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短編小説

閻魔様の家出

作者: 旱咲


 天国と地獄が認識されているこの世では、時に異世界の彼らが私たちの中にひょこり現れることがある。


「あざみちゃん、ちょっと匿って」


 ……どうやら、今日もいらっしゃったらしい。










 代々老舗の和菓子店を営む私の家は、このお盆の時期になるとあわただしくなる。お兄ちゃんがお父さんの跡を継ぐために修行に励んでいるせいか、店内はいつもより活気にあふれていた。

 そんな中、末娘である私は、気ままに店の隅で大福をぱくり。容量が悪く、手先も器用ではない私は、みんなのようにおいしい和菓子なんて作れないから、こうして店の手伝いしか出来ないのだ。といっても、掃除もままならないから、売り子として店番をしているのだけれど。今はお母さんとおばあちゃんが店番をしているから、私はお茶を啜っていられる。


 一応ピークが過ぎ、みんなが少しずつ休憩を取り始めたころ、暖簾をくぐって見慣れたお客様がいらっしゃった。


「お久しぶりです、あざみさん」

(かい)さん!いらっしゃいませ」


 スーツをびっしり着こなした彼は、涼しげな表情をしながら迷いなく裏方までやってきた。


「いるのはわかってるんですよ、閻魔さん。素直に出てきたら今ならげんこつだけで済ましてあげます」

「そのげんこつが嫌なんだよう……あ」


 思わず出てしまったのだろう、声を漏らしてしまった着流し姿の男を槐さんはずるずるとカウンターから引っ張り出した。もう見つかってしまったのだから抵抗はやめればいいのに、いやいやと醜く抵抗を続ける。そんな男に槐さんは一欠けらも迷いなく棒をたたきつけた。


「いたっ、痛いよ槐くん!!どこからもってきたのソレ!」

「痛いのは当たり前じゃないですか。痛くしてるんですから」

「ちょ、槐くん、僕は仮にも上司だよ?上司にこんなことしていいとおもってるの?!」

「きちんと仕事をしない上司を諌めるのも部下の役目です。いいから仕事しろ」

「わかっ、わかったから、ソレやめてっ、金棒はいくら僕でも痛いっ」

 

