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50話・鉱山の奥に潜む絶望

 瑞穂達は山道を歩いていた。前が刃燈で次に林檎、瑞穂、水穂、美奈と言う順番だ。

 林檎は水筒を少し口に付けると後ろにいる人物に目を向ける。自身と同じくらいの背丈の黒髪の少女より背後、その先に存在するこの面子で最も豪華な装備をした女。

「それにしても……」

 山道に入って一日以上が経過した今、汗一つ流さず歩く彼女を見つめて林檎は呆れ気味に口にする。

「あんた、本当に丈夫だな。山道を何とも思わず歩き続けるなんて」

「いえいえ、司祭の仕事はロードワークが多く、巡礼もその内の一つなんですよ。山道を歩いて回って教会に赴くなんて日常茶飯事ですよ」

 水穂はきつさを見せるどころかいつも変わらない笑顔で返す。他の面子は汗を流し、ぬぐって水を口にして歩き続けていく。その中、水穂だけが平然と歩き続けていた。

 ゆえに林檎は彼女へ向けて心からの感想を送る。

「……教会の司祭って化物か」

「あ、あはは……そ、それを言われると……言い返せませんね」

 林檎の言葉に水穂は苦い笑みを浮かべて困った表情を見せる。そんな中、瑞穂は上に向けてふうっと息を吐いた。

「司祭って、イメージと違うんだね」

「瑞穂さんがどんなイメージをしてるかは知りませんが、司祭くらいの人間は多くはこうやって各地へと巡礼の名の下に歩き回っているんですよ」

「護衛は?」

「普通は付きますが、付けない人もそれなりに居ますよ。教会は慈善事業ですからね、巡礼時に出る資金なんて殆ど無いようなもなんです。ですので節約の為に一人で行きたがる人も居ますね」

「へえ、教会も大変だね」

 瑞穂達一行はそう言って山道をとことこと歩いていく。と、そこで一行の前に看板が出現する。どうやら分かれ道に当たったらしい。

 行き先は右が山頂、左がナイヴィ帝国跡地と書かれている。

 ナイヴィ帝国とはかつてこの山脈――ナイヴィ山脈に築かれていた大きな帝国のことだ。山の中、正確に言えば鉱山の中に生まれた小規模の集落が何億も大昔に起きた大戦、俗に言う第一次世界大戦で生まれた帝国である。しかし、その後に起きた第二次世界大戦より急に寂れてしまい、一気に滅んだ帝国である。

 先頭を歩いていた刃燈を押しのけ、林檎は前髪を弄りながら呟く。

「……で、どっちに行く? ナイヴィ領と山頂」

「そう言えば、最近ナイヴィ帝国跡地って恐ろしい話があると聞きますね」

 と、水穂が呟いた。本人はなんでもない噂を語るように。

「何でもここ数年、ナイヴィ帝国に入った人間は返らぬ人になる……と聞きます。実際、此処を通ろうとして通れた人は誰も居ない、と」

「……単に迷子になっただけじゃないか? 下らん話だ」

「ですが、ナイヴィ帝国跡地は迷子になるほど複雑な作りはしていなかった筈です。裏の世界なら兎も角、表の世界で遭難したなんて、それも数年近くも出るなんて少し異常です」

 水穂の表情から柔らかい笑みが消え、徐々に真剣みを帯びた凛々しいものとなっていく。それに対して瑞穂は。

「そんなに異常なことなの?」

「はい。そもそも表の世界とはこの東大陸のことを指すのですが、ここがそう呼ばれている大きな理由は何よりも解明され尽くされた土地にあります。それは衛生などから見た上空写真などではなく、内部も全てという意味です。この東大陸で地図になっていない場所などないと断言出来るほどに解明され尽くされてますから、遭難などありえません。では、何があってここに入った者が帰らぬ人となるのか……」

