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52話:古都の闘争

 皹だらけの壁を見据え、瑞穂は立ち上がって周囲に指示を送る。

「水穂さんは後方で魔力ブーストの術式を、林檎と美奈さんは物陰に隠れながら兎に角魔法の攻撃、残りは龍の陽動をやるよ、準備はいい?」

「悪くても待ってくれるのか?」

「向こうに聞いて」

 林檎の言葉に瑞穂はそう答えると龍は首を思いっきり振り上げて息を吸い込み、そして一気に吐いた。放たれる漆黒の吹雪に氷の壁はより激しく削られ、崩壊が近づくがブレスが終了しても壁は未だに健在だ。

 この間に一行は配置につく。強ばった表情で刃燈はMサイズシールドを構え、その隙間から向こうを見上げ、こちらを睨む龍と睨み合う。そこから放たれる威圧感は間違いなく太古の存在であると、自身にとってとてつもない強敵であると伝わってくる。

 そんな空気から逃げるように言葉を漏らす。

「……正直、壊れるなら一気に壊れて欲しいんだが」

「いや、時間が稼げるなら何でも良い。司祭は!?」

 刃燈の言葉に林檎が繋げ、水穂は既に術式の展開を開始して魔力チャージを行っている。

「皆さん、一分間持って下さい。それだけで十分です」

「一分だね、分かった」

 言うと瑞穂はコキコキと体中をならして準備運動をする。と同時、龍は頭を引くと。

「皆、来るよ!」

 瑞穂が言った後、皹だらけの壁にその巨大な頭を叩きつける。地響きと共に氷の壁が粉々に砕け散っていった。同時に刃燈と瑞穂が駆け出し、林檎と美奈が魔力を練る。

「こっちだ化物っ!」

 刃燈は剣ではなく斧を装備して龍の足元に回りこみ、斧の一撃を叩き込む。が、結果は空しい音が響くのみで意味は無かった。

 龍は刃燈を気にした様子は無く、寧ろ体に飛び乗った瑞穂を気にしてるらしく首を振り回しているようだ。ならばと刃燈は。

「知ってるか、化物」

 龍の足元に目を落とす。その先は龍の前足の小指。

「爪先ってな、相当に痛いんだよ!」

 そこに力の限り斧を叩き付けた。

 瞬間。龍は首を上に向け、咆哮を上げて痛みを訴えるように体中を揺らす。

「ば、刃燈君!?」

 狭い場所で暴れまわる龍を見ると美奈は近くに居た刃燈を心配して名を呼ぶ。が、返って来る声はない。

 が、突如龍は咆哮を上げて体を捻って後ろを見始める。そこに何があるのかと言えば。

「くっらえ!」

 砂埃を纏った刃燈が、今度は龍の後ろ足の指に斧を叩きつけていた。龍は刃燈に狙いを付けると息を吸い込むように首を持ち上げる。だが。

「フレイムボム!」

 直後、持ち上げた首元に真っ赤な花火が咲き、その衝撃で開いた龍の口から黒い石が漏れてボロボロと零れ落ちていく。

「お姉ちゃん、氷の魔法を!」

「え、あ、うん! スノウボール!」

 林檎の魔法の一撃を叩き込まれ、ワンテンポ置いて龍の首元に大きな雪玉が激突し弾けた。炎の攻撃の後に雪玉を当てられた故か、苦しそうに口に溜めた黒曜石がぼろぼろと零していく。

「き、効いてる?」

「いける、行けるよ林檎ちゃん!」

 その様子を見て林檎と美奈は希望を見出す。瑞穂の見立て通りならこのまま攻撃を加えていけば、水穂の魔法が来て勝てるかも知れない。そう思うとさっきまでの絶望感が消えていくような感じがする。

