男共には判るまい!この世に生まれた女の子はみんなお姫様なんだからね?だからと言ってお前らは王子様じゃないけどな!
5年生に進級したばかりの麗しき花の姫、西園寺呉夢は、
長い髪にハートの編み込みを入れ、パフスリーブのピンク色のワンピースを着て教室に入ってきた。
すぐに彼女の召し使い兼ボディーガードの木田可里朱が出迎え、周りに生息する目障りな男子達を追い払う。
「西園寺さん、お早うございます。」と髪をショートカットにしたスポーティー女子可里朱は言い、
呉夢は、「お早う」と軽く答え、うっとりするような薔薇の薫りを背後に漂わせて、召し使いの前を通り過ぎていった。
学年で一番背の高い可里朱は、畏れ多くも進級早々、本学園のお嬢西園寺 呉夢に声をかけ、最初の友達にしてほしいと名乗り出たことで、一番乗りにこの綺麗な少女の家来にしてもらったのだった。
……5年には職業体験や地域ボランティア、そして林間学校などの大きなイベントがある。班決めの時、私は全部この西園寺さんと一緒の班になるつもりだ。こんなに可愛くて美しい女の子と同じクラスになれるだなんて……。今年の私はついているわ……。
可里朱はそう考えると、そそくさと可憐なお嬢様の背中を追った。
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2限目を終えた時点で西園寺 呉夢は、クラスの男子達がぞろぞろと別な教室へ移動し始めるのを見て、
木田可里朱に「今日は何かあったかしら?」と尋ねた。
「あ、西園寺さん、3限目は身体測定ですよ。男子が先に体育館に行ってからまた戻ってきます。そうしたら後から女子が行くのです。まあ、男子の予定などどうでも良いことですから、西園寺さんは気にしなくてもいいですよ。後で一緒に行きましょう。」と可里朱が答える。
「でも私、また身長が伸びたみたいでして……。西園寺さん、どう思います?女子があんまり高過ぎるのも…困りますよね…」
「まあ、そうね。可里朱ちゃんは男子より高いからね。私も初めて貴女と会った時、男子が話しかけてきたのかと思って、思わず叫ぶところだったわ。痴漢か何かかと思った。」と、フランス人形のような少女、呉夢が言った。
「申し訳ございません…」と可里朱が心持ち背中を丸めながら言う。
「貴女、髪を伸ばしなさいよ。その姿だと女子用施設に入る時、通報されかねないわよ。」
「はい。確かに小さい頃から私は何度か止められて、裏の事務所に連れていかれたことがあります。」とボーイッシュなスタイルの前髪に3本のヘアピンを留めて、おでこを出している可里朱が答える。
「一度なんか本当に疑われて、主任らしき人から『女の子である証拠を見せろ』とか言われまして。本当に困りました。」
「……………で、見せたの?」
「あ、はい。あんまりしつこいので。ミーナンバーカードを見せました。」
「…そんなに簡単に見せちゃっていいの?」
「大事なところは隠してありますから。」
「………」
「あ、ところで可里朱?」「はい」「ミーナンバーと言えば、未衣那ちゃん、今年一杯で卒業するらしいわね。」
長年ミーナンバーカードの普及に貢献してきた『ハッキングアイドル 曖!昧!未衣那!』の『個人情報保護チャンネル』は、彼女達世代の女児にとっては女の子のバイブルだった。
未衣那ちゃんは、年頃の女の子達に自分のことを大切にするよう繰り返し説き、男は敵であることを骨の髄まで叩き込んだ。
「不用意にミニスカートを履いてはダメよ?男を刺激するから。いくらペチパンツを履いていてもダメ!男にとって、あれはパンツが見えてるのと同じだから。」
「あと、ポニーテールもダメ!うなじが男子を興奮させてしまうわ!」
「異世界チート牛には話しかけてもいけないの!彼らは挨拶されただけで、貴女を好きになってしまうからね!」
数々の名言は、少女達の心に深く刻まれていた。
『自称みいなちゃん』と呼ばれるフォロワーを大量に生み出し、ミーナンバーカードの普及を目標に到達させた未衣那ちゃんも、
貪欲な男性達により同人誌上で乱獲され、少女達の知らぬ間にその役目をひっそりと終わらせようとしていたのだった。
「次のイメージキャラクター、誰に投票した?」と呉夢が言う。
TV上で大々的に宣伝され、全国の女児に呼び掛けられた、次のミーナンバーカードのキャラクターは、
『チョッキン戦士こっくりん♪』と呼ばれる3人組の少女達だった。過激なフェミニストという設定の彼女らは、それぞれがハサミ、カッターナイフ、包丁を持ち、世の男性達が夜道や電車内などで迷惑行為をする度に、
『さよならチョッキン!』と彼らをきっちん♡と鎮圧するらしい。
