表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

(7)マフラー

 去年の12月25日。

 

 理花のもとに雄一からのプレゼントが届いた。

 深みのある落ち着いた赤い色の、とても手触りの良いマフラーだった。


 冬になると、日本の寒さとは比べ物にならないほど冷え込むニューヨーク。

 防寒対策に理花はすでに何本ものマフラーを用意していた―――コートに合わせて、色とりどりのマフラーは5本。

 

 その中に赤いマフラーはなかった。

 自分では“赤が似合わない”と思っていたから。


 同封されていたカードには

『マフラーなんていくつも持っているだろうけど、理花にすごく似合いそうだったから思わず買ったんだ』

 と書いてあった。

 

 理花はさっそく鏡の前で、もらったマフラーを巻いてみる。

「うん、良い感じ。……なんだ。私、赤も似合うじゃない」


 華やかさはあるけれど、下品な派手さはない。日本人特有の肌の色にぴったりと合って、理花の顔立ちを引き立てる。

 なんだか自分が数段美人になったようにすら思えた。

 雄一が言う通り、彼がくれたマフラーは理花に似合っていた。すでに持っているどのマフラーよりも。


「雄一の方が、私のことを分かってるなぁ」

 

 それがちょっと悔しかった。

 でも、その何倍も嬉しかった。

  

 早くお礼が言いたくて、でもニューヨークと日本の時差を考えたらそれも出来なくて。

 日本が朝になるまで、理花は部屋の中をうろうろと歩き回り、テレビを点けてはすぐに消したり。

 落ち着かない様子で時間をつぶしていたのだった。

 そして日本時刻が朝の8時になると、電話に飛びついて雄一にかけたのだった。


 たくさん、たくさん、話をした。

 もちろん真っ先に理花の口から出たのは、マフラーのお礼。

 あまりにも嬉しくて、暖房がしっかりきいている室内だというのに、マフラーを巻いたまま電話をしていた。


 まるで雄一に包まれているみたいに、ふんわりと暖かくて。


 熱かったけど、そうしたかったから。


 温もりを手放したくなかったから。



 会話の途中に私が

「フゥ……、ふぅ……」

 と、やたらに息を継ぐから、変に思った彼が私に訊いてきた。


『どうしたの?具合悪い?』


「あ、ちがう、熱いからだよ。マフラー巻いてるし、暖房も入ってるし」


 そう話したら、雄一に大笑いされたっけ。

 

『だったら、マフラー外せばいいのに』

 と、笑う合間に言われた。


「……だって、なんか手放したくないんだもん」

 と、私が言ったら、また大笑いされた。


 でも、私の大好きな雄一は本当に優しくって。

『そこまで大事してくれているのなら、マフラーを送った甲斐があったよ』

 優しく、優しく、私を慰めてくれる。

 電話では顔が見えないけれど、きっと雄一はいつものように優しく微笑んでくれている。

 

 形の良い目を細めて、首を少しだけ右に傾けて。

 春の日差しのように、穏やかに微笑んでいるはず。


 私の大好きな笑顔。



「色も、手触りもすごく素敵で、一目で気に入ったけど、雄一が送ってくれたマフラーだから、特別に嬉しかったんだよ」


 お世辞なんかじゃない。心からそう思った。

 素直に感想を言ったら、

『……それならよかった』

 って、小さく言った雄一。

 

 きっと、このマフラーみたいに真っ赤な顔をしてるんだろうな。

 想像したら少しおかしくなって、くすくすと笑ってしまったっけ。 




―――その時は普通に会話もしていたのに。


 ううん。雄一のことだ。きっと私に気付かせないように、平気な振りをしていたのかもしれない。


 今にして思えば、自筆のクリスマスカードの文字も頼りなかったかもしれない。


 会話がいつもより途切れがちだったかもしれない。


“このあと予定があるから”

 と、彼のほうから切り上げられた電話は、もしかしたら話し続けることに疲れを感じたからかもしれない。


 私に気付かれる前に、電話を切りたかったのだろう。



「ごめんね、雄一。気付いてあげられなくって……」


 そばにいてあげられなくってごめんね。 

 何もしてあげられなくってごめんね。

 

 理花は心の中で何度も雄一に詫びる。


「い……けない、手……紙を、読み続けなきゃ……」

 

 それが、今の理花に出来るすべて。 

 


 止まっていた視線を再び動かし始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