげていったのです」

「みーんなー! 早く行こうよー!」

 瑞穂と水穂が話していると美奈が先に進んで呼び掛ける。

「お姉ちゃん、この辺に山賊がいないって限らないんだから、勝手にいっちゃ駄目だよ!」

「あ、ごめん林檎ちゃん」

 林檎は彼女を止めると駆け寄って行く。刃燈もため息を漏らして美奈の下に歩み寄っていく水穂はそれをクスクスと笑って。

「ええ、ではお昼までに街には行きましょうね」

「……そだね」

 水穂はそれについて行くように歩き出し、瑞穂も続いて歩き出した。

「でも昨日はすごかったよね、あれこそ本当の絆の勝利って感じだったよね」

「ああ。瑞穂がいなかったら本当にどうなっていたことか……」

 美奈の言葉に林檎は頷いて瑞穂に視線を送る。見られた瑞穂は何だと言わんばかりの対応を見せ、そんな彼女を置いていくように。

「確かに。氷結が諦めずに龍へ立ち向かって弱点とか調べて作戦を立ててくれたから今の俺達があるんだよな、それについては本当に感謝だ」

「瑞穂に、司祭だな。作戦の肝はこの二人だったし、この二人は必要不可欠だった」

「それを言うなら、仲間を守りきった刃燈さんだって凄いですよ。聞けば龍のブレスを一人で耐え凌いだとか」

「あと、美奈達だっていなかったら水穂を守りきれなかったと思うよ。二人の援護が無かったら龍の攻撃はもっと凄かったと思うし」

「つまり、この中で誰がかけても駄目だった、ってことだよねっ」

 自分の事のように美奈ははしゃいで喜んでいる。林檎は何処かはにかむようで、刃燈はその様子を見て嬉しそうに微笑み、水穂はクスクスと笑っている。

「ええ、この中の誰一人として欠かしては昨日の勝利はありませんでした。皆さんがいたからこそです」

 誰もがそう言ってチームワークや絆の勝利と信じて疑わずに言い合っている。だが、ただ一人。そうただ一人、瑞穂はと言うと。

(絆? 絆の、勝利?)

 無表情の中で果たしてあそこに絆があったと思うのかと自分に問いかける。答えは。

(ふむ、果たして私と彼女達との間に絆はあるのか? 私の思う絆と彼女達の絆は違うのか? 私の考える絆と言うのは、あんな綺麗なものじゃあ、無い。もっと泥臭くて、酷いものの筈だ。答えは――)

「水穂さん、もう直ぐ街に着きますよ。一先ず私は教会の聖堂に巡回してくるので街に付いたら別行動となりますのでご注意を」

「分かった。こっちは不要なものを売って来るね」

 水穂に声をかけられ、瑞穂はそれまでの思考を投げ、別の思考経路に放り込むと答えは保留にしておく事にした。

じゃ、また。

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