「ハサミの子にしようかと思ったんですけどね。カニさんツインテールが可愛いですし。」と可里朱が言う。
「でも結局私としては、どの子も微妙でした。やっぱり未衣那ちゃんが一番です。」
「……なるほど。」と呉夢が呟いた。「あなたのそのショートヘアは未衣那ちゃんをリスペクトしているのね。確かに。言われてみればあなた、未衣那ちゃんに似てるわ。て言うかそっくりよ。」
そう言われて可里朱が、パァ……と嬉しそうな顔をした瞬間、
「おい、木田!」とまだ教室に残っていた男子が大声で呼び掛けてくる。
可里朱が無視をすると、その男子は近くに寄ってきて、
「おい、男おんな!お前も俺達と一緒にちん長測ってもらえよ!」と言ってゲラゲラと笑った。
呉夢が嫌悪感に顔を歪めるのを見て、腹心、木田可里朱は素早くその男子の首を押さえ込み、「今ここで測ってやろうか??」と恐ろしい声で凄んでみせる。「チビに人権はないぞ!!」「ま、待て!ゲホゲホ……俺は小5の平均身長より高い!チビじゃゃない!」「黙れホ人!!小数点以下は切り捨てだ!お前の道祖神など、この場で首を切り落としてやる!」
ひ~~~……と男子は廊下に逃げていき、
微かに青ざめた西園寺 呉夢が「か、可里朱…ちゃん……あなた、そ、その……なんと言うか……凄いわね。男子と普通に口をきけて……」と震える声で言った。
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キンコ~ン、カンコ~ン
キンコ~ン、カンコ~ン
木田可里朱はその日の学校の帰り道、クヌギの木が生い茂る雑木林の辺りで、
ふと足を止めて、砂利道に散乱した紙袋を眺めていた。
破れたビニール袋や丸まったレシートを見つめ、やがて彼女の目線は低い叢に差し込まれた本に移る。
何となく見たことのある色彩に、可里朱はフラフラと引き寄せられるように、そこへ近付いていった。
あ……
これ、未衣那ちゃんの漫画だ……。
可里朱は少し迷ってから、指の先でその本の隅をそっと摘まみ、
叢から引き出してみた。
やっぱり未衣那ちゃんだ。可愛いな……。
お馴染みのショートカットに3本色違いのヘアピン。ウサギを模した白い衣装のミドル丈のフレアスカート風キュロットにカモミール型のポシェット。袖はラッパ型に開いていて、脚にはストライプのハイソックス。そして赤いおでこローファー。そして、んんん?……ん?ん?んん???
『破ッキング☆暴ッキング☆死ッキング――みぃなのイケない王様ゲーム』
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!??
バサッ!と本を落とした可里朱は、足元で丁度開いたページの、
『女の子は隠しちゃダメよ!!隠すと見たがるのが男の性!男はチラリズムに一番燃えるから、逆に全部見せないとダメ!』という吹き出しを読み、
『お腹ポンポン・弓なりブリィッジ、フルスロットル~!!いっくよ~~!限界500ミリリットル・アクアトルネードをペットボトルに暖気運転☆アイドリング・イィーィン!!』している少女の絵を見て、
死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
と心の中で絶叫した。
そして、……お、お、男共!!ひ、1人残らず切り落としてやる!!と目を血走らせて走り出す。
無我夢中で、どこまで走っただろう。
夕方を過ぎ、辺りが暗くなってきたところで、可里朱はゼェゼェと息を吐き、ドブ川に架かる橋の欄干に手を付いて、道路に向かって俯いていた。
気付けば、彼女はまだ先ほど拾った本を握り締めており、無意識に持ってきてしまっていたようだった。
可里朱は「ひっ??」と声を上げ、それをドブの中に投げ捨て……ようとする。
ぶくぶくと沈んでいく漫画本を想像しながら、彼女の胸の奥に、ふと、……ほんの小さな疑念のようなものが芽生えた。
それは小さなさざ波のようになって、胸の下からお腹の辺りを揺らぎ、静かに……だが確実に、心の底の触れてはいけない空洞にしっかりと根を下ろして、毛細血管のように臍の裏辺りに張り付いてしまった。
可里朱にはそれが何なのか、はっきりとは分からなかった。
……ただ、全てが汚ない、と思った。
その時、本物の未衣那ちゃんの言葉が甦る。
