第6話:個別指導の誘い
放課後。夕焼けに染まる廊下で、アルトは絶体絶命の危機に瀕していた。 目の前には、学園の最高権威の一人であるカサンドラ先生が、壁に手を突き、逃げ場を塞ぐように立っている。
「……ねえ、アルト君。さっきの実技、とっても興味深かったわ。あなたのあの『お絵描き』……もう少し近くで、詳しく見せてくれないかしら?」
カサンドラが身を乗り出すたびに、甘い香りと共に圧倒的な「大人の圧力」がアルトを襲う。
「ひゃいっ、あ、あの、先生……近いです。僕、ただの書き間違いで、本当に大したことしてなくて……っ」 「ふふ、いいのよ。あなたの『間違い』がどれほど素晴らしいか、私の研究室で、二人きりでじっくり話し合いましょう?」
その瞬間。 廊下の角から、凄まじい殺気と共に二つの影が飛び出してきた。
「待ったぁーーーっ!!!」 「お待ちなさい、カサンドラ先生!!!」
リナとエレオノーラが、示し合わせたかのように同時にアルトの前に立ちはだかり、カサンドラを指差す。
「あら、賑やかなお嬢さんたちね。……何か用かしら?」 カサンドラは余裕の笑みを崩さず、扇子で口元を隠す。
「用があるのはこっちです! アルトくんは、放課後私と一緒に宿題をする約束なんです!」 「左様ですわ! 風紀委員長として、特別講師が男子生徒を密室に呼び出すなど、教育的配慮に欠ける行為は見過ごせませんわ!」
リナがアルトの右腕を、エレオノーラが左腕をがっしりと掴み、カサンドラから引き剥がそうとする。
「あらあら。私は純粋に、彼の稀稀なる才能を伸ばしてあげようと思っているだけよ。……それとも何か、あなたたちは先生の私が、彼に『不適切なこと』でもすると思っているのかしら?」 「「(思ってるよ/ますわ!!)」」
二人の心の声が完璧にシンクロする。 カサンドラは目を細め、肉食獣のような笑みを浮かべて一歩踏み出した。
「いい? 彼は原石よ。あなたたちが小さな箱に閉じ込めておいていい器じゃないの。……ねえ、アルト君? 私と来れば、この学園以外でもどんな資料も見放題。……もちろん、美味しいお菓子とジュースも用意してあるわよ?」
「……お菓子? あと、ブドウジュースも?」 アルトの目が、餌に釣られた子犬のように輝いた。
「「アルトくん(様)!! ダメです。(ですわ)!!」」
二人は必死にアルトを羽交い締めにし、カサンドラを睨みつける。 ここに、アルトを巡る**『幼馴染・委員長・特別講師』**の三つ巴の戦いが、ついに全面戦争へと突入した。
「……ふふ、可愛いわね。私に挑もうなんて、百年早いわよ、子猫ちゃんたち」 「……縦ロールの人、今は休戦。あの女からは、アルト君を絶対守るよ」 「……わかりましたわ、リナさん。わたくしたちでアルト様を毒牙から守り抜きますわよ!」
アルトはただ、お腹を鳴らしながら、三人の火花の散らし合いを眺めていた。
「……ねえ。お菓子、みんなで食べればいいのに」