 だが、それに抵抗するかのように龍はもがき、尻尾を打ち帝都全体を崩しにかかる。

「お前は」

 その時、龍の頭に足元を凍らせて無理やり体を貼り付けた瑞穂が立っていた。瑞穂はメイスを振り被り、先っぽに氷を取り付けると。

「大人しくしろッ!」

 思いっきり龍の頭にそれを叩き込んだ。龍は暴れるのをやめて今度は首を激しく振り回す。あまり長くは無い首だからか、あまり周囲に鞭を打つ感じではないがそれでも首を振り回している事はかなり強烈であり瑞穂も体中を揺らされてワンテンポ遅れて足の凍結を解除して逃げ出す。

 瑞穂が退避すると同時に。

「フレイムストーム!」

「コールドハリケーン!」

 炎の竜巻が龍の体を蹂躙し、氷塊を含んだ冷気の渦が熱せられた体を一気に冷やしていく。龍は苦しそうにもがき、首を振り回して頭上、帝都の天井にその首を埋め込んだ。

 結果、帝都の崩壊は一気に進み天井から皹が広がり、補強された部分にも亀裂が入っていく。林檎はそれを見て美奈の手を引き。

「お姉ちゃん逃げよう!」

「で、でも水穂さんが」

 その迷いが二人を窮地に立たせた。瓦礫が落ちたから、ではない。目の前の龍が、大またで大きく息を吸い始めたからだ。崩れかかった帝都で、逃げ場を塞がれた状態で、ブレスの準備、思わず林檎は顔が引きつった。

「あ……やば」

 声を出すのがやっとで、林檎は足がすくんで全く動けない。美奈も腰を抜かしているようで、尻餅をついている。完全に死を待つのみかと思われた、その時。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 誰かが二人の前に転がりこんできた。転がり込んだそれは地中から壁を生み出しそこに肩を押し当てる。誰かと思えば、それは。

「ば、刃燈、君?」

 美奈が声をかけた刹那、漆黒の吹雪が岩壁を蹂躙する。

「う、お、お、お、おおあああああああああああああああああああッッ!?」

 絶叫し、彼の体に降り注ぐ漆黒の吹雪を耐え凌ぐ。徐々に端から岩壁が削り取られ、穴だらけになっていく。その吹雪は見事に刃燈の体までも削っていく。

「ば、刃燈君!?」

「お姉ちゃん下がって!?」

 美奈は我に戻ると目の前のこの状況、そう刃燈が体を張って自分を守ってくれていると言うこの状況に対して何か出来ないかと立ち上がるが即座に林檎に手を引かれてしまう。

「は、放して林檎ちゃん!?」

「今行ったらお姉ちゃんしんじゃうよ!?」

「で、でも刃燈君が!?」

「大丈夫だよ」

 美奈はそう言って林檎の手を振り解こうとした時、声が聞こえる。見ればそこには傷だらけで今にも倒れそうな刃燈が居た。息を絶え絶えで、体中に黒曜石が突き刺さりながらもしっかりと二人を守りきった男の崩れそうな背中がそこにある。

 美奈は思わず支えに向かうが刃燈はそっと彼女を押しとどめた。

「このくらい、何てことは無い。それよりも、援護攻撃を続けるんだ。大丈夫、二人は――美奈は俺が守るから」

 そう、背中越しに笑顔を送ると刃燈はまた前を見る。

 目の前の龍はブレスを吐き終えて一休みしてるところだ。と、そこへ瑞穂が龍の頭へと降り立つと。

「要らないだろ、そんな目」

 光の宿らない、宝石の様な漆黒の瞳を睨み付けると氷杭を生み出してその切っ先を。

「なら、潰してやる!」

 龍の目に向け、目にぶっさし、続いて氷槌で殴りつける。

 宝石のような瞳は砕かれ、更には血飛沫が吹き出るように漆黒の宝石が吹き出てくる。だが瑞穂は一切気にせず、更に氷槌を振り被って叩き込む。

 そんな事をされた龍は喚く様に首を振り回すが、龍の頭で彼方此方氷付けにして強引に張り付いている瑞穂に意味はなかった。一応、酔ったりはしないのかと思われるだろうが、そんな事に今は頓着している場合ではない。