「ふぅん」

 そんな事を返すと瑞穂は迷わずその道に歩き出した。

「み、瑞穂さん?」

「ナイヴィ帝国には私も興味がある。ちょっと行って見たい」

「で、でも本当に、その、お、お化けでも出てきたら」

「そう言う霊的なものには専門家が居るから平気。ね、水穂さん」

 不安げに漏らす美奈の言葉に瑞穂は当然だと言わんばかりの発言に流石の水穂もこめかみを押さえる。

「あの、瑞穂さん。貴方は司祭を何だと思ってます? 教会の司祭と神社の巫女さんをごっちゃにしていませんか?」

「無理か……神職って、案外役に立たないね」

「いえ、ですから」

 水穂は反論を試みるが、彼女に何かを言っても無意味だと感じたので引っ込めた。

「……で、どうする?」

「瑞穂さんも行ってしまいましたし……仕方ありません、行きましょう」

 そう言って水穂も瑞穂の後に付いていく。残された三人は互いに顔を見合わせて溜息を吐くと瑞穂たちの後についていく。



 薄暗い洞窟の中、林檎が懐中電灯を付けながら前を歩いていた。

「一体、死因は何なのでしょう? 老朽化による崩壊でしょうか?」

「でも、それだと此処最近の理由としては弱いと思うけど……」

「見てみれば分かるよ、一々議論する必要性は無い」

 水穂と美奈が話し合っているところを瑞穂がぶった切る。そんな事を話していると広いところに出た。

「此処がナイヴィ帝国首都の跡地……ナイヴィ帝都跡地か」

 瑞穂はいつもとは違った、期待の篭った声を漏らす。

 そして、一向は開けた場所に出る。そこに待っていたものを見て誰もが止まった。何故なら、それは絶望以外の何者でもなかった。

 黒光りする肌、空けた天井から古びた帝都を陣取る巨体、それは正しく――龍であった。

「――――――――」

「――――――――」

 林檎も美奈も、瑞穂も水穂も誰もが我を忘れて呆然としていた。あまりの非現実的な現象を前に、どうしようもなかった。そして、その無機物な瞳が彼女達を捕らえると。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!」

 突風が生み出されるほどの衝撃を伴って、絶望の塊が咆哮する。それを聞いて誰もが我を取り戻し。

「に――」

 林檎が必死に声を絞り出し、続くように瑞穂が弾け出した。

「逃げろおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」

 同時、全員が後ろに向かって走り出した途端。

「皆止まれ! 下手に動くなァッ!?」

 刃燈の叫びで全員がビタっと止まり、直後に轟音が響く。

 そう、彼だけが殿を務めるように龍の動きを見ていたのだが、逃げ出す瑞穂達を見てその前足を持ち上げて洞窟の上部へと埋め込ませる。

 それが一体どういった結果を生むかといえば、一言で言うと洞窟が崩れた。結果として彼女達の退路は断たれ、刃燈が叫ばなければ彼女達全員が生き埋めとなったのは事実であろう。だが、実際問題とするべきはそこではない。

「に、逃げ道が、無くなった?」

「い、いえ、此処は元より帝都の跡地、出口ならたくさん」

「貴様は愚かか!? あのでかぶつを前に逃げ回って街の中を彷徨えと言うのかぁッ!?」

「皆落ち着いて!? 此処で喧嘩は」

 水穂と林檎の言い争いに美奈が割って入るが、それを遮るように龍の咆哮が響き渡る。

「言い争いをしている場合じゃない、逃げるんだ!?」

「だが何処へ!?」

「何処かだよ!? こんな状況、どうしろって」

「皆、こっち!」

 と、そこへ瑞穂の声が聞こえる。見れば帝都跡地の一角にある壁にある穴の中に入っていく。それを見た一行は脱兎の如く瑞穂の下へと走りこんだ。

 穴の中は崩壊が進んでいるものの、何かの通路いや、道路と言う印象であった。恐らく、此処が帝都として機能していた頃、此処は大通りだったのかもしれない。

「一先ず、良かった。重要文化財を壊したけど、まあ命には代えられないしね」

「お、おまえな……だが、助かった」

「助かってないよ、林檎。私達はただ一時凌ぎの為に此処に入っただけだし。此処から出口を探るのは……無理だね」

「無理ってどういうことだ?」

「この大通り、相当にぼろい。彼方此方崩れてるし、此処も崩れるのは時間の問題かも」

 瑞穂は言って周りを見渡し、水穂も周囲の大通りを少し見て周り、指先に光を溜めて明かりを灯す。

「相当な年代モノですからね……崩れかかってても仕方ありません」

「皆、一つ言いたいんだが……良いか?」

 刃燈が外の様子を確かめながら全員に促すように問う。誰もが表情を強張らせ、一人ひとりゆっくりと頷いた。

「――あれ、どうする? 龍だぞ、龍」

「……なあ、私達は集団で同じ夢を見てるとか」

「だったら良いね。如何見てもこれは現実だよ」

 林檎の縋る様な声を瑞穂はばっさりと切り捨てた。これは紛う事ない現実であると。だが、美奈が否定する。

「じゃあ、如何するって言うの? 龍だよ、ドラゴンだよ!? 伝説上にしか存在しないモンスターだよ!? 無理だよ、逃げられっこ無い! 私達、此処で死んじゃう」

 美奈のヒステリック染みた叫びは途中で切れた。理由は単純、その鋭く巨大な爪がこの空間に入って来たからだ。爪が引っ込むと同時に入って来る龍の首。それは正しく絶望の象徴で、それを見た美奈は尻餅をついてただ座して死を――。

「逃げるんだ、美奈!」

 そこで、刃燈が美奈の手を引いて、抱きかかえて走り出す。瑞穂の目に、ドラゴンの目が刃燈の方へを向くのが見て取れる。

 呆然と思った、ああこれは死ぬな、と。逃げなければ全滅だ。あの無防備な背中はあのハンターからすれば誘っているとしか見えないだろう。では如何する? 如何考えても何をしても死ぬだろう、出来るのは座して死を待つのみだ。

 氷結瑞穂には特技がある。それは諦めることだ。何時だって諦めていた。何時も折れて別の道を模索した。

 故に、彼女は諦めた。

 そう。

 これは瑞穂の過去の冒険を書いたものです。

 それではまた次回。

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