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51話・作戦会議

 氷結瑞穂には特技がある。それは諦めることだ。何時だって諦めていた。何時も折れて別の道を模索した。

 故に、彼女は諦めた。

 そう。 死を受け入れる事を、諦めた。

「瑞穂?」

 林檎は直後の瑞穂の行動が理解できなかった。何せ、地面を踏みしめて走り出したのだ――絶望の塊、漆黒の龍の元へと。

「瑞、穂さん?」

 その行動を水穂は思わず呆然と見ていた。当然だろう、いきなり自分から死ぬような真似を始めたのだ、これは死んだようなものだろう。

 だと言うのに、瑞穂は氷の盾を生み出すとそれを掲げて突っ込む。そしてドラゴンも不思議な事に、逃げる刃燈達ではなく迫る瑞穂に首を向け、息を吸う。そして、吐いた。

 瑞穂はそれを盾越しに見ると直ぐ横へ跳び、吐息の射線から逃げる。直後、吐き出されたブレスは細かく黒い石の塊が吹雪のように打ち出されいる。

「瑞穂、さん!?」

 水穂達からの位置からは瑞穂は黒い吹雪に飲み込まれていくように見えた。実際彼女はそのすれすれを縫って駆け抜けている。立ち上る粉塵のカーテンに、誰もが彼女の存命を諦めた。だがそれは間違いであると直ぐに認識する。何故ならば。

「瑞、穂?」

 林檎は呟いた先、そこには氷結瑞穂が見事ドラゴンの真下へと潜り込んでいた。

 必死に盾で防ぎつつ瑞穂はそこまで転がり込むように移動する。理由はただ一つ、生物の弱点と言えば往々にして腹だからだ。故に、そこを殴り打つ。握った拳に氷のグローブを纏わせ、真っ直ぐ垂直に殴りこむ――だが。

「ッッグ!?」

 帰ってきたのは電撃染みた衝撃。殴りつけた瞬間、瑞穂の体に跳ね返ってくる。意味が分からない、理解ができない。瑞穂の表層意識は激しく揺れ動いているが、それに半比例して瑞穂の深層意識は冷徹だ。

 詰まる所、このドラゴンの腹は岩でも詰めたように硬く、分厚いということだ。殴った程度ではどうにもならないと痛みと引き換えに思い知った。混乱する表層意識をおいて体制を立て直すが、漆黒の龍は腹の真下にいる瑞穂へと首を向ける。

 瑞穂と目を合わせると龍は咆哮をあげて片足を上げ、瑞穂は素早く走り出した。猫のように素早く音もなく、一目散に逃げ出す。

 持ち上がる足は瑞穂のいた場所、その頭上へと移動し踏み砕かんと打ち下ろすがその時既に瑞穂は駆け出す。が、何故か龍の足の行き先は変わらずに瑞穂がいた場所を踏み抜いた。

 その瞬間、瑞穂は見た。砕かれ飛び散る地面に混じって舞う、黒い石を見る。それに瑞穂は奇妙な感覚に囚われる。何度も味わった幾度と無くしゃぶり尽くした。そう、この世界が色褪せて朽ちていく、そんな猛毒に犯されたかのような感覚――瑞穂はこの感覚に覚えがある。そう、この感覚は、既知感。既に知り尽くした感覚が瑞穂の体を駆け巡る。

 古びた帝都に地震が巻き起こり、崩壊寸前の建物はいよいよを持って崩壊を迎える、その刹那。

「さ、せ、る、かああああああああっっ!?」

 刃燈は美奈を置いて四つん這いになった。彼は地の魔法使い、古びた帝都を修復し、元の状態へ再現するなんて芸当は出来ないが、補強くらいはやってのける。

 しかし、今回のは崩れかかった家や建造物を補強するのとは訳が違う。なにせこの帝都は鉱山の中にあるのだ、そんな街を補強するということは山の一部を覆うほどの魔力とピンポイントで修復する技術がいる。いくら魔法学校の高校を卒業したと言ってもそんな芸当、彼にできるほどの技術も魔力も無い。

 だがやるしかない。理由は一つ、自分が惚れた女が後ろで見ているのだ。己も男だ、女を守るためならば。

(通りを超えろ……ッ! 無理を通せ……ッ! 美奈は、俺が守るッ!)

