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ブルースターズ  作者: 彩坂初雪
第二章
7/23

スーツの女と三題話(2)

「なに観るんだ?」

 電車での移動時間中、これから観る映画の話をすることにした。

 電車内はなかなかの混雑具合だったが、なんとか三人で座れる場所を確保できた。

「主人公がピアノを弾いたら結界ができて、外の世界に行けなくなる。その中でいろいろ起こる問題に対処しつつ、外に出ようとするっていう……」

「ああ、あれか。小説がアニメ化して、人気が出たから劇場版になったヤツか」

 話題作だった。

 小説で読んだことがあるし、綾も以前、良かったと言っていた。戦闘ものと恋愛もの、さらに音楽や友情も取り混ぜた、幅広いジャンルを一度に楽しめる興味深い作品だった。

「笑える」

 うん。今回はしっかり聞き取れた。

「あの、何がですか?」

 訊くと、朋野さん本人ではなく、綾が答えた。

「零の『笑える』発言は気にしなくて良いよ」

「なんで?」

「ほとんど無意識のうちに口に出てるみたいで、本人もよく分かってないみたいなの」

「そうなんですか?」

 そのまま会話を振ってみると、

「ああ、はい。そうです」

 そうらしい。でも、よりによってなんで『笑える』なんだ……?

「とにかく、今回は小説だと割りと高評価な作品が劇場版になってどうなったか気になったからこの映画にしたの」

「なるほどな。俺もそれは気になる。俺は観てないけどアニメもそこそこだったらしいし、期待できるかな?」

 そこで、会話が途切れる。

 朋野さんはもともとあまり進んで喋るタイプではなさそうだし、俺や綾もよくボケたり突っ込んだりするけど、年がら年中というわけじゃない。喋る必要がない時は黙るし、静かなのも嫌いじゃない。

「…………」

だが、無言というのもそれはそれで辛いものがある。

何か三人で話せる共通の話題はないかと思案していると、ふと、気になる質問が浮かんだ。

「あの、朋野さん」

「はい」

「朋野さんにとって、文芸部ってどんなところですか?」

 質問した瞬間、ぼうっとしていた綾がこっちを向いた。

 綾にとっても気になる問いだったのだろう。

「そうですね……」

 あくまで無表情を保ったままだったが、どこか楽しそうな雰囲気で朋野さんが口を開いた。

「わたしにとって文芸部とは、世界で一番居心地の良い場所です。何故って訊かれても困りますが、とにかくそういう場所です。文芸部に行くために学校へ登校していると言っても過言ではありません」

 やっぱり、か。

 綾も朋野さんも、楽しいとか、居心地が良いとかばかりで、充実しているとか自分のためになっているとか、そういう言葉が出てこない。

 綾は満足のいく回答だったらしく、自慢気に頷いているが、俺は考え込んでしまう。

「やっぱり、あの二人の影響が強いよね」

「ですね。あの先輩方がいるおかげでわたしも行く気になってるわけですし」

「ていうか、花波(かなみ)先輩の影響が一番大きいよ」

「綾。まだ花波さんのこと先輩って呼んでるんですか」

「だって尊敬する人に簡単にさん付けでなんか呼べないし」

 二人の会話に着いて行けず、黙っていると綾がさらっと『尊敬する人』なんて言うから驚いた。

「えっと、その花波先輩って誰?」

「あ、ごめん。勝史は知らないよね。文芸部の副部長で、すごく優しくて頼りになるお姉様。今あたしが一番尊敬してる先輩で、花を使って何かを作るのがすごく上手いの。イラストとか手芸が得意って聞いてるよ」

「綾のように敬意を込めて先輩って呼ぶ人もいますけど、基本的には花波さん本人の要望でさん付けです」

「どうしてですか?」

「部員と交流を深めたいようです。先輩後輩という枠に囚われないで本当の意味で仲良くなりたいらしくて」

「ちなみに、花波先輩のことお姉様って呼んでる人もいるんだよ」

「お姉様?」

「うん。さっきも言ったけど、花波先輩は優しいし頼りになるしで、みんなをまとめるお姉様役としてピッタリだから。それも、花波先輩が言い出したことじゃなくて、周りの人が勝手にそう呼び始めたって話だからすごいよね」

