(4)彼の言葉
『僕はもうすぐこの世を離れる。おそらく桜を見ることはないだろう。
心残りと言えば 力いっぱい君を抱きしめて、その感触を僕の体に覚えこませることが出来なかったこと。
今では自力で立ち上がることすら困難な状態だ。
ごめん。
春先には海外から戻る君を待っていてあげられなくて。
ごめん。
“病気なんかに負けないで”って、ずっと励まし続けてくれていたのに。
ごめん。ごめんね。
ごめん。
二人で過ごした時間は色あせることなく、今も僕の胸に残ってる。
理花に逢えて本当によかった。
愛してるよ。
雪解けの頃、僕が眠る地においで。
君の好きなスノードロップがたくさん出迎えてくれるはずだから。
1月5日 橘 雄一 』
一枚目の便箋の彼の名前まで目を通した理花の瞳からは、次々と雫が溢れ、頬を伝い落ちる。
止めようと思うけれど、自分の意思とは裏腹に涙は流れてゆく。
「や……、やだ。雄一ったら、馬鹿じゃないの?冗談なん……か、書いちゃって。エイプリルフールは……、まだ……まだ先だよ」
涙で手紙の文字がにじむ。
唇が震えて、言葉がうまく紡げない。
こんな趣味の悪い冗談を笑い飛ばしたいのに、理花の顔はガチガチにこわばっていて、とても笑うどころではない。
涙はどんどん溢れてくる。
もはや涙を止めようという気持ちもなくなってしまった。
「わ、私は……、こんな……くだらないことに、ひ……、引っかかったりは、しないんだから……」
ぽたり、ぽたり。
ひとしずく、またひとしずくと頬を伝う。
この間にも、理花の心の中では不安が育ってゆく。
猛烈な勢いで、不安が広がってゆく。
本当は理花だって分かっているのだ。
彼が例え冗談でも、こんなことを言ったりしない性格だということを。
でも、手紙に書かれていることを認めたくない一心で、無理矢理にでも冗談だということにしてしまいたいのだ。
「ひ、人を……からかうなら、もっと……うまい冗談に、し、しなさいよ……。センス……ないわ……ね」」
はらはらと落ちる雫が、理花の持つ便箋に落ちて吸い込まれてゆく。
すると、濡れた箇所に文字が浮き出てきた―――下になっている便箋に書かれた文字だ。
「ほ、ほら。このあとの手紙には『もしかしてだまされた?嘘だよ』って書いてあるんだわ。……きっと、そうだ。そうに決まってる!」
指先で涙を払い、理花は急いで次の便箋に書かれている文字を読んだ。