第30話:学園長の帰還と、究極の「自画像」
本日は2話投稿いたします。
学園祭も終盤に差し掛かった頃。夕闇に染まる学園の空を、一筋の紅い閃光が切り裂いた。 それは隣国から最高級の牛乳(未精製・魔力入り)を抱えて帰還した、この学園の絶対君主――学園長、エヴァンジェリン・ド・ラ・モーテであった。
「ふむ……。留守の間に、随分と賑やかな魔力の残滓が漂っておるではないか」
見た目は十歳前後の可憐な少女。しかし、その瞳には数千年の知恵と、退屈を嫌う残酷なまでの好奇心が宿っている。彼女が校長室の窓から着地すると、そこには怯える教頭と、満足げに肉を食らう公爵、そしてメイド姿のアルトたちがいた。
「おかえりなさいませ、学園長!」 教頭が震えながら平伏する。公爵も流石に口を拭い、居住まいを正した。
「ヴィクトールよ。相変わらず騒がしい男よな。……して、そこの『概念をこねくり回しておる少年』が、噂のアルトか?」
エヴァンジェリンの視線がアルトを射抜く。その瞬間、アルトの影がビクリと跳ねた。彼女の存在感は、異世界の神獣ベヒーモスすら凌駕する「格」を持っていた。
「あ、こんにちは。学園長先生。牛乳、買えた?」
「うむ。理想のものを手に入れたぞ。……それより少年。貴様の噂は聞いているぞ。異世界を繋ぎ、神獣の胃袋を屈服させたそうではないか」
学園長は優雅に、ぺったんこな胸を張る。 「貴族の小娘やカサンドラが、己の見た目だけを飾ることに血道を上げている中、我はこの『削ぎ落とされた究極の機能美』を愛しておる。……よいか、真の美とは表面上のものではないのだ」
彼女は指先一つで、自身の体を引き締まった大人の美女の姿へと変身させ、また一瞬で少女の姿に戻ってみせた。 「変幻自在なればこそ、我はこの姿を選んでおる。……だが、不満が一つある」
エヴァンジェリンはアルトのスケッチブックを指差した。
「余の肖像画を描け。ただし、姿形を描くのではない。我の『魂の重さ』を描き出してみせよ。……もし我が満足せぬ絵を描けば、学園祭の予算をすべて我のおやつ代にしようぞ!」
「「「えええええええ!?」」」 教師陣と生徒たちの悲鳴が上がる。
「魂の重さ……? 難しいなぁ。……あ、でも、学園長先生を見てると、なんだか『宇宙で一番硬い宝石』みたいな感じがする」
アルトは迷うことなく筆を走らせた。 彼が描いたのは、少女の姿をしたエヴァンジェリンの背景に、広大な銀河と、それを一本の指で支える「小さな、しかし光り輝くダイヤモンドの心臓」だった。
アルトが絵をポンと叩くと、キャンバスから「概念の光」が溢れ出し、学園長の体に吸い込まれていった。
「……ほう。我の魂を『永遠に不変のダイヤモンド』と定義したか」
エヴァンジェリンは自身の胸元に手を当てる。そこにはアルトの描いた魔法が宿り、彼女の魔力密度がさらに上昇していた。 「よかろう、合格だ。久々に面白い『概念』を味わわせてもらったぞ」
学園長が満足げに頷いたその時、隅で控えていた看板ちゃんが、不自然な挙動を見せた。
「(……エラー。ご主人様の『魂への理解度』が、本機のデータベースを超過。……学園長への干渉、嫉妬プロトコルが作動……)」
「ん? メイドちゃん、どうしたの?」 アルトが心配して覗き込むと、看板ちゃんの瞳にノイズが走る。
「(……ご主人様。……本機の魂も、描き直してください。……ダイヤモンドではなく、ご主人様の『隣に固定される磁石』として……)」
「おいやめろ看板娘! それ以上はバグじゃ済まされないぞ!」 シグルドが必死に看板ちゃんを止めようとするが、看板ちゃんの指先から「愛の最適化レーザー」が漏れ出し、校長室の壁にハート型の穴を空けていく。
「カカカ! 面白い、人形にまで魂が宿ったか!」 学園長の高笑いが響く中、看板ちゃんの「暴走する乙女回路」と、それに対抗するリナ・エレオノーラの修羅場が始まろうとしていた。




