第31話:名付けの儀と、乙女の覚醒
「(……エラー、エラー。胸部中央演算装置に異常な熱源を検知。これは、ご主人様に対する不適切な出力……いいえ、仕様です)」
校長室の隅で、看板ちゃんが激しく火花を散らしながら、壁に「アルト様・至高・永遠」と指先で彫り続けている。恋の熱でオーバーヒートしているそのさまはいうなれば、ポンコツ美少女アンドロイド!?
「カカカ! 少年よ、貴様が魂(概念)を描き込んでしまったせいで、この人形はもはや『ただの看板』ではいられなくなったようだな」
学園長エヴァンジェリンが、面白そうに看板ちゃんに近づき、その額をペシッと叩いた。
「おい、看板娘。貴様、いつまでも『看板』などという無機質な呼び名で満足しておるのか? 魂を持ったのであれば、己を示す『真名』が必要であろう」
「(……真名。……本機を識別する一意の識別子。……必要です。ご主人様に、もっと可愛く呼ばれたいです)」
看板ちゃんの瞳に、今までにない意志の光が宿る。彼女はアルトを見つめ、期待に満ちた(無表情な)顔をした。
「えっと……名前かぁ。そうだね。君は僕を助けてくれたり、みんなを整頓してくれたりするから……」
アルトはスケッチブックの隅に、一枚の「真っ白な栞」を描いた。 「看板から抜け出して、物語(みんなの生活)の中に挟み込まれる、栞のような女の子になってほしいから……『シオリ』って名付けてもいいかな?」
アルトがその「シオリ」という文字を優しくなでると、その文字が光の粒子となって看板ちゃんの胸元に吸い込まれた。
「(……識別子『シオリ』を受理。……魂のコアに定着しました。……心拍数、上昇。油圧、上昇。……私、シオリです!)」
看板ちゃん……改め「シオリ」は、その場でクルリと一回転した。今までのようなカクカクした動きではなく、まるで本当の少女のような、しなやかで優雅な動きだ。
「わ、わたくしのライバルに、あろうことかアルト様直々の名付けですって!?」 エレオノーラがショックでパッドを落としそうになる。
「エレオノーラ様、それどころじゃないよ! シオリちゃん、名前をもらってから、なんだか……『アルト君を独占する気満々』なオーラが出てるもん!」 リナが慌ててアルトの腕を掴むが、シオリは即座にその間に割り込んだ。
「(リナ様。ご主人様のパーソナルスペースは、本日からシオリが管理・最適化します。……まずは、その不適切な密着を引き離してください)」
「嫌よ! そもそもあんた、看板に戻らなくていいの!?」
「(シオリは既に、物語の『栞』へと進化しました。……もう看板には、戻れません。ずっと、ご主人様を読み進める(付いていく)所存です)」
「……おい、お絵描き野郎。貴様、ついに『魔導人形』に魂まで込めて、しかも一丁前に嫉妬心まで実装しやがったのか!?」
シグルドが頭を抱えて叫ぶ。 「これ以上、貴様の周りに美少女が増えてどうする! 私の立ち位置が、どんどん『神獣のエサ担当』に固定されていくだろうが!」
「まあまあ、シグルド君。シオリちゃんは便利だよ?」
「(シグルド様。……汚れています。最適化します)」 シオリが指先から放った高圧洗浄の魔力で、シグルドはまたしても泡まみれにされた。
「よし、愉快だ! シオリよ、貴様は今日からこの学園の『特別聴講生』として登録してやろう。アルトの概念にどこまで魂が耐えられるか、我がじっくり観察してやるわ」
学園長の宣言により、シオリは正式なレギュラー(生徒)としての地位を獲得した。
「(……了解。……学生服の採寸を開始。……アルト様、お揃いの制服ですね。……嬉しい、です)」
無表情ながらも、どこか幸せそうなシオリ。 こうして、アルトの描いた「シオリ」は、学園祭の伝説から、アルトの日常をかき乱す「美少女アンドロイド」として歩み始めるのだった。




