スーツの女と三題話(3)
女子二人に男子一人。どうしたって俺の隣は女子が座ることになるわけで。しかも上映中は薄暗く、ドキドキな展開が待っていたり……?
と、思いきや。
そこは仮にも映画鑑賞や読書を娯楽の範疇を超えた目線で見ているメンバーなだけあって、目の前で物語が始まってしまえばそちらに集中。ドキドキな展開はまるでありませんでした。
「じゃ、そこの店入るか」
で、現在。感想会をしようという流れになり、ファミレスへ。
全員でドリンクバーを頼んでとりあえず飲み物を確保。俺は炭酸飲料を並々とコップに注ぎ、着席。綾はミルクティーを、朋野さんはアイスコーヒーをそれぞれ入れてきた。店員さんが朋野さんを見て不思議そうに首を傾げていたが、そこは気にしないでおく。
「今回の、綾はどうだった?」
そして開始。膝の上に牛をちょこんと乗せて撫でていた綾に話を振ってみる。
「正直、小説の方が良かったかな」
「俺も、同じ意見だ。映画オリジナルのストーリーになってたけど、小説の方がよく練られてたし、完成度も高かった」
「わたしも。そうだと思います」
朋野さんも参戦。
「わたしは小説を読んでいないので断言はできませんが、アニメや映画の一番の強みが活かしきれてなかったかと」
「一番の強み?」
「はい。小説や漫画にはなく、アニメや映画にあるのは音楽です。音楽が付くことで作品の雰囲気や迫力が一気に増します。でも、今回の作品は爆発音やピアノの演奏シーンなど、一部に限って言えば良かったですが、『これはどうなんだろう』と思ってしまう音楽がいくつかありました」
「零、そのこれはどうなんだろうっていうのは例えばどこ?」
「特に最後ですね。結界を破って外に出る時の音楽がアップテンポの軽快な曲でしたが、個人的にはもう少し壮大な感じの曲を付けて欲しかったです。あれではやっと目的を達成したのに軽すぎます」
すごい。
俺は小説を書いてるからかストーリーとか、そういう部分にしか注目してなかったけど、音楽か。そういう見方もできるんだな。
「あたしは別に違和感なかったけど」
「綾はそういう目線で見てなかったからそう思うのでしょう。もう一度見直す機会があったらそういう視点で見ると面白いですよ」
そう言って朋野さんはアイスコーヒーに口をつける。ミルクも砂糖も入れない辺り、さすがだった。
とはいえ、俺も意見を言わせてもらわないと。
「朋野さん。そうは言いますけど、案外難しいことだと思いますよ? 俺は音楽なんて気にしてなかったから違う観点からになりますが、アニメ化や映画化って小説と同じじゃつまらないし、反対に違いすぎると批判されます。つまり、原作の雰囲気を残したままオリジナルのストーリーを創らなければならないわけですから、音楽の付け方も創る側の感性によってどうなるか分かりません。自分のイメージと違ったからと言って簡単に批判できるものではないかと思いますけど」
「それを言ったら全てそうなりますよ。確かにアニメ化、映画化の難しさはあると思いますけど、感性の問題ならストーリー展開やキャラの個性なども当てはまります」
「キャラの良し悪しはそうかもしれませんけど、ストーリー展開は少し違いませんか? ストーリー展開は誰が見たって矛盾しているような作品もありますし、そういったものは感性では説明が付かないでしょう」
「そうかな? 案外付いちゃうものもあるよ?」
綾が牛の尻尾をいじりながら反論。
「少年漫画とかで、理屈もなにも関係なく、想いの強さが勝敗を分ける、なんてことあるじゃん? あれって客観的に見たら随分おかしなことがよく起きてる。でも、人気が落ちない作品だってたくさんある。それは、いくらおかしな展開でも受け入れられるからじゃないかな?」
「いえ、綾。わたしはそんなこと言ってません。少年漫画にしたってそれはある程度の裏付けがなければ成立しないことです。例えば恋愛ものの主人公が突然手から炎を出したらそんな作品はそこで打ち切り決定です」
「そこまで突飛なのは打ち切り決定だろうけど。そうじゃなくて、あたしは燃える展開を望んでる人もいて、そういう人たちにとってはしっかりとした理由がなくても想いの強さみたいなのが勝敗を分けても……」
「ちょっと待てお前ら! どんどん話がずれてる!」
気づくと、感想会のはずが単に自分の意見を言い合っているだけになっている。これはこれで面白いが、一時中断。
「あ、そうですね」
朋野さんが会話を止め、またアイスコーヒーに口をつける。そして、違う話題を提供してきた。
「感性のことを言うなら、少し面白いことをしてみませんか?」
「面白いこと、と言いますと?」
「ちょっとした遊びです。三題話って知ってますか?」
「ああ、はい。落語とかでやるやつですよね」
なにかもう、感想会とは百二十度くらい違う流れになってるが、この際そこは無視しよう。このまま話しに乗った方が面白そうだ。
「そうです。適当に好きな単語などを三つ、お題として出し、それを入れて物語を組み上げるものです」
「それがなにか?」
「やってみませんか? 個々人によってどれほど考え方が異なるのかとてもよく分かると思いますけど」
朋野さんが、どこか楽しげに笑う。
「やってみるって、今ですか?」
「はい」
「あたし、ちょっとやってみたいかも……」
綾も賛成らしい。なら、まあ、いいか。
これは、むしろ感想会なんかよりよっぽど良い経験になるかもしれない。
「じゃあ、俺も、別に構いませんよ」
三人の同意を得て、簡単にルールを決める。
「……じゃ、そんな感じで」
落語でやる三題話は語りなのだろうけど、そんなことは書くことを専門にしている俺たちには不可能だ。三人が一つずつお題を出し、一時間で短編を一つ書き上げることにした。
ちなみに、どういうわけか朋野さんが四百字詰めの原稿用紙を持っていたのでそれを使わせて頂くことにした。ホント、この人ってなにを考えているのか分からないな。映画観に行くのになんで原稿用紙なんて持ってきてるんだよ。
「えっとじゃあ、お題だけど、俺は『桜』で」
「あたしは……『友情』で。零は?」
「『(笑)』で」
「ちょっと待って」
「なにか?」
「別に指定してないからお題は自由だけど、それ、自分の首絞めることになりかねないお題じゃない?」
「いえ、奇抜な方が書きやすいものですよ?」
俺と綾は朋野さんに全力で非難の視線を浴びせるが、暖簾に腕推し。完全に無視して朋野さんはもう書き始めている。
「て、もう始まってるんですか!?」
「あ、言い忘れました。開始で」
本っ当に! 朋野さんって理解できないわ……。
「では、終了です」
朋野さんの声で書く時間は終了となった。
枚数の規定はしていなかったが、これだけ短い時間だと原稿用紙三枚分が限度だ。手書きだし、書くことそのものにかなり時間を取られる。
「ん? 綾?」
「あと一分だけ待って」
どうやら、書き上がらなかったらしい。
そう言えば、綾は半分近くの時間を物語を考えることに使っていた。その後必死にペンを動かしていたようだが、間に合わなかったらしい。
「では、先にわたしと勝史さんで交換して読んでますから、綾はそのまま書いてて下さい」
「うん。ごめん」
俺と朋野さんはお互いの作品を交換し合い、読み始める。