(2)手紙
「何?」
理花が階段の途中でくるりと振り返る。
「これ、雄一さんからの手紙よ。おととい届いたの」
母親はエプロンのポケットから白い封筒を取り出した。
「手紙?」
不思議そうな顔をする理花。
「変なの。電話のほうが早く連絡つくのに」
首をかしげながらも手を伸ばして受け取り、上着のポケットに滑り込ませた。
そして何かに思い当たった理花は、ふと顔を上げる。
「あ……、誕生日に電話のひとつもしてこなかったから、謝りの手紙かな」
「謝り?」
階上の娘を見上げる母が尋ねる。
「うん。プレゼントは届いたんだけどね。いつもなら必ず後からでも電話してくれるんだけどさぁ。今回の誕生日は、何日待っても音沙汰なし」
ふてくされた様に、理花は崩れかけた前髪を指で掬い上げた。
「あなたからはかけなかったの?」
「かけたわ。でも、携帯はぜんぜんつながらないし。家にかけても留守電で、まったく連絡取れないの」
理花は口先を少し尖らせて、更にふてくされた表情を見せる。
「あらそう。あんなにマメな人が珍しいわね」
二人の長い付き合いを知っている母も、首をかしげる。
「ったく、彼女の誕生日に声を聞かせないなんて、薄情者よね!」
理花がぷぅっと頬を膨らませた。
「そんな事言わないの。雄一さんにだって都合はあるんだから」
シックなスーツに身を包んだ娘が子供っぽく振舞うのは、ギャップがあってなかなかほほえましく見える。
そんな娘を見て、母親はくすくすと笑った。
「あら?お母さんは彼に味方するの?ひどいわぁ。なんて、冷たいの?お母さんは私のことなんて大事じゃないのね」
チロリと見下ろし、口を尖らせて理花は母親に『口撃』する。
しかし、この程度の娘の反撃では穏やかな母は崩れない。
「だって、お母さんも雄一さんのこと好きだもの。いつも優しくて、穏やかだし。ホント、理花にはもったいない人だわ」
にっこりと柔らかい微笑みを返してきた。
それは理花にとっても同様で、しょげるどころか、更に余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「私のほうがもっと、もっと雄一のこと好きですからね!」
ふふん、と鼻で笑って
「部屋に行くから」
と、残りの階段を駆け上がっていった。
後ろ向きになった母親には見えなかったが、この時の理花の顔はどこか影が差し、何か気がかりがあるようだった。
急に連絡が取れなくなった雄一。
心当たりが的中しないことを理花は必死で祈っていた。