 瑞穂は振り回されているうえで思いっきりハンマーを振り上げ、そして氷杭を更に奥まで突き刺す。

 そんな様子を見た刃燈は一人呟く。

「瑞穂は、一体何をしているんだ? あんな風に氷杭を……」

 と呟いて、刃燈はふと気付いた。瑞穂が杭を深く打ち込んでいるところが何処なのか。

「まさか、あいつ。龍の脳味噌でも穿つ気か!?」

 瑞穂の執念にも似た勢いでしつこく繰り出される攻撃を見た刃燈がそう推察する。しかしそんな事は構う事など無いと、林檎の声が轟く。

「砕けろ、フレイムエーミッツ!」

「凍って、ブリザードブラスト!」

 林檎の突き出した手から火炎が放射され、美奈の生み出した魔法陣から吹雪が吹き荒れて焼き尽くされた龍を更に冷やす。

 龍は刃燈の奥にいる二人の魔導師を睨むと前足の爪を持ち上げる。

「っ、不味い!?」

 刃燈はそれを見るとまた岩の壁を展開し防御体勢を取るが。

「――え?」

 すっと、気付けば彼の目の前に黒い何かが覆っていた。それが龍の前足で、自分に当てに来てると悟るまで僅かな時間が必要で。

 当然の流れとして、巨大な龍の爪が刃燈の頭に直撃した。

 林檎は思わず息を呑んだ。巨大な龍の爪が目の前の仲間の頭を薙ぐ、その事実を前に平静で居られない。ああ、これは死んだと思い直ぐに隣の彼女へと。

「お姉ちゃん見ちゃ」

「大、丈夫ッ!」

 そんな、声が聞こえた。振り向けば、血を流しつつもしっかり立っている男がいる。

「お、おまえ、何で」

「マナカスクバンダナだ、こいつが無ければ今頃俺の頭が消えてたな……ッ! くそ、店売りで一番高かった防具が一撃でかよ……!」

 そう言って刃燈は頭に巻いていた、引き裂かれたバンダナを放り捨てる。マナカスクバンダナとは防護術式を編みこんだバンダナであり、魔力の兜を展開するかなり強力な防具だ。下手な鉄製の兜など鼻で笑えるほどの性能と携帯性、そして汎用性を持っている。

 実際こんな結果になったが、このバンダナは巻いてるだけでミサイルの嵐にも無傷で居られるほどの強固な防御力を持っていると、店側の名誉の為に言っておこう。

 一方龍は刃燈の頭を薙いだ直後、瑞穂がもう片方の目にも氷杭を打ち込み、痛みに耐えかねてか咆哮を上げる。瑞穂はやっぱりと言うか足元を凍結させ、固定したうえで思いっきり杭を眼に打ち込んでいく。

 思いっきり首を振り回し、それでも瑞穂は特に気にした様子も無く遠慮なく杭を深く深く打ち込んでいき続いて幾つもの炎弾が打ち込まれ、続いて無数の氷の針が龍の体へと打ち込まれていく。

