(7)マフラー
去年の12月25日。
理花のもとに雄一からのプレゼントが届いた。
深みのある落ち着いた赤い色の、とても手触りの良いマフラーだった。
冬になると、日本の寒さとは比べ物にならないほど冷え込むニューヨーク。
防寒対策に理花はすでに何本ものマフラーを用意していた―――コートに合わせて、色とりどりのマフラーは5本。
その中に赤いマフラーはなかった。
自分では“赤が似合わない”と思っていたから。
同封されていたカードには
『マフラーなんていくつも持っているだろうけど、理花にすごく似合いそうだったから思わず買ったんだ』
と書いてあった。
理花はさっそく鏡の前で、もらったマフラーを巻いてみる。
「うん、良い感じ。……なんだ。私、赤も似合うじゃない」
華やかさはあるけれど、下品な派手さはない。日本人特有の肌の色にぴったりと合って、理花の顔立ちを引き立てる。
なんだか自分が数段美人になったようにすら思えた。
雄一が言う通り、彼がくれたマフラーは理花に似合っていた。すでに持っているどのマフラーよりも。
「雄一の方が、私のことを分かってるなぁ」
それがちょっと悔しかった。
でも、その何倍も嬉しかった。
早くお礼が言いたくて、でもニューヨークと日本の時差を考えたらそれも出来なくて。
日本が朝になるまで、理花は部屋の中をうろうろと歩き回り、テレビを点けてはすぐに消したり。
落ち着かない様子で時間をつぶしていたのだった。
そして日本時刻が朝の8時になると、電話に飛びついて雄一にかけたのだった。
たくさん、たくさん、話をした。
もちろん真っ先に理花の口から出たのは、マフラーのお礼。
あまりにも嬉しくて、暖房がしっかりきいている室内だというのに、マフラーを巻いたまま電話をしていた。
まるで雄一に包まれているみたいに、ふんわりと暖かくて。
熱かったけど、そうしたかったから。
温もりを手放したくなかったから。
会話の途中に私が
「フゥ……、ふぅ……」
と、やたらに息を継ぐから、変に思った彼が私に訊いてきた。
『どうしたの?具合悪い?』
「あ、ちがう、熱いからだよ。マフラー巻いてるし、暖房も入ってるし」
そう話したら、雄一に大笑いされたっけ。
『だったら、マフラー外せばいいのに』
と、笑う合間に言われた。
「……だって、なんか手放したくないんだもん」
と、私が言ったら、また大笑いされた。
でも、私の大好きな雄一は本当に優しくって。
『そこまで大事してくれているのなら、マフラーを送った甲斐があったよ』
優しく、優しく、私を慰めてくれる。
電話では顔が見えないけれど、きっと雄一はいつものように優しく微笑んでくれている。
形の良い目を細めて、首を少しだけ右に傾けて。
春の日差しのように、穏やかに微笑んでいるはず。
私の大好きな笑顔。
「色も、手触りもすごく素敵で、一目で気に入ったけど、雄一が送ってくれたマフラーだから、特別に嬉しかったんだよ」
お世辞なんかじゃない。心からそう思った。
素直に感想を言ったら、
『……それならよかった』
って、小さく言った雄一。
きっと、このマフラーみたいに真っ赤な顔をしてるんだろうな。
想像したら少しおかしくなって、くすくすと笑ってしまったっけ。
―――その時は普通に会話もしていたのに。
ううん。雄一のことだ。きっと私に気付かせないように、平気な振りをしていたのかもしれない。
今にして思えば、自筆のクリスマスカードの文字も頼りなかったかもしれない。
会話がいつもより途切れがちだったかもしれない。
“このあと予定があるから”
と、彼のほうから切り上げられた電話は、もしかしたら話し続けることに疲れを感じたからかもしれない。
私に気付かれる前に、電話を切りたかったのだろう。
「ごめんね、雄一。気付いてあげられなくって……」
そばにいてあげられなくってごめんね。
何もしてあげられなくってごめんね。
理花は心の中で何度も雄一に詫びる。
「い……けない、手……紙を、読み続けなきゃ……」
それが、今の理花に出来るすべて。
止まっていた視線を再び動かし始めた。