スーツの女と三題話(4)
【朋野さんの作品】
入学式当日。俺は異様な光景を目にしていた。
「え~、では、皆さんはこの牧高校に入学したわけですから……」
校長の祝辞中、生徒は皆、
「(笑)」
笑っていたのだ。それも、声に出さないような含み笑いである。
俺は不気味なこの光景に愕然としながらも、冷静に観察する。
確か、入学式が始まって数分間は普通だった。全員が背筋を伸ばし、入学生は入学生らしく、先輩達は先輩達らしく、何の問題もない入学式だった。だが、俺が少し眠くなってうつらうつらし始めた後、そう、この校長が壇上に上がった辺りから、皆の様子が一変した。
「(笑)」
気味の悪い笑いはまだ続いている。
俺は恐ろしくなって、眼を伏せた。
何かがおかしい。
一体どうしてこんなことになったのだろうか……。
「あの校長、気付いてないぜ?」
ふと、後ろの席で声がした。
「ん?」
俺はその言葉が気になって顔を上げる。
そして、信じられないものを見た。
校長の頭の上に、桜の花びらが数枚、乗っていたのだ!
思わずぶっと吹き出してしまうと、それが引き金となったのか、周りの生徒達も皆、くすくすと声を上げて笑い始めた。
これが、俺の新たな学校生活のなんとも言えない奇妙な始まりだった……
《了》
「朋野さん?」
「はい。なんでしょうか?」
「なんですか? と真顔で返されると非常に困るんですが……。これはウケ狙いで? それともなにか他の意図でもあったんですか? そもそも『友情』はどこに消えてしまったんでしょうか?」
朋野さんの脳内を是非覗いてみたいと思ってしまった。
何をどうしたらこんな作品をさらっと書けるのか不思議でしょうがない。
「楽しくなかったですか?」
「え、いや、楽しかったですけど……」
「なら、良かったです」
有無を言わさない口調でそれだけ言うと、朋野さんはまだ読み途中だった俺の作品に目を落とした。
【俺の作品】
桜の花が舞い散る中、俺は彼女に向かって言ってやった。
「お前、なんで留年なんてしたんだよ」
彼女は、ずっと俺の世話を焼いていたせいで、入学当初トップ十位に入る実力だったはずが、今では反対に後ろから数えた方が早いという状況に陥っていた。その結果、留年。
学年が変わるまで気がつかなかった。おそらく、隠していたんだろう。
「別にいいんだよ。あんたがちゃんと元気でやってくれれば」
彼女は明るく微笑む。
嬉しかった。素直に嬉しいと思った。だけど、これはやっぱり間違いなんだ。
「バカかお前はっ!」
俺は言葉で殴りつけた。
「自分を犠牲にしてまで頑張って、なんになるって言うんだよ! こんなの、俺は全然嬉しくねえぞ」
怒気を孕んだ目で睨みつけると、彼女は不意に背を向けた。
「うん。分かってる」
「なんだって?」
「分かってるよ。そんなことくらい。でも、私にとって、例えこの友達関係が間違っていたとしても、それでも、譲れないものがあるの。
あんたが元気で、楽しくやっていけるのと、自分が何事もなく暮らしていけることを比べた時、どっちが大切かって言ったらあんたの方が大切だった。ただそれだけのこと。怒っていいよ。覚悟は、できてるから」
「バカが」
思わず、彼女を抱きしめていた。
「これから、一人でもがんばってね」
「お前もな」
《了》
「あれ? (笑)はどこに……」
「あ、すいません。完璧に忘れてました」
「………」
「できたよ、二人とも」
朋野さんの絶対零度の視線をどうにか受け流していると、綾がぱっと顔を上げた。
できたらしい。早速読ませてもらう。
【綾の作品】
ピンクの煌きが俺の目の前を通っていった。
「しゃーない。行くか」
周りの黒い集団に身を任せる。
今日は我が高校の入学式。俺は校門で入ろうか入るまいか迷いに迷った末、入ることに決めた。
ヒラリ。
また、ピンクの煌きが目の前を通り過ぎる。
「うぜっ」
俺はそれを無視する。
どこのバカがこんなピンク色したもんを綺麗だなどと思うんだか。
《(笑)》
「何が言いたい!」
怒鳴りつけてしまう。
ピンクの羽を持ったこいつに、どうも俺は嫌われているようだ。先ほどからずっとこんな感じだ。
「たく、なんの因果でこんなとこに来たんだか……」
そう。ここは魔法学校。日本では五つしかない魔法学校の中でも優秀な学生が集まる、世間で言うところの進学校、だ。
「とりあえず、この目の前のヒラヒラした桜の妖精だかなんだかをどうにかして欲しい」
ため息一つ。
俺は校内へと足を踏み入れた。
《了》
これで全員の作品が出揃ったわけだが。
「綾。全部読み終わりましたか?」
「うん。零はふざけすぎ。勝史は意図的に(笑)を外してるでしょ?」
率直な感想に、俺と朋野さんは顔を見合わせる。
そして同時に
「「ソンナコトナイヨ」」
適当に誤魔化すのだった。
「しかし、見事にバラバラの内容になりましたね」
「零がウケ狙いで、勝史は青春系、そしてあたしはファンタジー系、ってとこ?」
「だな」
ここまで綺麗に全員が違う作品を書くとは思ってなかった。
「感性なんてものは人それぞれ全く違いますから。こんなものですよ」
朋野さんが締めくくるように言う。もともと感性の違いってのを確認する意図があったので、これで終わりでも良いのかもしれない。が、俺としては個人的にちょっと訊いておきたいことがある。
「朋野さん。俺と綾の作品、どっちが良かったですか?」
ピクリ、と綾も反応したような気がした。
そうだろう。ライバル宣言をしている者同士だ。気になって当たり前、いや、気になってもらわなければ困る。
朋野さんは俺が書いた原稿と、綾のものを見比べ、はっきりと告げた。
「綾、ですね」
「えっと、理由はなんですか?」
「勝史さんの小説は、確かにクライマックスで引き込まれるものがあります。しかし、誰がどうした、ということを中心に書いてあり、どうも単調になっている気がしてなりません。その点綾は妖精のことをピンクの煌きと言い、瞬時に桜を想起させるような表現を使うなど、色彩豊かな作品になっています。単純な話の流れや面白さで言えば、もちろん勝史さんの方が良いに決まっていますが、これが長編になった時を考えると綾の方が優れていると判断せざるを得ません」
やっぱりというかなんというか……。
見る人が見ると分かるもんだな。綾の作品は基本的に人の動作描写を最小限に抑える工夫がなされていて、しかも『色』を非常に有効に使っている。
対して、俺のは特に工夫もなく、誰がどうした、だからどうだ、みたいなことが中心になっていて、正直自分でもなんとかしたいと思う。もちろん、風景描写がないわけではないのだが、それでも綾のに比べると少ないし、使い方も下手なのだ。
「よし」
綾が、小さく呟くのが聞こえた。
描写技術。
認めたくないが、そこに関しては完全に綾に遅れをとっていると言って良かった。
「分かりました。的確な感想、ありがとうございます」