プロローグ
生々しい描写はしていませんが、病気により登場人物が亡くなります。死に別れが一切受け付けない方はご自身のためにも、どうぞお戻りください。
悲しいだけでは終わらない、そんな切ないお話を書きたくて、執筆しました。
涙の中でも前向きに進む気持ちを感じ取っていただけたら幸いです。
◆理花
ここはとある企業のニューヨーク本社。
「調子はどうだ、リカ。もう風邪は治ったかい?」
パソコンに向かってうんうん唸っている日本人女性に向かって、体格のよい男性が話しかける。
「あ、フレディ課長。調子は……、気合いで何とかします!」
“リカ”と呼ばれた女性は胸の前で握りこぶしを力強くグッと繰り出した。
「ハッハッハッ、なんとも勇ましい。リカには“大和なでしこ”という言葉は通じないようだな」
大きなお腹を揺すって、男性上司が体格同様に豪快に笑う。
それに対してリカは気分を害した様子もない。
「私のそんな性格は今に始まったことではないですよ」
フフッと小さく笑って、キーボードを叩く手を止めた。そしてわずかに体を傾け、上司を見上げる。
「このプロジェクトもあとわずかで終了ですからね。寝込んでいる場合じゃないですもの」
にこっと微笑んで、彼女は再びパソコンに向かう。
カタタタタタッ……。
まるで優雅にピアノを演奏しているかのような見事な指さばきだ。
「日本で彼氏も待ってるし、さっさとこんな仕事を片付けて、帰りたいだろ?」
上司の問いかけに対して手を止めることのないまま、リカは口を開く。
「会いたいのは確かですけど……。でも、私の彼はなにしろ心が広くて、優しいですからね。しっかり待っていてくれますもの。心配なんて何一つありませんわ」
理花はプリントアウトした書類を脇に立つ上司に差し出す。
「この書類にサインをお願いします」
そして、またパソコンのキーボードを勢いよく叩き始めた。
◆雄一
大きなガラスがはめられた病院の窓。
ベッドの上に上体だけ起こしている青年が、その窓の向こうに目を向けた。
今日は珍しく朝から晴れている。
外は冷たい北風が吹いているが、陽射しだけは穏やかで、まるで春を思わせる。
「……そうだ。手紙を書こう」
青白い顔をした青年は、ベッド脇の引き出しを開け、便箋とペンを取り出した。