第32話:静寂のキャンプファイヤーと、アルトの覚醒
喧騒の学園祭が終わりを告げようとしていた。 校庭の中央には巨大な薪が積まれ、火が放たれるのを待っている。生徒たちが後夜祭の準備に走り回る中、アルトは一人、校舎の屋上に立って夜風に吹かれていた。
「(……ご主人様。体温の低下を確認。……シオリの体熱で保温を試みますか?)」
影からスッと現れたのは、学生服に着替えたシオリだった。彼女はまだ自分の名前に慣れないのか、胸元に刻まれた「栞」の文字を無意識になぞっている。
「ありがとう、シオリ。でも大丈夫。……なんだか、今日は星がすごく近くに見えるんだ」
アルトが空に手を伸ばす。 以前の彼なら「お星様を捕まえたい」と無邪気に笑っただろう。だが、今の彼の瞳には、星々の配置や、そこから流れ落ちる魔力の奔流が「線」として見えていた。
「シオリ。僕、今までおじいちゃんに言われた通りに描くだけだった。でも、この学園に来て、みんなに出会って……やっとわかった気がするんだ」
アルトは空中に、筆を使わず指先だけで「円」を描いた。 それはただの円ではない。リナの情熱、エレオノーラの矜持、カサンドラの執着、シグルドの意地……そしてシオリに宿ったばかりの魂。 それらすべてを繋ぎ、調和させるための「理」の形だった。
「(……解析不能。……ご主人様の指先から、宇宙の創世時と同等の魔力波長を検知。……アルト様、貴方は、何を目指しておられるのですか?)」
シオリの問いに、アルトは静かに首を振った。 「目指すなんて大げさなものじゃないよ。ただ、僕の描く世界が、みんなにとって優しい場所になればいいなって、そう思うんだ」
アルトがその「円」を空に解き放つと、それは目に見えない波動となって学園全体を包み込んだ。 その瞬間、学園祭の疲れでささくれだっていた生徒たちの心が、不思議と穏やかな幸福感に満たされていく。
「おい、ケビン。見てみろよ、あの屋上の……アルトか?」 下から見上げたクラスメイトたちが息を呑む。 月光に照らされたアルトの姿は、もはや迷い込んだ迷子ではなく、この場所のすべてを肯定し、見守る「主」の風格を纏っていた。
「……あいつ、本当に俺たちと同じ一年生か? 入学当初はなんか幼稚な感じだったのに、あの背中、まるで伝説の英雄が帰還した時みたいじゃないか」
「ああ。……でも、不思議と悪くない。あいつの描く絵の中に、俺たちも入れてもらっているような……そんな安心感があるんだ」
アルトは屋上の手すりから身を乗り出し、楽しげに笑った。
「さあ、シオリ。行こうか。みんなが待ってる。……今夜は、みんなで最高に楽しく踊らなきゃ」
「(……了解。……シオリは、ご主人様の望む『優しい世界』の、一番近くの栞としてお供します)」
アルトが屋上を後にし、校庭へと降りていく。 その足取りは以前よりも力強く、迷いがない。
これから始まる、ヒロインたちによる「物理的な愛の衝突」を、彼は今の自分なら「調和」させられると確信していた。
アルト君異世界へ行って成長したようです。(本当か?)




