幕間ノ二
高校一年生の春。
「あたし、小説家になるの、やめる」
「……はぁ? え、なに? 冗談?」
「こんなこと、冗談で言うわけないでしょ!」
「え、あ……ごめん」
「…………」
「……理由、聞いていいか?」
「……体、弱いから」
「は?」
「あたしが、体弱いの知ってるでしょ? いろいろ調べたの。作家ってすごく大変な職業だって作家さん達も言ってるし、それからいろんな文献にも載ってる」
「え、それが理由?」
「悪い?」
「いや、だって体がちょっと弱くてもやっていけないわけじゃ――」
「勝史。体が弱いってどういうことだか分かってる?」
「それは、その……」
「体が弱いっていうのは、ハンデを常に背負うってことなの。作家になる前の段階でも体が弱ければ学校に行ったりするのが精一杯で、小説なんて書けないかもしれない。作家になってからも、体調を気にしなくてはならないから、刊行ペースがすごく遅くなるかもしれない。そうなった場合、医療費は? 食費は? 作家なんて体調がどうこう言ってられる職業じゃないの。本当に――」
「ああ、はいはい。よーく分かりましたよ」
「ちょっ! なにその返事」
「うっせーな。要は、体が弱いのを理由に夢を諦めるってことだろ?」
「だから! そんな――」
「ちょっと黙れ! そして話を聞け!」
「…………」
「そりゃ、体調のことなんて俺にはよく分からない。そのせいでいじめられてたこともあったみたいだけど、結局、俺からすれば他人事だもんな。けどさ、この質問に答えてくれ」
「なに?」
「綾、小説、嫌いになったのか?」
「そんなわけ、ない。小説に関しては今でも、誰にも負けないって思ってる。例えあんたにも」
「そうか。つまり、綾は小説家を目指すのをやめると言ってるのにまだ誰にも負けないなんてこと言うわけか」
「それは……」
「ごめん。今のは意地悪だったな。でも、そういうことだろ? 本当に誰にも負けないって思ってるなら、どんな困難があっても立ち向かえよ。もし全力でやっても負けるようなら、そりゃ諦めるしかないだろうけどさ。自分の気持ちに、嘘をつくなよ」
ご主人様は彼の言葉通り、それ以来全身全霊で創作に打ち込んでいる。
この時、ボクはなんて無責任な、と思った。ご主人様は風邪をひいて長引く度にクラスメイトにズル休みだなんだと言われていた。体が弱いというのは病気で頭痛がするとか、咳が止まらないとか、そういう面に止まらない。普段の生活にも支障が出てくるし、周りからも良く見られない。
それでも、ご主人様が夢を諦めずに頑張っているのは、彼の存在と、小説への気持ちだろう。
今、逆に彼が悩みを持っている。
ご主人様は、どうするんだろう……?
どう声をかけるんだろう……?




