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ブルースターズ  作者: 彩坂初雪
第三章
12/23

花と遊びの二人組み

 終業のチャイムの音が鳴り響く中、これからどうしたものかと考える。

 今日は短縮授業でいつもより早く授業が終わった。家に帰って勉強しても良いのだが、せっかく早く終わったのだから、なにかしたいという気もする。

「椎歌。お前これからどうする?」

 前島も同じことを考えていたらしい。

「予定はないが、なにかしたいような感じだな」

「そうか。俺はとりあえず帰って遊ぼうかと思うのだが」

「電車は?」

「いつもより一本速いのに乗れるからそれで帰る。お前は?」

「そうだな……学校出てから考えるよ。次の電車すぐだろ? 一緒に帰ろうぜ」

「おう」

 学校を出てみると、雨が降っていた。それほど強くはないが、しとしとと絶えることなく降っており、なかなか止みそうになかった。俺も前島も、折り畳み傘をいつも携帯しているから困りはしないが。

 駅へ向かう道すがら、特に話すこともないので黙って歩いてると、

「で、どうなった?」

 前島が嫌な話題を振ってきた。

「なにが?」

 察してはいるが、正直進んで話そうと思えない。

「文芸部だよ」

「だろうな」

「分かってるなら訊くなよ」

 前島に軽い突っ込みを受けても、反応できない。

 あれから、綾は必要以上に入部しろと言わなくなった。

 俺の過去、トラウマを知っているが故に気を遣っているのか、それとも……。


『あたしが居ても恐いの?』

 

 あの言葉に咄嗟に反応できない俺を見て、何を思ったんだろう。

 ずっと一緒に過ごしてきて、どんな時もピンチになると駆けつけてくれた。俺にとって綾は居てくれなくてはならない存在だ。感謝の気持ちは常に持っている。だけど、それでも、恐い、のだ。

 綾には本当に申し訳ないと思ってる。大丈夫だって、即答できたらどれほど楽か……。

「悪い。今はちょっとその話はなしで」

 前島は「そうか」とだけ言って深く訊いてこなかった。こういう気遣いができるところ、やはり前島だった。

 二人で何を言うわけでもなく歩いてると駅が見えてきた。牧高校から駅まではほんの十分くらいで着く。

 傘に当たる雨の音がやたらうるさく聞こえた。

「それで、これからお前はどうするんだ?」

「大通りの本屋にでも行ってみるよ。そろそろ欲しい新刊が出てる頃だしな」

「本屋か。椎歌はいつでも本だな」

 苦笑いで返されるが、そこにはバカにした様子はない。それよりも、尊敬の念が感じられて俺はちょっとだけ誇らしい気分になる。

「前島。明日にでも、しっかり話すよ」

「了解。相談ならいつでも聞くからな」

 前島はいつだったかと同じようにニカッと爽やかに笑うと駅の構内へ去っていった。

 本屋までの道のりは長い。まず、大通りに行くためには歩道橋を渡り、十数分歩かなければならない。そして大通りに出てから本屋まではさらに二十分ほどかかる。時間がある時でなければ行こうとは思えない位置だ。

「……どうしたものか」

 俺が文芸部に入らないと拒否していた理由の一つが消えた。

 だけど、二つ目の理由は、消えそうにもない。

「とにかく、そろそろ欲しかった新刊が出てるはずだし今は考えないでおこう」

 自分に言い聞かせるように呟き、俺は歩を進めた。

 歩くこと三十分。どんどん雨が強くなってきて学生服が濡れたが、気にするほどでもない。バサッと折り畳み傘を閉じ、店内へ。夕方の混みそうな時間帯だったが、平日であるからかそれほど人影は多くない。

「えっと、確か新刊は……」

 新刊コーナーに向かい、ざっと物色する。欲しかった新刊を確保。それからお決まりのライトノベル系が置いてある棚へ。

 うん。毎回のことだが、来てしまうと何か買いたくなる。

 そこで立ち読みしつつ、どれを買おうか迷うこと数十分。

「もしかして、椎歌勝史君かしら?」

「は?」

 突然名前を呼ばれて声がした方を向く。

「やっぱり。綾ちゃんが話していた通りだわ」

 牧高校の制服を着た女子が二人。落ち着いた空気を醸し出しているこちらの女性はおそらく三年生だろう。見覚えがないし、どことなくお姉様っぽい。

「ほら。ユウナの言った通りだったでしょ!」

 そして、その傍らにいるこっちの女子は……すごくお子様っぽい。背がかなり低く、童顔で、体の発育も進んでいないようだ。

 て、ん? ちょっと待て。

 綾ちゃん? ユウナ? お姉様っぽい? 子供?