 ふむ。その花波って人がどれほどの人望を集めてるのかは理解できた。お姉様は言いすぎな気がしたが、それだけ慕われてるということだろう。

 でも、それなら、

「部長さんは?」

「部長は、ユウナ先輩だよ」

「笑える」

「人の名前聞いた途端それは酷くないですか!?」

 あ、しまった。朋野さん相手にノリで突っ込んでしま――

「全くですね」

「肯定したよ!」

「いえ、ですから、無意識に出てしまうので」

 ……無意識って逆に性質悪くないか?

「で、えっと? なんだっけ?」

「ユウナ先輩。(ゆう)(なぎ)っていうんだけど、花波先輩がユウナって読んでるからみんなユウナ先輩って呼んでる」

「その人もやっぱりあれか? かなり人望があったりするのか?」

「いや、全然」

「ユウナ先輩は子供ですから。そりゃもう子供ですから。なんで花波さんが部長をやってないのか不思議すぎるほど子供ですから」

「だよね。勝負事が好きだし、辛いもの苦手だし。なんで部長なんだろうね」

 酷い言われようだ。

「えっと、俺が言うのもなんだけど、何か誉められるとことかないのか? 一応先輩なんだろ?」

 二人はちらっとお互いを確認した後、同時に

「「ありません」」

 はもって回答した。

「会ってみれば分かると思いますが、ユウナ先輩は本当に先輩なのかと疑いたくなるくらい子供なんです。話しているとだんだん年下と会話してる気分になりますよ」

「……そうですか」

 朋野さんの説明がどれほど的を射ているのか疑問が残るが、そのユウナって人がどれほど後輩にすらバカにされる人なのかは一応理解できた。

「でもさ。二人ともやけに親しそうだけど、そんなに仲良いの?」

 軽い気持ちで尋ねると、二人はどういうわけか顔を見合わせる。

「ちょっと言いにくいことなんだけど、文芸部って基本的に集まったりする必要がない部活なの。作業は個人的なことばかりだしね。作品提出する時とかに一応集まって編集作業とかするけど、それも自分の作品のことだから個人的な作業が中心になるし」

「なら、どうしてそんなに先輩のことか知ってるんだ?」

「勝手に、部室で騒いでるだけなの。あたしや零、それに先輩二人を中心に、ほぼ毎日来てるのはほんの五、六人。たまに来てくれる人も何人かいるけど、それを入れても十人前後。部員は全部で五十人近くいるから、かなり少ないね」

 暗い表情を見せる綾に代わって朋野さんが「ただ」、と続ける。

「それでも部内の雰囲気としてはかなり明るいと思います。先輩二人が明るい性格のおかげで集まった時も、それぞれのグループではありますが、笑い声が絶えませんし。唯一、花波さんだけはどの部員からも慕われてますけど」

 楽しいというのはこれまでの話で十分理解できた。綾はともかく、無表情だし、笑えるが口癖だし、映画観に行くのにスーツ着てくるし、とにかく何を考えてるのかよく分からない朋野さんが断言しているのだ。

 綾が言うのより説得力がある。

 それに、その先輩二人が慕われてるのも事実だと思える。花波先輩という人が人望を集めているということだけど、後輩にバカにされてるユウナ先輩も、花波先輩と同じくらい人望を集めている気がした。先輩をバカにできるということはそれだけ友達感覚で接することができているということで、尊敬されている花波先輩とは違った意味で文芸部の柱なのだろう。

《え~、この電車はまもなく……》

「あ、そろそろ着くね」

「そうだな」

 俺たちはそろって席を立ち、雑談を交えて目的地へ向かった。


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