Forest Fairy
俺は『取手秀』。
どこにでもいる普通の高校2年生だ。
で、今は夏休みの真っ最中。
高2の夏休みともなると、新しい学校やクラスメイトとの生活にもすっかり慣れ、解放感から色々やる奴も多い………まぁ、普通と言えば普通か。
んでもって、現在俺は何をしているかと言うと、散歩だ。
さっきまで家で宿題やってたんだが、ずっと家にいるのも疲れるんで、その辺でゲームソフトかプラモでも買いながら散歩するかな〜…と、考えた訳だ。
もっとも『何かめぼしい物がありゃ買おうか』程度の考えだからな、所持金もそんなに多く無い。
さて、そんな訳で歩いていると、1つの光景が目に止まった。
そこは近所にある小さな公園で、今日も近くに住む小学生くらいの子供達がドッジボールをして遊んでいる。
こういった公園にしては珍しく、ここはボール遊びが禁止されていないんで、外周にやたらと高いフェンスが張ってある。
だから、ドッジボール自体は何の問題は無いんだが、俺が気になったのはそこでは無く、公園の入り口近くにいるこれまた小学生くらいの女の子。
遊んでいる子供達の中に入る訳でもなく、ただただ公園の端にある花壇の草花を見ている。
「……まぁ、そういう子もいるよな。」
そう考えた時……
その女の子に向かって、ドッジボールの流れ弾が飛んできた。
「!…危ねぇっ!」
女の子は背中を向けている為、ボールに気付かなかったが、俺の声が聞こえたのかすぐさま振り向き、ボールを避ける。
ボールは花壇に突撃。
ドッジボールをしていた子供達も今の状況に気付いたらしく、女の子に駆け寄って声をかけていた。
俺も一応、そこに向かう。
「あ…えーと、大丈夫か?」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
「あ…ああ、どういたしまして。それから君たちも、ドッジボールをするのは良いけど、周りに気をつけてな。」
「「「はーい!」」」
元気の良い返事の後、子供達はまたドッジボールを始めた。
大丈夫だろうか……まあ、俺が心配してどうにかなる訳じゃ無いが。
そろそろ行こうかと思い、その場を離れようとすると……
「あ、お兄ちゃん待って!」
「?」
「一緒に遊ぼ!」
………はい?
「ほー、てんとう虫か。」
「うん!ずっとこの子を見てたんだ!ちっちゃくてかわいいから!」
結局俺はこの子と遊ぶ事になった。
……そういや、この子の名前聞いてねぇ。
「そう言えば…君、名前は?」
「イヨ!」
なんか、変わった名前だな。
「イヨ…か。」
「うん!」
その後も俺とイヨは、日が暮れるまで草花やそこにいる虫達を眺めて遊んでいた。
んでもって、翌日。
例の如く散歩していた俺は、また何となくあの公園に向かっていた。
すると………いた。
「おーい!イヨ!」
「あ、お兄ちゃん!」
また今日も、俺は夕方までイヨと遊んだ。
イヨが俺を『お兄ちゃん』と呼ぶせいか、俺はイヨが妹みたいに思えてきた。
俺は一人っ子だからか、なんだか無性に楽しくて、その後も毎日、俺とイヨはあの公園で一緒に遊んだ。
それにしても、イヨはまだ小学生くらいにしか見えないのに、妙に物知りだ。
花壇の植物やそこにいる虫についても俺が知らなかった事をたくさん知っていて、帰ってからネットで調べるとまさしくその通りだったから驚いた。
まあ何だかんだ言って、俺はイヨと遊ぶのが楽しくて、そしてイヨの笑顔を見るのが嬉しくてしょうがなかった。
そんな毎日が続いて約2週間……イヨのこんな言葉から事態は一変した。
「お兄ちゃんを、イヨの大好きな場所に連れてってあげる!」
「大好きな場所?」
「うん!」
断る理由も無かったんで、俺はイヨに付いていく事にした。
そして、イヨに連れられて行くこと数十分……
「イヨ、どこまで行くんだ?」
「もうちょっと先だよ♪」
……おかしい、イヨの年齢から考えて体力がありすぎる。
しかも、この先って……
「………山…だよな?」
かの有名な高尾山に引けを取らない程の本格的な登山コースを持つ山だった…。
「お兄ちゃん!こっちこっち!」
「ま…待ってくれ…。」
俺はこの登山コースに体力を奪われ続けていた。
対するイヨは、軽快なテンポで木の根っこや段差をヒョイヒョイと飛び越えながら進む。
それでも何とかイヨに付いていくと、たどり着いたのは行き止まり。
道はどぎれ、周りには木々が生い茂っているだけ。
周りには誰もいない…。
すると、イヨは俺の方を向き……
「ねぇ、お兄ちゃん。」
「ん?なんだ?」
「もしもイヨが森の妖精だよって言ったら、信じる?」
……今、イヨは何と言った?