 やがて龍はこの猛攻に対し、今度は横の壁に思いっきり首を突っ込ませ、流石の瑞穂もこれには驚いて足の凍結を解除し、振り落とされる。

「お、おっと」

 そこへ新しいバンダナを止血するように頭に巻いた刃燈が落ちて来た瑞穂を抱き止めた。それを見た瑞穂は表情が凍りつく。口元を引き攣り、そして。

「ぃ、いやああああああああああああああッ!?」

 刃燈の腕の中で涙目で、恐怖で顔を歪ませながら暴れ始めた。それに刃燈は驚いて思わず瑞穂を放り捨てるが瑞穂は素早く受身を取って距離を置く。

「おまえ、婦女子を放り捨てるとはどう言う了見だ」

「あのな、林檎。いきなり助けた女性が暴れだしたらそりゃ放り捨てもすると思うが」

 と言い合っていると、奥から澄んだ声が響いてくる。

「――汝、黄昏を謳いし光柱。某は神々の終焉を告げる黄金の六輝、此処に舞い降りて我が前に立ちふさがる愚者に終末の輝きを与えたまえ――ッッ!!」

 奥から延々と魔法威力上昇の術式でチャージを行っていた水穂がついに詠唱を口ずさむ。

「皆さん、準備が出来ました! 少し下がって下さい!」

 続いて水穂の声が響くと全員が身構え、水穂は遍く光を束ねて導くように龍を指差し、尺杖の先を向け。

「これぞ、黄昏を謳う光! ラグナロクverαッ!」

 龍の頭上に現れる巨大な光の魔法陣が展開され、そこから溢れる漏れる光を恐れるように龍は一歩下がる。しかしそんな龍を逃がさぬと六つの光が柱の如く降り注ぐ。龍は今までで最も大きく、激しく吼えた。まるで断末魔の叫びとでも言うように。

 だが実際、龍の鱗が弾けとび光に包まれて身体が徐々に砕け散っていく。

「す、凄い……」

「なんつー、威力だ……だが、これなら」

 美奈と林檎はその魔法の威力を見て思わずその光景に見蕩れてしまう。やがて光は散りとなって霧散していった。

 龍は極代の光をその身に受け、ついにその体を地に沈めていく。その光景を見て誰もが胸を撫で下ろし、安堵の息を付く。短いようで長い戦いがついに終わった……と思われた時。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――ッッ!!」

 最後の花火を上げる、そう言わんばかりに咆哮を上げ首を出来うる限り振り上げながら息を吸い込む。

「嘘、だろ?」

「お、おい、司祭、追撃」

「む、無理です、今のに魔力の殆どを使ったので、直ぐにもう一度なんて」

 刃燈は絶望に表情を歪ませ、林檎はすがる様に水穂へと振り向くが水穂は唖然とした様子で返す。此処に、万策尽きたかと思われた時だ。

「いい加減に」

 誰かが、壁を踏みつけ、蹴りつけて、駆け抜けていく。そして崩れた天井近くからその誰かが舞い降りていく。その誰かとは。

「み、瑞穂ぉ!?」

「しろ、このでかぶつが!」

 氷のハンマーを構え、空中で体を捻って回転させて。

「フロスティオルメガトンハンマーッ!」

 狙うは、龍の首。

「ぺしゃんこに」

 龍は瑞穂めがけて首を構え、黒曜石の弾幕を吐き出そうと構えるが。

「なれええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえっぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇえぇっぇぇぇぇぇぇぇぇっぇえっぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」

 龍の頭を踏みつけ、そこを軸に全力で皹だらけの首へとハンマーを打ち込んだ。ハンマーを叩きこまれた龍の首は亀裂が一気に走り、更にぼろぼろとなって砕けて散っていく。

 瑞穂のハンマーが龍の首を打ち砕くその刹那。

〈――万年を超え。未だ約束、果たされず〉

「え?」

 脳内に流れ込んでくる謎の思念。瑞穂は一体誰の意思なのか問う暇も無く。

〈――我、此処に散れど、悔いはなし。聞け、強気者達よ〉

 龍は、首が粉々になっている筈なのに断末魔の叫びの代わりと言わんばかりに叫び上げた。

「――帝国のォォォッ! 未来にッ、栄光あれぇぇぇぇぇぇッッ!!」

 その絶叫を誰もが耳に聞き届けた後、瑞穂の耳に遺言が響いてくる。

〈――さらばだ、友よ。約束を果たせぬこの身を許してくれ〉

 瑞穂は総てを聞き届けた後、龍の首は弾けた様に砕け散り、その先から血飛沫の様に細かい宝石が吹き飛んだ。瑞穂は地上に降り立つとその光景を呆然と見続けた。

「……万年を超え、未だ約束果たせず。我、此処に散れど悔いはなし」

 頭に叩き込まれたその遺言を、瑞穂は思わず口ずさんだ。続くように一行が漏らす。

「帝国の、未来に」

「栄光、あれ……」

「さらばだ、友よ……」

 巨大な龍の遺体を見ながら、一行はこの戦いに生き残った。

 んじゃ、また。

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