花と遊びの二人組み(5)
翌日。
正直学校へなど行きたくなかった。綾と顔を合わせることになるだろうし、嫌でも文芸部のことを考えなければいけなくなるだろう。
だが、風邪をひいたわけでもないのに休むわけにも行かず。現在登校中である。
桜の季節もそろそろ終わりに近づいてきた。道が花びらで埋め尽くされ、代わりに木々には緑が増えている。
「前島にでも相談してみるか……」
一晩悩んだが、結局答えは出なかった。
朋野さんとの会合で文芸部に入ることに十分な価値を見出してしまい、先輩二人との邂逅でトラウマの問題も揺さぶられている。
誰かに話さなければ耐えられなかった。
「よう!」
噂をすればなんとやら。前島の登場だ。
もうこの際だ。授業開始まで時間もあるし、全部話してしまおう。
「真面目に聞いてくれ前島」
「おう。なんだ?」
野球部でのことや昨日先輩方に会ったことを含め、俺は前島に詳しく話した。
「と、いうわけだ」
「……なるほど」
自分達の教室に着き、お互いの席に腰を下ろす。
数分、前島は沈黙していた。目を瞑り、じっくり考えてくれてるようだった。
やがて、前島は沈黙を破る。
「椎歌。一つだけ、質問していいか?」
「なに?」
「迷っている理由は、そのトラウマのことで良いんだよな?」
「どういうこと?」
「その先輩達の言うこと、そしてその朋野さんとやらと出会って椎歌自身も悩んでいることはよく理解できた。けど、椎歌にとって一番負担になることはなんだ?」
一番、負担になること……?
「おそらく、それは文芸部に入ることそのものだと俺は思う。椎歌以上に小説が好きな人間なんて俺は知らない。だけど、その、小説大好き人間の椎歌がためらうほどのトラウマなんだ。なら、入る必要なんてないと思うぞ。例え誰になんと言われようと、それは簡単に認めるべきじゃない。椎歌自身にとっても、相手にとっても」
前島にそう言われて、少しだけ心が軽くなった。
これまで、入部しないことを肯定してくれる人なんていなかったのだ。なんとなく、自分は間違ってないと受け入れてもらえた気がして、落ち着いた。
そして、落ち着いたからこそ、こんな言葉が口から出た。
「けど、魅力的なのは確かなんだよ。俺だって綾とは出来れば対等な関係で居たいし、何より第三者に評価してもらえる場ができるのは作家を目指す身としてはすごく良いことなんだ。しかも、その第三者が賞を取ったことがある人ならなおさら」
「なんだ? 結局入りたいってことか?」
「だから、初めからそう言ってるだろ。朋野さんと会ってしまった時点で、俺の心的な理由以外で断る理由なんてなくなって――」
「ねえねえそこのお二人さん!」
「うわっとぉ!」
と、このタイミングでまさかの綾登場。俺も前島も驚いたが、綾に今までの話を聞いていた様子はない。ほっと胸を撫で下ろす。
ちなみに今日も綾と牛を繋ぐリボンの色は赤だ。
「今度の土曜日、みんなでショッピングに行かない?」
またこいつは。
「なんだ? 今度は俺も行っていいのか?」
「うん。人数多い方が楽しそうだし」
微妙に乗ってる前島にため息をついていると、綾が目を丸くして俺の方を見ているのに気づく。胸ポケットの辺りを凝視しているみたいだが。胸ポケット……ああ。
「これ?」
俺が花波さんにしてもらった刺繍を指差すと、綾はどういうわけか神妙な顔で黙り込む。
「綾?」
綾の様子がなにやらおかしいので、前島とアイコンタクト。
「てやっ!」
ぺちっとデコピンしてみる。
「い、痛い……なに?」
「なにっていうか、ショッピングの話はどこにいった?」
「あ、そうだった! 零も一緒だし、勝史も強制参加ね」
強制、か。今更突っ込む気にもならない。
「はいはい。で、ショッピングって言ってもいろいろあるだろ? 行き先とか決めてあるのか?」
「それはもちろん。本屋と古本屋と文房具屋と古本屋と本屋。あとアニメイト?」
うん。なんとなく分かってたけどね。このメンバーでショッピングなんて本屋巡りくらいしかないだろう。朋野さんもいるし、別にいいか。あの人とはもう一度、意見を交わしてみたいし。
「あにめいと?」
前島が首を傾げている。
「ああ、アニメのグッズとかを専門で取り扱ってる店のことだよ。本とかもちゃんとあるぞ」
「グッズっていうと、フィギュアとか?」
「あとポスターとか、キーホルダーとか、いろいろ。初めての場合はちょっと驚くかもな」
「驚くっていうか、アニメ好きでない場合は引くかもよ」
俺と綾はそろって苦笑い。
受け入れられつつあるとはいえ、まだ『キモイ』という認識が残っているのは事実だ。美少女好きの男子やBL好きの女子など、その中に身を置く俺ら自身がしょうがないかな、と思ってるくらいだし。
ただ、俺や綾なんかはそうだが、本気でその道に進もうとしてる人間にとっては少し悲しいことでもある。純文学などに比べれば確かにまだ歴史も浅いし、不健全だと言われてもしょうがない作品も多い。だけど、取り扱ってるテーマや作者がその作品を通して伝えたいことを注視してみると、一般に受け入れられてる作品に劣っているとは思えない。それどころか小説、漫画、アニメ、映画など媒体が多く存在するため、より鮮明に物語を伝えることができるのだ。
それをただ不健全だとか、気持ち悪いという言葉で一蹴されてしまうのは、とても悲しいことだ。
「いんや。椎歌や綾が真剣に取り組んでるものだ。引いたりなどしないさ。むしろ今まで接する機会がなかったからな。楽しみにさせてもらうよ」
俺と綾は顔を見合わせ、また苦笑い。
前島はアニメや漫画、小説――ラノベ――が好きなわけじゃない。どんなものなのかの知識もあまりないだろう。だから、行ってみたらやはり合わない、ということは十分あり得る。
「そうか。じゃあ、みっちり解説させてもらうぞ」
「そうだね。覚悟しておいて」
けど、楽しみにしてくれるなら、ありがたい。しっかり説明させてもらおう。
綾なんかはやる気が漲ってるのか頬が上気している。
「それじゃ、詳しいことはあとでメールするから」
そう言って、綾は自分の教室へ帰っていった。
「……良かったのか?」
綾の姿が消えるのを待ってから、前島が話しかけてきた。
文芸部のことを気にかけているのだろう。
「あのノリの綾をつっぱねるのは骨が折れるし、今回は二、三軒本屋を回るだけだ。朋野さんとも一度会ってるし、警戒する必要はないと思う」
「そうか。椎歌がそう言うなら俺は構わないが。アニメイトとやらにも行けるし、その朋野さんとやらにも会える。気軽につき合わせてもらうさ」
笑う前島に、なんとなく気になったことを尋ねる。
「前島って綾といつ親しくなったんだっけ? 綾が名字を嫌ってるのは結構知られてるけど、気軽に名前で呼ぶようなやつも案外少ないんだけど?」
「今更言うかそれを。年がら年中綾は椎歌と一緒にいるじゃん。椎歌とつるんでりゃ自然と親しくなるだろ?」
「そんな年がら年中綾と一緒にいるっけ?」
「いるよ。会ってる頻度としては同じクラスの俺にも劣らないくらいじゃないか?」
「そうかな……?」
この時俺と前島は気軽に適当な話をしていたが、綾の誘いがいつもと違う意味合いを持っていたことに気付いていなかった。