森の妖精……ハハハ、まさかそんな訳が……。
だが、何故だ……どうしてか分からないが、本当の気がする。
「妖精……なのか?イヨが?」
「うん…。イヨはね、この山の森の妖精さんなんだ。それで、昔から『人が住む街』に興味があったから、思い切って行ってみたの。そしたら、お兄ちゃんに会えたんだ!」
信じられないような話……だが、何故か心の片隅では信じてしまっている。
「お兄ちゃんに会えて、本当に嬉しかったし、一緒に遊べて楽しかったよ!だから……」
イヨが取り出したのは、緑色の宝石のペンダント。
なんだかとても……自然の香りというか……そんな感じの香りがする。
「お兄ちゃんに、プレゼント!」
イヨがそう言って、俺がペンダントを受け取った瞬間……イヨの体が緑色の光に包まれる。
「!?…お、おい!」
「えへへ、そろそろ帰らなきゃ…。」
イヨの体が暖かな光の粒になって消えて行く……。
「大丈夫だよ、イヨはずっとここにいるから、いつでもまた会えるよ♪………ありがとうね、お兄ちゃん……」
『大好きだよ♪』
こうして、イヨの姿は完全に消えた…。
夢だったのか……そうも思ったが、イヨがくれた自然の香りがするペンダントは、確かに俺の手の中にある。
「……。」
俺はしばらくの間、ここを動く事ができなかった……。
翌日、家でぼんやりとテレビを見ていた俺は、とんでもない事実を知ってしまった。
この近辺に住んでる人ならだれでも知っているが、あの山には小さな社がある。
で、どうやらその社には古くから『森の守り神』として奉られていた御神体があったらしいんだが、それが約2週間前に忽然と消え、昨日になって戻って来たらしい。
俺がイヨに初めて会ったのが2週間前で、イヨは自称森の妖精、俺とイヨが別れたのが昨日…………もうお分かりだろう。
「アイツ……妖精じゃなくて神様じゃねぇか…。」
「秀、何ぶつぶつ言ってるの?」
「いっ!な、何でも無い…。」
あっぶねー…母さんに聞かれる所だった……。
あれから10年……俺は今、『自然保護活動』と『環境に優しい物を作る研究』を行っている。
俺はあの後、自然という物に興味を持ち、そして守りたいと思って必死に勉強し、今に至る。
それから稀に、地域の公民館や学校で、自然に関する講義を開く事もある。
仕事柄なかなか収入は得られないが、俺はこの仕事が好きだし、誇りに思っている。
金銭面は母さんが何とかしてくれている……いつか恩返ししなきゃな。
そうそう、俺にはもう1つの日課がある。
日課……と言っても、毎日できてるとは言い難いんだが。
「よっ、今日も元気か?イヨ。」
今の俺がいる一番のきっかけであるアイツに会いに行く事。
あの山の、木々に囲まれた行き止まりの部分に行く事だ。
「実はさっきまで小学生対象に自然保護の講義をやってたんだ。でな、講義が終わったら、小学生だけじゃ無くて親御さんから質問攻めでな……いや〜、参った参った。」
『ふふふ♪いつも頑張ってるね、お兄ちゃん♪』
多分、この声は俺にしか聞こえて無いだろう。
あの時のペンダントは、今も肌身離さず持っている。
これがあるから、俺は頑張れるんだと思う。
あの夏、俺に訪れた不思議な出会い。
夢のようで夢じゃない、現実に起きた出来事……。
あの出来事があったから、今の俺がいる。
ありがとうな、イヨ。
俺もお前のこと、大好きだ。