第5話:魔術実技と、窓の外の肉食獣
午後のカリキュラムは、待ちに待った(アルトにとっては逃げ出したい)『基礎魔術実技』だった。 校庭に集まった補習クラスの面々。そこにはなぜか、他クラスのはずのエレオノーラが「風紀の乱れを監視するため」という強引な理屈で、特等席に椅子を置いて陣取っていた。
また、リナ特Aクラスの生徒として教師の補佐をつとめることになり、大義名分ができたとばかりにアルトの近くによりそっていた。
「さあ、始めなさい! 賢者様の……ゴホン、アルト君の至高の術式、この目に焼き付けて差し上げますわ!」 「……うるさいなぁ。アルトくん、緊張しなくていいからね。私がついてるから」
リナがアルトかばいながら、エレオノーラを牽制する。 今日の課題はシンプルだ。標的の的に向かって、初歩の『火球』を放つというもの。
「えーっと、教科書によると……まずは心臓の鼓動を魔力に変換して、六角形の術式を脳内に描いて……」 アルトが教科書を逆さまに読みながら、うんうん唸る。
(……ああ、なんて素晴らしい! あえて逆さまに読むことで、既存の概念を破壊し、新たな真理を構築しようとなさっているのね!)
またもやエレオノーラの中で斜め上の理解で評価が爆上がりの中、校舎の二階――特別教官室の窓から、その様子をじっと見つめる瞳があった。
「……ふぅん。あの子が、噂の『判定不能』くん?」
カサンドラ・ヴォル・マグナスは、はち切れんばかりの胸元を窓枠に預け、ワイングラスを片手に(※中身はブドウジュース)不敵に微笑んでいた。 彼女は教育者として、エリートたちの完成された魔術には飽き飽きしていた。彼女が求めているのは、もっと根源的で、野性的な「未知」だ。
「さあ、見せてちょうだい。あなたの言う『お絵描き』が、どれほどの価値があるのかを」
校庭では、アルトがついに杖を構えていた。
「えい。……あ、間違えちゃった」
アルトが杖で空中に描いたのは、教科書の六角形とは似ても似つかない、**「丸いお餅に手足が生えたような変なキャラクター」**の図形だった。 クラスメイトたちが「なんだありゃ?」「落書きかよ!」と失笑する中。
――カサンドラのグラスが、パリンと音を立てて砕け散った。
「(なっ……!?)」
カサンドラの目には、全く別の光景が見えていた。 アルトが描いた間抜なキャラクターの「目」の部分。そこは、大気中の魔素を一瞬で一点に凝縮し、核分裂寸前まで圧縮する**『超高密度重力炉』**の起点となっていたのだ。
ドォォォォォォォン!!
放たれたのは火球ではなかった。 標的の的はおろか、その背後の防壁、さらには学園の結界さえも「消滅」させ、空の雲にぽっかりと巨大な穴を開ける、純粋な魔力の奔流。
「…………あ。あはは、やっぱり火が出なかったや。失敗しちゃった」 アルトが頭をかいて笑う。
「(……っ! 火球の概念を超えて、空間そのものを焼いた!? あのデタラメな図形のどこに、そんな式が隠されていたというの!?)」 カサンドラは窓から身を乗り出し、獲物を見つけた肉食獣のような瞳でアルトを凝視する。 その時、アルトがふと空を見上げた。 「あ、二階の窓に綺麗な人がいる……。あ、お腹減った。あの人、美味しそうなブドウジュース持ってないかなぁ」
目が合った。 カサンドラの心臓が、大きく跳ねる。
「……見つけたわ。私の、退屈を殺してくれる最高の標本」
窓際で頬を染め、怪しく笑うカサンドラ。 その背後で、リナとエレオノーラが
「「今、アルト君(様)と目が合った女は誰!?」と、新たな敵の気配の感じ始めた二人であった。