『女の子である貴女はね?貴女自身が思っている以上に、と~っても綺麗で可愛い生き物なの!女の子はみんなお姫様なのよ?男はね、そんな女の子の弱みや恥ずかしいことを探して、そこにつけこんでくるわ!貴女が見せた弱みは、全人類の女子の弱みと取られる。男は1人の女の子を見て、すぐ一般化するからね!だから決して弱みを見せちゃダメ!悲しい時に寄り添ってくる男は、全員こっちが弱ったところを狙ってくる肉食獣よ!キスもさせちゃダメ!それと、高校生以下に恋愛感情を抱いてくる3歳以上年の離れた男は全員犯罪者だと思っておいてね。あとね、男には女の知性の半分もないわ。なくなったティッシュひとつ代えられないし、お手洗いのタオルの色も覚えられない。ただ話を聞いてほしいだけなのに、とやかく指示を出してくるのよ、ったく。あと立ってするから、そこらじゅうを汚すのもサイアクよね。あ!あと気を付けて!女の子は音を消さないとダメよ!終わった後はスプレーでしゅうしゅうするのがマナーだし、可能なら女子は、そもそもそういうこと自体しないという風に男子には思わせておいてね?想像させてはダメ。興味を持たせてしまうと、奴らは必ず隠れて見にくるから。
あ、そうそう!大事なこと言い忘れていたわ。決してインナーはお外に干しちゃダメ!干すくらいなら、きちんと正規のルートで売った方がマシよ!
………さて。今日は色々とお話しし過ぎちゃったかしらね?私はいつでもみんなの味方よ!来週は女の子の日特番です!電話相談も受け付けますので色々なお悩みを遠慮なく話してね!!』
……疲れた……。
と、可里朱は思った。
教科書の間にそっとしまわれた漫画本は、それ自体が生きているように、背中のベージュ色の鞄の中で脈打っているようだった。
***************
それから何周目かの夜を越え、
木田可里朱は、運動会の全校練習の日、
全ての生徒が校庭で入場行進の練習をしているなか、教室に紅白帽を取りに戻っていた。
誰もいない校舎に入り、階段を一段飛びに登っていく。
いつもはざわめきに満ちた廊下が、今は耳が痛くなるような沈黙に包まれている。
可里朱は遅れないように急ぎ足で廊下を突っ切り、3組の教室に入ると、すぐに自分の机に置き放しになっていた体育帽を見つけ、素早く手の中に握り潰すように掴んだ。
各生徒の机の上に畳まれた洋服の山を見渡し、ふと、可里朱体操服とブルマを着た自分の体を見下ろした。
いつもクラスメイト達が授業を受けている教室内の、牛乳と紙が混ざったような匂いを嗅ぎ、彼女は急にお臍の下辺りからゾワゾワと何かが這い昇ってくるような気配を感じた。
それは高い所に立った時に感じる足のすくみにも似ていて、胸の中に一気に不安な気持ちが広がっていく。
怖くなるくらいに体操服の下で心臓がバクバクと脈打ち、それに合わせて布が前後するのがはっきりとわかった。
あれ?あれ?
木田可里朱は無表情のまま、はあはあ……と呼吸数を上げ、急激に、あの漫画本のことが頭の中をぐるぐると回り出した。
おかしい!おかしいよ!私、どうしちゃったの……??
可里朱は苛々とした様子で、バンバン!と手のひらで自分の胸を叩き、
何とか気を落ち着かせようとした。
…………。
決断は早かった。
背の高いボーイッシュな女子、木田可里朱は、逆再生の夢の中のように体操服を着替え始め、全くの途中で着替えをやめると、白いハイソックスと上履きを履いた細い脚を見下ろしていた。
3階の窓の向こうから、笛の合図と号令、ざっざっざっ……と校庭を行進する音が遠くに聞こえる。
教室に転がる色褪せたオレンジ色のドッジボールの表面に、ぶつぶつの細かいイボが浮き立っているのを手で撫で上げ、
可里朱は、ボールに空いた丸い空気穴を指先で弄っていた。
そして、細胞分裂したカエルの卵のように走るボールの溝を一生懸命に指の腹で擦り、ゴムの匂いを嗅ぎながら、間に挟まった乾いた土をポロボロと教室の床に落とす。
とうとう床にお尻をついて座ってしまった可里朱は、若干空気の抜けたドッジボールが、シューと音を立てて凹むのを、顎を鎖骨と鎖骨の間につけてじっと見ていた。
そのまま少女は仰向けになると、固い床に後頭部を押し付けて寝転がった。そしてお腹の辺りで天井に向けて掲げていたボールを見つめながら、……徐々に、ボールを胸、首、顔の目の前にまで真っ直ぐに持ち上げながら近付けていく。
もうこれ以上は無理、というところでピタリと静止すると、その苦しい姿勢のまま、
一気に垂直に落下する何かが喉の奥に向かって一直線にぶつかってきて、気管に入った自分の唾に、ゴホゴホゴホ……と可里朱は噎せていた。体温に近い感情の波紋が胸の上に広がっていき、背中と床の間に流れていく。
ドッジボールがポーン、ポンポン………と床を跳ね遠くへ転がっていった。
力無く横たわる可里朱の身体は、仰向けになったカエルのようで、
はあはあ……とまだ激しい呼吸のせいでお腹が上下していた。
ガラッ!