 すみません店の中で、と槐さんは着流しの男の襟首を引き摺りながら暖簾をくぐっていった。

 私の名前を呼び、助けを求めていた声も、次の瞬間には聞こえなくなった。



「あれ、閻魔ちゃん連れられちゃったの?」


 いったん家に戻っていたお母さんがカウンターを見て残念そうな顔をした。


「槐さんが来たからしょうがないよ」

「あら!槐さん来たの!どうして呼んでくれなかったの親不孝な娘ねぇ」


 母のその言葉もどうかと思うが、この状況に慣れてしまった私たちもどうかと思う。


 この家には、よく地獄から閻魔大王とその副官の鬼神である槐楼(かいろう)がいらっしゃるのである。










「先ほどはすみません。あのクソ閻魔……ごほん、閻魔さんがお邪魔してしまって……さらにお騒がせしてしまって」

「いえいえ。閻魔様が来ると母も祖母も喜びますし。それよりも閻魔様大丈夫ですか?」

「腐っても大王ですからね。僕がどんなに痛めつけても次の日にはケロッとしてますよ」


 夕方になり、改めてお詫びにいらしてくださった槐さんと、店の外に設置した椅子に腰かけてお茶を飲む。

 鬼神である槐さんとのこうしたお茶会は今回で数えきれないほどとなった。


「閻魔さんはここの大福をいたく気に入ってましてね。こうして家出するたびに迷惑をかけるからおやめなさいと常に言い聞かせているんですが」


 ス、と槐さんの目が鋭くなり、こういう仕草に鬼神としての威厳を感じる。

 槐さん好みのよもぎ大福を差し出しながら、今回の家出の理由を尋ねた。


「いつものやつです。お盆になると死者たちが騒ぎ立てるし、取り締まるのも一苦労ですよ。仕事が増えて逃げ出した閻魔さんを連れ戻すのにも一苦労ですし」


 はぁ、とため息をついた槐さんは、まぁ三日は断食してもらいますが、とさらりと言った。

 ……大食らいの閻魔様にそれはきついんじゃあ、と思っていても口にはしない。



「あざみさんはどうです、就職は決まったのですか?」

「あー、それなんですけど」


 高校を卒業したあと、夢もなかった私は大学に行かず、のらりくらりと今まで過ごしていた。

 さすがに店の手伝いや、ほかにもバイトをしていたけれど。


「もしよかったら地獄で仕事を紹介しましょうか?」


 無言になった私に、槐さんは心配そうに声を掛けてくれる。


「それは嬉しいんですが、実は、結婚、しようとおもって……」

「はい?」


 目を丸くした槐さんを見ていられなくて、思わず俯いた。


「父が決めた縁談を、受けようかな、と」

「何故です」

 今まで蹴ってきたのではないのですか、と槐さんは続けた。


 ずっと、縁談を断り続けていたのだけれど、両親におんぶにだっこな今の状況はいけないと思った。だから、この老舗の和菓子店をサポートしてくれるいいところに嫁ごうと思ったのだ。


 そう槐さんに伝えると、そうですかといったきり、何も答えてくれなかった。










「で、どうしてこうなったのでしょう?」


 ……気が付いたら私は閻魔様の前に立っていた。

 哀れみの含んだ閻魔様の表情に、途轍もない不安がよぎる。


 確か私は槐さんと別れた後、いつものように実家で眠ったはずだ。なのに、目が覚めたらここにいた。

 ……花嫁衣装を着て、槐さんのとなりに。


 ちらり、と槐さんを見ると、美しい顔を歪めほほえんだ。……まるで、餌を見つけた肉食獣のように。


「あざみさんがいけないんですよ。僕との約束を忘れてほかの男と結婚するだなんて」

「ええ?!」

「小さいころに約束したじゃないですか。大きくなったら僕のお嫁さんになるって」

「?!」


 確かに閻魔様と槐さんのつきあいは私が三歳のころからだと聞いている。私がその約束を覚えていないということは、私がとても小さいころに約束したのであって……。


「僕、閻魔さんのあまりの酷さに一度見限って人間界に家出したことがあるんです。もっと罵って叩きのめしてから家出すればよかったとすぐさま後悔したんですけど、そんなときに三歳のあなたに会ったんです。そのころからあなたは不器用で、何もできなくて……。調教しがいのある子だと興味をもったんですよねぇ」


 え、ちょっと待って。


「約束を取り付けて、仕方ないからお宅の大福を土産に地獄へ帰ったんです。それを閻魔さんに与えたらうまいこと気に入ってくださいましてねぇ」

 閻魔さんが家出したときに仕事であなたと会えるんなんて、素晴らしいことでしたよ。


 そう槐さんは本当に幸せそうに言うからうっかり絆されるところだったけど、頭を振った。


「私地獄で生活したくありません」

「どうしてです?」

「だって、私人間ですし……」

「そ、そうだよ槐くん。彼女は地獄の鬼神でも死人でもないんだ……ごめんなさい出過ぎた真似をしました」


 私を援護してくれた閻魔様も、槐さんのひと睨みに屈してしまった。


「あざみさん……なにか不満があるんですか?」

「う……」


 いくらイケメンで私好みで初恋の人でも……。


「あなたの実家のお店の支援してあげますよ?」

「……」


 いくら好条件で好物件でも……。


「僕、あなたとしか添い遂げるつもりはありませんからね」

「…………ワカリマシタ」


 簡単に屈した。


 だって、仕方ない。頷いた私に槐さんが本当にうれしそうに笑ったんですもの。




「じゃああざみさんのために昇進しますね。昇進のためには邪魔者を排除しないといけませんね」

「え……?」



 そうして閻魔様は再び家出するのであった。





もうちょっと閻魔様をいじめる槐を書きたかった……(笑)

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