最初の旅立ち
「お姉ちゃん、魔法高校卒業おっめでと~う!」
パンッ、とクラッカーの破裂音が幾つも鳴り響く。
そこは一種のパーティ会場。客は三人、その全員が黒い髪の女性だ。
一人は優しく微笑むセミロングを束ねた妙齢の女性。
もう一人はテンション高くクラッカーの紐を同時に引っ張るショートカットの少女。
最後の一人はそれを無表情に眺め、クラッカーから弾け飛んだ紙テープを被った長い髪の少女だ。
先程の少女の言葉が真実ならばこの内の誰かが高校を卒業した人間で、つまるところこれは卒業パーティ。
未だ残るクラッカーをまだ鳴らしている彼女は違うだろう。では残るは妙齢の女性と少女だが……恐らく妙齢の女性の祝い、ではないだろう。その幾年を重ねたと見える容姿で高校を卒業したばかりならあらゆる意味で詐欺と言う奴だ。
となれば、だ。
「おめでとう瑞穂。魔法高校三年間お疲れ様」
そう言って年長の女性が手元のコップを持ち上げてにこやかに微笑む。それを見て瑞穂と呼ばれた少女は紙テープを払い捨てると手元のコップを手にする。
「ありがと、お母さん」
そう言ってコチンッとガラスのコップを鳴らし合い、コップの中身を口へと運ぶ。妹は未だに席を立ってクラッカーを鳴らし続け、瑞穂は不満げな視線を向け、妹を見上げながら。
「美希、いい加減にしなよ。うっとうしい」
「ええ~、お姉ちゃんのお祝いの為に買い込んだのに~!」
瑞穂に言われ、美希はやっとクラッカーを手放す。母親はくすくすと笑いつつその様子を眺める。
「もうこの子ったら……それはそうと瑞穂、貴方これからの進路は?」
「そうだよお姉ちゃん! 何にも言わないんだもん、あたし魔法の才能なんて無いからお姉ちゃん高校を出たらどうするんだろうってずっと心配したんだよー! ねえねえ、魔法使いって何処に就職するの?」
「氷魔法だと……製氷会社かしら? 後、熱を使った索敵が役に立つところ……警察や探偵?」
「お姉ちゃんが婦警……良いかも? 後、雪や氷を使った芸術家って言うのもあるよね!」
「私が何故職人に……と言うか騎士警察に行くならまずは試験があるでしょう」
勝手なことを言う家族に向かって瑞穂はあきれ気味に言った。
「じゃあお姉ちゃんどうするの? 就職?」
「でも面接の話なんてしたっけ?」
「まあ、ね。色々考えてはあるよ。と言うか、もうお開きにしようよ。明日は色々忙しいし」
瑞穂はそう言って席を立った。それを見て美希もあっと何かを思い出す。
「あ、そだ。明日から春休みの宿題終わらせなきゃ。あーあたし二年生かーお姉ちゃんは社会人、あたしはまだ学生なのかー」
「美希も二年生だし、そろそろ身の振り方考えなよ」
そう言って瑞穂は居間を出て自室へと向かっていく。その表情はどこか寂しげで、別れを告げるようであった。
4時、瑞穂はぱちりと目を開け、静かに布団から起き上がり二段ベッドの上から下りる。
布団を出ると寝巻きを脱ぎ捨て、部屋に飾ってあるナップザックを手に取って中に手を入れて服が詰まった袋を取り出す。
服の入った袋には『初めての冒険者服装セット』を書かれており、瑞穂は静かに手早く着替えを済ませると二段ベッドの下で未だ寝ている妹へ向き直る。
「じゃあ、行って来る。手紙は机だよ」
そう言って部屋を出る。が、その時だ。
「うにゅ、おねえ……ちゃん……? どうしたの……?」
瑞穂は無言で部屋を出た。
周囲を見渡す。廊下へ出て、このまま玄関へと通ずるルートをもう一度確認する。まだ日は上り始めたばかり、この家の中も十分暗い。
(お母さんの起床時間は五時、このまま抜けるか)
そう思って音を立てずに歩き出す彼女はある部屋に目が留まる。その部屋のドアを開いて中を覗く。中は今時の少年が住んでいそうな部屋だ。そのベッドには部屋の主であろう少年が寝ている。
「……流石に此処まで距離をとれば、何もしてこないか」
瑞穂は呟いて部屋を見渡す。何故ならこの男だけは油断ならないからだ。彼は瑞穂の血を分けた弟、そして彼女がこの世で最も恐怖の念を抱く男だ。何故なら彼女は一度、この弟によって死に掛けた記憶がある。
故にだ。彼女はその時からずっとこう思っている。
(私が死ぬとしたら、絶対こいつが原因だ。この部屋に何か仕掛けがあるかも知れない)
だから瑞穂は静かに『行って来る』と呟くと素早く家の玄関へ向かい、鍵を開けて外に出た。
家を出ると同時に慣れた仕草で草むらに手を突っ込み、鍵を取り出して閉める。後は用済みとなった鍵を元の位置に隠すだけだ。
さあ、出発だ。もう直ぐ日が昇る。瑞穂は未練は無いと言わんばかりに走り出した。
(目指す先はタマムコガネシティ中央区から東区、そして東区ゲートだ)
そして旅が始まる。
氷結瑞穂、18歳。魔法高校卒業生、氷単一魔法使い。
彼女の長い長い冒険譚。その始まりは、まるで逃げ出す様なものであった。
うん、実はね、うん。
この作品は作者全力のタイトル詐欺なんだ。ああ、言っておくと何も嘘は書いていないよ。
確かに旅立った当初は瑞穂は18歳の少女だ。すぐに19歳になる上暫くすると成人化するがね。
うん、ココまでは何も嘘はついていない――即行で嘘になるけどね。んじゃ、神剣の舞手の裏側――作者の作品としては本編にあたる物語へと。