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ブルースターズ  作者: 彩坂初雪
第一章
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牛の女とライバル関係(3)

 その日の六限、学級委員長決めが執り行われることになった。

 俺はやる気なく、窓際の席であるのを良いことに外を眺める。

 桜が綺麗だった。

「やれやれ……」

 ふと、文芸部のことが思い出される。

 入部したくない理由の一つ。団体で何かするのが苦手、というのは実は理由があるのだ。

 中学時代、俺は野球部に在籍していた。プレイヤーとしては平均レベルだったが、仲間達と毎日楽しくやっていた。だけど、二年生の夏の大会が終わった後、それは起こった。


 部長決め。


 もちろん、部長なんてなるつもりはなかった。技術的にも、性格的にも、適任だと思われる人は他に居た。なのに、押し付けられた。推薦で、無理矢理。

 最初はチームメイト達のまとめ役として居れば良いのかと思っていたが、なってみると全く違った。用具の片付けや部員の不始末の尻拭い、生徒会へ備品の請求や顧問との緊密な連携など、想像以上の仕事量だった。しかも、チームメイトは誰も手伝ってくれない。手伝って欲しいと頼んでも、『部長の仕事』で一蹴された。何度も泣いたし、自分を部長にした部員達を憎んだ。

 結局、三年生の途中で耐えられなくなって退部した。部長として、最後まで野球部に居たい気もしたが、それ以上に部員への憎しみが心の中で渦巻いていたから。

 それ以来、俺は団体で何かするのが苦手になり、また、自分からもそういう場へは出ないようにした。

 ただ、そんな中である一人の人間に救われていたのも事実だった。


 綾だ。


 彼女は部員でもないのに何度も手伝ってくれていたし、元気付けてくれていた。半年以上部長を続けられたのも彼女の存在が大きかった。

 だからこそ、俺にとって彼女の言葉は聞くに値するもので、軽く突き放せないのだ。言い合いになってもどこかで彼女の言葉を受け入れてしまっている自分が居て……。

 どうしたものかと考える。

 綾とは昔からお互いをライバルだと認識し、切磋琢磨してきた仲だ。もともとそんな関係だった上に、野球部のことがあり、さらにお互いを気にするようになった。

 綾が今回過剰なまでの勧誘をしてくるのは俺をライバルとして強く意識しているからだろう。自分と同じ土俵で戦って欲しいのか、それとも一緒に頑張ろうと決めた以上、できるだけ道を共にしたいのか、具体的なことは分からないが、それでもそういった面が深く関わっているのは事実だろう。

「じゃあ、どうやって決めますか?」

 クラス担任の言葉が耳に入る。

 どうも、立候補者がいなくて決めかねているようだ。

 学級委員長なんて仕事、よっぽど物好きでなければ自分からやろうなんて人間はいないだろうな。

 俺は再び意識を他に飛ばそうと――

「推薦でやれば良いんじゃないですか?」

 ――したが、一瞬で意識をそっちに持っていかれた。

「はい。推薦という意見が出ました。他にはどうですか?」

 鼓動が早くなる。

 推薦。

 それは最も聞きたくない言葉だ。野球部時代のことが心の奥底にへばりつき、頭でどう考えても恐怖を感じてしまうのだ。

 まだ推薦で決められると決定したわけでもないのに、俺は猛烈な焦りと緊張感に襲わる。

 推薦になったところで自分が指名されるわけがない。

 それは分かる。分かるのだが、それでも俺は意識せずにはいられないのだ。

 あの時も、そうだったから。

 自分が指名されるとはこれっぽっちも考えてなかった。なのに、推薦された。そして、めんどくさいことはしたくないという、その他大勢の人間によって、やりたくないという意見が潰された。

「他に意見はありませんか?」

 推薦しか、意見が出ない。



 恐い。



 やめてくれ。



「では、推薦で良いですね?」



 手が、震えた。

 指先が冷えてくる。

 喉が、からからになる。



「はい。それでは、推薦にします。意見のある人?」



 自分で肩を抱き、なんとか震えを押さえ込もうと試みる。

 だが、震えは止まらない。



「誰かいませんか?」



「椎歌?」

 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた。

「おい。椎歌? どうした?」

「……前島?」

 前島が、心配そうに俺を見つめている。

 前島には野球部時代のことは話してない。察することはできないだろう。

「具合でも悪いのか?」

「いや、なんでも……ない」

「なんでもないわけあるか。どう見たって普通じゃないだろ」

 前島の心配をよそに、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 ここは野球部じゃない。俺は前島と他の数人としか知り合ってないし、集団が苦手というのもその人達には言ってある。それに、俺なんかよりもこのクラスを牽引している人がもう何人かいる。絶対俺が指名されることなんてない。

 自分が選ばれることはあり得ないといくつも理由を並べて、なんとか心を落ち着かせる。

「大丈夫。大丈夫だから、気にするな」

「お前……もしかして――」

「前島君。誰か適任の人はいませんか?」

 意見が出ないものだから担任が直接指名してきた。

話していた俺達が目についたらしい。

「あ、えっと……俺、やります」

「前島?」

「椎歌。任せておけ。変に意識するなよ」

「え? おい」

 俺の制止を無視して、前島は堂々と皆の前へと進みでる。

 前島はもともと皆から人気があるから、それでもう決まりだった。

 俺は「ありがとう」と思いながらも、気分が優れないままだった……。


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