 渾身の力を振り絞り、精神を研ぎ澄ませて魔力を制御する。しかし、所詮は戦士系の魔力か、地震による崩壊は刻一刻と迫って行く。どうにもならないほどの絶対的な存在を前にして、刃燈の心が折れかけるが。

「刃燈君、諦めちゃ駄目だよ!」

 そんな彼の心を知ってか知らずか、美奈は刃燈に手を合わせる。

 下世話な話ではあるが、彼にとってそれは万の賛美歌よりも己を炊きつけた。彼女が隣にいる、その温もりを、香りを感じるだけで、それだけで体の底から力が湧き上るように自分の中にあるとは思えないほどの魔力があふれ出した。

 その魔力を総動員させ、皹の入った箇所を修復していく。崩壊が止まり、地震にも耐えうる強度へと作り変えられていく。

 時を数刻戻そう。

 地震が起きた瞬間、瑞穂はそれこそ猫のように跳ぶように駆け抜けている。地面の揺れ等一切気にせず移動する。音も立てる事無く、揺れる地面に頓着せず、崩れ落ちる瓦礫に飛び移り、ただただ荒地も崩れる建物も気にせずに駆け抜ける。

 一方、林檎は地震が起きたと同時に氷のドームを展開し、水穂はしゃがみ込んで頭を抱え込んでいる。そこへ瑞穂と視線が交差する。その時瑞穂は。

「林檎、あっちへ!」

 言いながら、瑞穂はさきほど逃げた刃燈達の方向へと指差す。それを見た林檎は刃燈の魔法によって古都が修復されていくのを見た。

 林檎は直ぐに氷のドームを壊すと水穂の手を取り駆け出して体の周囲に竜巻を纏う。それによって落ちる瓦礫を弾きながら前に突き進んでいく。

 瑞穂は一瞬立ち止まり、振り向くと両手を地面に叩きつける。そしてイメージするのは大きな氷山。自分の魔力と技術なら出来るはずだ、迷うなと念じて魔力を注ぎ込む。直後、瑞穂の目の前に巨大な氷山を生み出される。が、直後に突き出される龍の爪であっと言う間に抉られて行く。

 それを見た林檎は瑞穂の作った氷山に手を置くと。

「雑だな」

 と切ると。

「こうやるんだ、よ!」

 と言って氷山はより厚く、巨大な氷壁となった。龍は尚も攻撃を加え続けるが、流石に強化された壁には梃子摺っており、爪で引っかくも頭突きをしても軽く削れる程度に終わっている。

「……ふぅ。刃燈のおかげで何とかなった、が……で、どうする?」

「どうしようも……相手は龍ですよ? 対龍装備なんて一つもありませんよ?」

 林檎は一息つくと相談するが、水穂は現状の確認を行うがそこで瑞穂が大きな溜息をついた。何かと思って全員が彼女に注視する。

「はふぅ……あの龍、さっき、近寄って……はぁっ、分かった事がいくつか、ある」

 荒い息を吐きながら瑞穂は呼吸を整える。

「分かった事、だと?」

「あのドラゴンのブレス、小さい破片が混ざってたよね? あれを見て、知ってるって思ったんだ。何だろうと考えてたら、やっと分かった。これ、黒曜石だ」

 瑞穂は言って体に付いた小さい破片を払って手に付けると水穂に見せるように突き出す。皆は瑞穂の元に近づいて手に付いた黒い破片を見る。

「黒曜、石?」

「多分だけど、あいつこれが主食なんじゃないかな?」

 瑞穂が言うと同時、地響きがなる。それも気にせずに水穂は考えを口にする。

「主食って……黒曜石を食べてるって事ですか!? で、でも、それが一体」

「待て、こいつはもしかして魔宝石か? まさかあのドラゴン、こいつの原石を食って体内で精製してると?」

 林檎は瑞穂の手の上にある破片を摘むとそう言った。

「そこまでは知らない。でも、こいつの体の殆どがこれで出来てるとみて間違いないよ。水穂さん、私の記憶が正しいとするなら、黒曜石の属性公式って確か地60%、闇40%だったよね?」

