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ブルースターズ  作者: 彩坂初雪
第四章
19/23

すれ違い(2)

 その後、俺たちは数軒本屋を回った。

 おそらく県内では一番規模が大きな本屋では量の多さに圧倒された前島が「本に酔った」と気分を悪くしたので少し休み、昔の本を探すのなら天下一品の本屋では変色した本を見た前島が「焼いたのか?」と大真面目に発言してみんなで大笑い。

 楽しい一時を過ごした。


 だが。


「よし、次行こう!」

「ちょっと待て」

「なに?」

「これだけ回れば目当ての本なんて見つかってるだろ? みんな疲れてきてるし、やめないか?」

 本日六軒目に行こうとした綾を俺は呼び止めた。

 いくらなんでもおかしかった。アニメイトに、本屋四軒回って見つからない本なんてそうそうあるはずがない。あったとしても、これ以上は付き合う必要もないだろう。どうしても気になるなら自分一人で探しに行くか、ネットかなにかで調べて欲しいところだ。

「もうちょっとくらいいいじゃん」

「あのな。そういう本探しは一人の時にやれよ。俺や朋野さんはまだ良いけど、前島はそろそろ飽きるだろ」

 そんなことないよね? と綾は前島に問うが、前島は神妙な顔。やはり少し飽きてきたようだ。

「……あと一軒だけ! お願いだから」

 皆の顔色がよくないのを悟ってか、綾は手を合わせて頼んできた。

 なんでそんなに行きたがるんだこいつは。

 けど、あと一軒だけとのことだ。しょうがない。

「分かったよ。あと一軒だけだぞ。朋野さんと、前島も、それでいいか?」

「わたしは別に構いませんが」

「俺も、いいけど」

 綾は、ありがとうと、お礼を言ったかと思うとすたすたと歩き出す。

 俺たちは重い足取りで綾の後を付いていった。


 そして。


「ごめん! やっぱりラストにもう一軒だけ行けないかな?」

 最後の一軒と決めた店舗を出るなり綾がそう言い出した。

「いい加減にしろ!」

 思わず声を荒げる。本気で腹が立ってきた。

「欲しい本なんて実はとっくに見つかってるんじゃないのか?」

「み、見つかってないし」

「嘘つくな。これだけ本屋巡りして見つからないなんて普通あり得ないだろ?」

 横で朋野さんも頷く。

 綾は目を逸らし、黙り込んだ。図星か。

「綾。何考えてんだ? お前は確暴走して人に迷惑かけてしまうこともあるけど、今回のこれは意図的にやってるだろ?」

「…………」

「今度ばかりは長い付き合いの俺でも意味が分からん。理由があるなら言え。ないなら、悪いが帰らせてもらうぞ。時間の無駄だ」

 沈黙。

 綾はそのまま固まった。ちゃんとした理由がないなら即刻謝って欲しいところだ。いつものように、俺だけに迷惑をかけるのならまだ許せる。だが、前島や朋野さんもいるんだ。時間を潰されて、よく思う人はいないだろう。

「だったら」

「ん?」

「だったら、早く入部しなさいよ勝史!」

 数十秒後、ようやく口を開いた綾だが、謝るどころか逆に怒っている。

「あんたが、早く入部しないからこんなことになってるんでしょ!? 野球部がどうのとか、そっちこそいい加減にしてよ!」

 しかも、内容が意味不明な上に頭にくるようなことばかり並べ始める。

 いくら事情を知っている綾でも、正面からこう言われると強い不快感がある。いや、むしろ、事情を知っていると分かっているからこそより苛立ちが大きくなる。

「あたしがどんな風に思ってあんたを入部させようとしてるかなんて全然考えてくれてないでしょ!?」

「なんだ? 逆切れか? そんなこと知るかよ! こっちは最初から断り続けてるのに勝手に勧誘してきて、それが出来なかったらその怒りをぶつけるのか?」

「しょうがないでしょ!」

「なにがだよ!」

 ああもう。マジで訳が分からん。

「綾がどんな思いでやってるかなんて知るかよ。迷惑だって言ってるのに懲りずに入部しろ入部しろってうるさいんだよ」

「うるさいって……あたしは……!」

「だから、お前が勝手に思って、勝手に勧誘してきて、勝手に意味不明なことし出して! 全部綾がやってるだけだろ? 俺のこと考えてるって言うけど、本当に考えてるのか!?」

「おい椎歌」

 前島が止めに入ってくるが、我慢ならなかった。

「だいたい、さっきなんて言った? 野球部時代のことは綾だって知ってるだろ? なんでもないようなことにしてんじゃねえよ!」

 吐き捨てるように言うと、綾は何も返してこなかった。

「もういいだろ? 帰る」

 綾を残して、俺はその場を後にする。

 後ろから前島が追いかけてくる気配があったが、無視した。









「椎歌!」

 牧駅で降りると、前島に肩をぐいっと掴まれた。

「なんだよ?」

「あれは言いすぎだろ? 綾にも悪いとこはあったと思うけど、あんな言い方しなくたって……」

「でも、事実だろ? 入部することへの気持ちが揺らいでいたとは言え、俺の都合を考慮せず、綾が無茶苦茶やってきたってのは」

 電車の中でもう頭は冷えてる。言い過ぎだってことも自覚はある。

だけど、事実でもあるのだ。特に、今回のことは理解不能だ。むしろ少しくらい怒っても良いんじゃないかと思える。

前島は不安そうな口ぶりでだけど、と付け足す。

「そりゃそうだが、あそこまで言ったら顔合わせにくくなるし、最悪このままケンカ別れなんてこと――」


あり得ねえよ(・・・・・・)


 自分でも驚くほど低い、芯の通った声が出た。

「なに?」

「あり得ねえって言ってんの」

「いや、あり得ないことはないだろ。普通、あんな厳しく責められたら――」



「この程度で別れる関係なら、こっちから願い下げだよ」



 否定を許さない口調で、きっぱり言ってやった。

 前島はまだなにか言いたげだったが、俺の様子を見てこれ以上の問答は意味のないものだと悟ったらしい。きびすを返していった。

 俺と綾は何度もぶつかってきた。俺が綾を信頼するきっかけになったのは野球部の時のことだけど、綾はそれよりずっと前から俺を親友として見てくれていた。そのせいか、たまに綾のことが鬱陶しくなって何回も言い合いになったことがある。好意をお節介だとはねつけたこともある。だけど、その都度ちゃんと仲直りできていたし、もとの関係以上に仲良くなれた。

 俺が本当の友達だと思うのは、何回ケンカしても、どれだけ意見が違っても、何故か一緒に居てしまう人間だ。お互いの傷を舐め合ったり、一回ケンカした程度で別れるような関係なんて所詮その程度だ。

 意見が違う? 上等だ。違った方が面白い。ケンカした? 仲直りすれば良いだけだ。人に迷惑をかけた? ダメなことはダメって言えば良い。本当に辛い時は? それこそ友達だ。慰めるさ。相手の方が上手かったら? へこまず、努力して追い越せば良いだけだ。面白いことしてたら? 一緒になって騒げばいい。不安になったら? 助け合えばいいだろう。死にたいって言い出したら? 殴ってでも止めてやる。風邪を引いたら? 元気が出ることしてやれば良い。いじめられてたら? 体張ってでも助けてやる。



 友達なんて、そんなもんだろ?



 今回のことは少しいろんなことが絡み合って複雑になっているけど、綾と俺との関係にひびが入るような事柄では決してない。

 たかがこの程度で、別れるかもなんて思う方が、おかしいんだよ。


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