 これは……ひょっとすると。

「あの」

「なにかしら?」

「もしかしてもしかすると、花波先輩と、ユウナ先輩、だったりします?」

 嫌な予感をひしひしと感じながら訊いてみると、小さい子供……もといユウナ先輩が、自慢げに自己紹介を始めた。

「その通り! 文芸部部長のユウナとは――」

 そこまで言ったところで花波先輩がユウナ先輩の口をがっしり抑えた。

「ユウナ。ここは本屋なんだから、そんな大声出したらいけませんわ」

「……はい。花波お姉様」

 肩を落とすユウナ先輩。

 あれ? 二人って同い年だよな? なんでお姉様?

「勝史君。私は千桜花波(ちざくらかなみ)。文芸部の副部長で、手芸部の部長。先輩でも良いけど、できればさん付けで呼んでくれると嬉しいわ」

 あ、そういえばそうだった。なんとなく先輩って呼んでいたけど朋野さんにも言われていたな。

「分かりました」

 花波先ぱ……じゃなくて、花波さんは聞いていた通り、優しくて頼りになるお姉様、という表現がぴったりだった。腰まで伸ばしたロングヘアーに均整のとれた顔。上品な言葉遣いに、なにより雰囲気がとても柔らかい。

 それに対して、

「そして、こっちの背が低いけど一応三年生の子が、文芸部部長の遊凪。ユウナって呼んであげると喜ぶわよ」

 花波さんの紹介を受けて慌ててぺこりと頭を下げるユウナ先輩。百五十センチあるかないかくらいの背の高さに、ハート型の装飾が付いた髪留めで結ったツインテール。その姿は子供っぽいとしか形容しようがないもので、朋野さんの説明に納得がいってしまう。

「それで、なにか用ですか? 綾から俺のこと聞いてるみたいですけど」

 この二人には会いたくなかった。

 それが素直な感想だった。綾との間に亀裂が生まれている今、この二人に会ってしまったらなにかがもっと変わってしまう気がして……。

「ううん。たまたまこの間綾ちゃんに写真見せてもらって、もしどこかで見つけたら声かけてやってって言われてたから。深い意味はないわ」

 それを聞いて一安心。ならば、あいさつだけして帰っても問題はないだろう。

「えっと、それじゃ――」

「ねえマサーミ!」

「へ?」

 なにやら変な名前を付けられたようだ。

「マサーミ! ちょっと遊ばない?」

「いやいや、遊ぶもなにもここは本屋ですよ? 何をするんですか? あとその呼び方やめてもらえませんか?」

「ユウナ、強いんだよ! あっちにベンチがあるからそこでトランプでもやろう。えーっと……フーミン!」

「勝手に種目が決まった! そしてムー○ンみたいな名前はもっとやめて下さい!」

 ホントに三年生かこの人。精神年齢いくつだよ。

 ま、ユウナ先輩には悪いが、ここは失礼させてもらわないと。

「あの、俺これからちょっと予定が入ってるので今日は――」

「勝史君、ちょっとだけ付き合ってあげて。ユウナそういうの大好きだから。……じゃあ負けた方は勝った方に綾ちゃんの牛をあげるってルールはどうかしら?」

「嫌ですよ! 同情してるようなふりして面白い方向に話を膨らませないで下さい!」

 以前、綾の牛を面白半分で取り上げた人物が比喩ではなく、立ち上がれなくなるまでボコボコにされたのは有名な話だ。

「そうよね。綾ちゃんの牛には手を出したくないものね。なら、こういうのはどう? 負けた方が文芸部の副々部長に就任」

「俺、入部してるじゃないですかそれ! しかもその役職、絶対今作りましたよね!」

 激しく突っ込むと、くすくすと、花波さんは悪戯っぽく……そう。本当に悪戯っぽく笑った。

「嘘よ。でも、ユウナと遊んであげてくれると嬉しいのは……て、勝史君?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 見とれてしまった。大人っぽい花波さんが、あんな幼い表情で笑うものだから……。

 そこに違和感はなくて。悪戯っぽく、という言葉がとても合っていて。

 たぶん花波さん自身は意識してないだろうけど、落ち着いた第一印象とのギャップがよりその魅力を引き出していた。

「よし! じゃあやろうマサーミ!」

「やめて下さいって言ってるでしょう!」

「じゃあフーミン!」

「……マサーミでいいです」

 にっこにこ笑うユウナ先輩。

 人の意見を軽く無視し、我が道を行くユウナ先輩と、思ったより幼い表情を見せた花波さん。

 不覚にも、このペアにはかなわないなと、思ってしまった。


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