「え、ええ。ですが……まさか、瑞穂さんあなた!?」

 瑞穂の問いに林檎と水穂が反応するが、美奈と刃燈は一体何の事か上手く飲み込めていない。水穂の答えに瑞穂は満足気に頷くと自身の考えを述べる。

「うん……皆、あのドラゴン倒せるよ」

「え、ええっ!? み、瑞穂さん、どういうこと!?」

 その言葉に最も驚くのは美奈だ。実際のところ、瑞穂の言葉に驚いていたのは此処の所全員だが、実際の反応を見せたのは美奈だ。

「あいつの体内属性率が黒曜石と同じなら、地属性60%分と闇属性40%分の反属性ダメージ付与が付くってことだよね。林檎、地属性って確か高い属性率が付くと熱の吸収率が上がるんだったよね?」

「え、っと」

「ああ、そうだ。地属性は50%以上の属性付与率が高くなると熱の吸収率が高くなって氷と炎属性魔法に弱くなる。地の特性上、熱の伝道吸収率が高くなるから上手く制御しないと大ダメージを受ける。それに、闇属性40%と言う事は逆に言えば光属性ダメージの付与率が40%上がると言うことだ」

 林檎が一瞬言葉に詰まると刃燈がフォローするように口を挟んだ。続くように美奈が林檎の側に行き。

「魔法学校でも属性付与率の公式や影響について細かく教えてくれる先生はあまり居ないからね、魔法学院に通ってた林檎ちゃんが知らなくても仕方ないよ」

「うちの学校は教えてくれたけどね……まあ、教えてくれた先生が相当な魔宝石マニアだったからだろうけどね」

 瑞穂の言葉で一瞬一行の間に凄い無と言う空気が流れる。が、空気を動かすように地響きがとどろく。

「一先ず、作戦はこうだ。

 私と刃燈で敵の陽動を行い、その間に林檎と美奈さんが魔法攻撃で削り、その間に水穂さんが魔力チャージを行い一気に敵を倒す。最上級の光の魔法ならいくら黒曜石の魔法防御力を持っていても水穂さんの魔力ならいけるはず」

「待て、何故司祭に? 私はいいのか?」

 手を上げて林檎は不満げに瑞穂に問いかける。彼女とて純粋な、それも魔法学院を卒業した魔導師だ。何故自分が大砲役を任されないのかと。

「林檎じゃ如何頑張っても水穂さんには届かないでしょ? なら、美奈さんと交互に氷の魔法と炎の魔法で攻撃した方が効率が良い」

「……そうだな、私じゃ如何あがいてもBランクが良い所だしな。仕方ない、私はお姉ちゃんと一緒に魔法を撃ち合うよ」

 理解はしたが納得は出来ない、そんな雰囲気を纏って林檎は頷いた。ではと瑞穂は周囲を見渡して確認を行う。

「私からの作戦提案は以上。皆、何か意見はある?」

「待った」

 と、手を上げて意見を出すのは刃燈だ。

「俺と瑞穂の二人が陽動するのはいいが、意味があるのか? 龍は知性の高い生物と聞くぞ?」

「その辺も大丈夫。あの龍、目が見えていない」

「何?」

「私が近づいた時、逃げる貴方じゃなくて私を襲ったでしょ? あれって多分、あいつは視力じゃなくて地面の振動や音を聞いて動いてるんじゃないかな? 目が見えてたら、背中を見せて逃げる獲物を放置なんてありえない」

「なるほど、ってことは奴は寧ろ地面から動かなければ察知し難いと言う事か」

 刃燈は納得が行ったらしく、大人しく引っ込んだ。

「じゃあ、皆。ほかに意見は?」

「無い、な。時間稼ぎも終わりみたいだ」

 林檎は言って氷の壁を見つめる。そこには皹だらけで今にも砕け散りそうな氷の壁がある。

「じゃあ、皆。頼むよ!」

 んじゃ、またね

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