突如、教室の後ろの扉が開き、水筒を取りに戻ってきた男子が1人駆け込んでくる。
幸い黒板側にいた可里朱は、咄嗟に教卓の下に、転がるようにして隠れ、自分の肩を抱くよう縮こまった。
男子は、何となく感じた人の気配に首を傾げながら、自分の机に入れてあった水筒のところへ歩いていく。
そして立ち止まると、水びたしになった教室の前の方を床を見つめた。
よく見ると教卓に置かれていた細い花瓶がひっくり返っており、その対角線上の角にドッジボールが転がっている。
「誰かいるのか?」と男子が声を出す。
可里朱は、教卓の下でぶるぶると震えながら、…自分が誰もいない教室でドッジボールで遊び、先生の花瓶を倒してしまったことがバレないか、
大きな身体をギュッと畳んで息を止めていた。
近付いてくる上履きの音に合わせて、後悔と嫌悪の念がふつふつと胸に沸き上がってくるのを感じる。
……こんなのは私じゃない。……こんなのは私じゃない。……こんなのは私じゃない。
誰か別な人間だ………。そいつは汚れたドッジボールで遊ぶ不潔で、汚なくて、臭くて、気持ちの悪い人間だ………。これは私じゃない。誰か他の人間だ……。そいつが悪い……、そいつこそが皆から蔑まれ、笑われる存在になればいいんだ………。
上履きの音がキュッと止まり、コト……と教卓に花瓶が置かれる音がした。
次に水筒の蓋を跳ね上げる音がして、んぐ…んぐ…んぐ…と水を飲む音がする。
可里朱は、目をギュッと閉じたが、
……その後足音はどんどん遠ざかっていき、ガラガラピシャン!と扉が閉じると、再び教室はしん…と静まり返った。
やがて可里朱は醜いものでも隠すように、身体の前で腕をクロスしながら外へ出てきて、のろのろとした動作で体操服に着替え直していった。
本来は屋外で大人数で遊ぶはずのドッジボールを、教室内で1人で遊んだことに対する罪悪感が、彼女の表情を暗くさせる。
あ………しかも私が教室に紅白帽を取りに戻ったことがバレれば……先生の花瓶を倒したのが私だと疑われる……。
まずい。それはまずい。
「三上!私、見たわよ!!」
と、鋭い声で木田可里朱が言った。全体練習が終わり、生徒達は今は教室に戻ってきている。「あんた、水筒を取りに教室に入って、先生の花瓶倒したでしょ!!」
「え?!違う!俺じゃない!俺が入った時は元々倒れてたんだ!」
「嘘をつけ!」
可里朱の背中に立っていた西園寺 呉夢が、「どうでもいいけど…、そのこぼれた花瓶の水、凄く臭いんだけど……。それ腐ってたんじゃないの?うぅっ、く、くっ…さ……こんなに臭いのってある?これ、教室に臭いが染み付いたりしない?」と、真っ直ぐな鼻を桃色の指で摘まんで可愛らしい鼻声で言った。教室にいる誰もが、この臭いから連想するものについて考えていたが、あえてそれを口に出す者はいなかった。
嫌な顔をして鼻を摘まむ多くのクラスメイト達の姿を見て、木田可里朱は、足元から股関節、お腹、胸から頭のてっぺんまで、ブルブルブルッ……と電気が走るような気がして、思わずその場で花瓶の水を再びぶち撒けたくなる衝動をぐっと抑えたのだった。
もうこれぐらいにしときますか?
そろそろ連載作品に戻った方がいいですか?
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