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ブルースターズ  作者: 彩坂初雪
第一章
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牛の女とライバル関係(4)

 放課後、家が学校のすぐ近くにある俺は一人の下校となる。綾の家も同じ方向だが、最近は部室に寄ってから帰っているらしく、下校時はバラける。前島は電車通で、電車の時間まで学校に残ってるし、他の仲の良い人達も同様だ。

 牧高校はこの牧町を象徴する学校で、今年で創立百三十周年になる伝統校だ。『強く、激しく、穏やかに』という一見矛盾してるような校訓を掲げている。簡単に言うと、「やる時は全力で、やらないなら頑張ってる人を邪魔するな」ということらしい。

「あれ? この店、閉店したんだ」

 いつも開いていたはずのシャッターが下ろされ、閉店の文字が書かれた紙が目に入る。

 古本屋だった。俺が愛読しているライトノベル系統は置いてなかったから立ち寄ったことはほとんどなかったが、本好きとして、少し淋しいものがある。

 牧高校周辺には暇つぶしになる場所がない。この古本屋のように、閉店してしまった店舗がいくつもあるし、なにより農家が多いせいか、若者が少ないのだ。駅前にコンビニが一軒あるくらいでゲームセンターなんかはまずない。ファーストフード店やカラオケ等も駅を越えて大通りまで行かないとない。

「ま、慣れるとそんなに気にならなくなるけど」

 それよりも、と俺は考えを巡らせる。

 トラウマってやつは、自分じゃどうしようもない。頭で、理屈で、こうだと思っても心がそう感じてくれないのだ。勝手に、怖いとか嫌だとか、感じてしまう。どれほど強くこうありたいと願ってもどうにもならないことがあるように、トラウマってやつも、そう簡単には治ってくれない。

 綾には申し訳ないが、文芸部なんて、入れそうもなかった。入りたくない、ではなくて、入れない、のだ。

「やれやれ」

 空を見上げて立ち止まる。もう日が傾いているが、今日は雲一つない晴天だった。この鬱屈とした心情とは真逆の空だった。

「どうしたものかな……」

 綾も、俺がトラウマを持ってることは知ってるはずだ。けど、今回の文芸部への誘いは何故か異常なほど熱が入っていてちっとやそっとじゃ引いてくれそうにない。

「勝史?」

「うわ!」

 いつの間にか、綾が真後ろにいた。

「お前、部活に顔出すんじゃなかったのか?」

「出してきたよ?」

「それにしては早くないか?」

「そうかもね」

「だろ?」

「うん」

「……」

「なに?」

 なんだこの微妙に噛み合ってるようで噛み合ってない会話は。そして不思議そうに首を傾げる姿がちょっと可愛いじゃないか綾。

「だから、なんでこんなに早いのかって」

「ああ、そういうこと」

「他にどんな意味があるというんだ?」

「ただの感想かと」

「違うから」

「えっと、じゃあ……impression?」

「英語にしなくていいから」

「うーん。言葉?」

「それはそうなんだが」

「分かった! 音の振動」

「いや、うん。もういいです」

 ものすごく無駄な会話だ。そして中身がなさ過ぎる。

「それより、オッケーだってさ」

 バシバシ背中を叩かれる。

「なにが?」

「ほら、映画観に行く話。さっき文芸部に行って誘う予定だった子に聞いてきたの。大丈夫だって」

「ふーん」

 もうなんでもいいや、と思って聞き流す。

 と、あることに思い至って元気にはしゃぎまくっている綾を見る。

「ん? なに?」

「あ、いや、なんでもない」

 そういえば、綾は体があまり丈夫でなかった気がする。

 今は人並みの生活ができているようだが、昔、よく熱を出しては倒れていた。どこが悪いというわけではないのだが、単純に風邪をひきやすいのだ。その上、一度風邪をひいてしまうとなかなか治らない。治ったと思って学校に来てはまたぶり返し、というのを繰り返していた。最近、特に高校入学後はほとんどないようだし、ある程度は快復したんだろう。

「そういや、また新しい作品書き始めてるんだって?」

 思考を切り替え、新たな話題を提供。

「あ、そうなの。文芸部の部誌用のなんだけど、これがなかなか上手く書けなくて……」

「〆切はいつなんだ?」

「だいたい三週間後。まだ時間はあるんだけどね」

 三週間後、か。俺も、合わせて何か書いてみようかな。

「けどさ、うちの高校の文芸部ってすごいよね~」

「なんだ? 突然」

「だって、製本会社に頼んで、しっかり製本してもらうんだよ? 小説家を目指してる人にとっては魅力的以外の何物でもないでしょ?」

「そりゃ、まあな」

 うちの高校の文芸部は部員がそれぞれ短編を持ち寄り、それを合わせて短編集みたいな形で本(部誌)を作るらしい。イラストも同様で、それぞれの作品を合わせて画集にするとか。それも、製本会社に依頼して。

俺とて、小説家を目指す者の端くれ。入部を拒否する身でもかなり魅力的なことだと素直に感じている。

「でも、肝心の作品が……。一応、部活の部誌だからあまり変なのは書けないし」

「変なのって、例えば?」

「大量破壊兵器を生み出した牧高校が日本を滅ぼしたら各国からメカゴ○ラの大群で急襲されてどうしようもなくなったんだけど、その時日本の国民的英雄であるア○パンマンこと、椎歌勝史君が世界征服するという……」

「何を書こうとしてるんだよ!」

「ちなみに大量破壊兵器を作る発端を起こしたのは文芸部ね」

「おい!」

 思わず突っ込むと、綾は「冗談だって」と笑う。

「けど、実際なかなか進まなくて……」

 憔悴した表情を見せる綾だが、気にはならなかった。綾はもともとさらっと文章を書けるタイプではない。熟考して、少しずつ完成させていくタイプなのだ。進みは遅いが、書き上げた時点でかなりのクオリティーになっていて、推敲作業をほとんどしなくて良い。認めたくはないが、描写技術に関しては俺より断然上だった。

「ま、とにかく頑張れよ! 自分の作品が例え他の作品と一緒でも本という形になるんだからさ」

「言われなくても! あたしのデビュー作だから、本気でやらなきゃ!」

 そう言う綾は、本当にきらきら輝いて見える。自分のやりたいこと、したいことを真正面から全力でやる。俺が部長の仕事で参っていた時も、そして今回も。何が彼女をそうさせているのか分からないけど、綾のそういうところは素直に好きだ。たまに度が過ぎてしまうこともあるけれど。

「また明日ね」

 気づくと、俺の家の前まで来ていた。綾と居ると時間が進むのが異様に早く感じる。

「おう。さすがに二日連続であのメール攻撃は止めてくれよ」

「分かった。帰ったらメールするからね!」

「待とうか! 理解したような口ぶりで正反対のことを言うな」

「冗談だよ。今日は何もしないよ。じゃーねー」

 そう言ってぶんぶん手を振りながら、駆け足で遠ざかっていく綾。本人には絶対言わないが、まあ……普通に可愛い。

「……よし! 俺も執筆活動、頑張りますか」

 綾を見送った後、俺は自然と手を握り締めていた。

 なんだかんだ言って、お互いをライバルだとしっかり認めてしまっている。どちらかが何かをし始めると、張り合いたくなるのだ。

「ただいま」

 自分の部屋に入るなり、ノートパソコンを立ち上げてしまう俺であった。


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