第29話:公爵の来襲と、不在の学園長
学園祭メインステージ。異世界への「穴」が開いたままの一等地で、一人の男が猛り狂っていた。
「……説明しろと言っているのだ、教頭!! 我が愛娘、エレオノーラが異世界へ吸い込まれたとはどういうことだ!? ローゼンベルク公爵家の至宝に何かあれば、この学園ごと地図から消し去ってくれるわ!!」
エレオノーラの父、ヴィクトール・ローゼンベルク公爵。 帝国でも指折りの権力者である彼は、豪華な毛皮のコートを翻し、震え上がる教頭の胸ぐらを掴んでいた。
「ひ、ひぃぃ……! 公爵閣下、落ち着いてください! すべてはあのアルトという生徒の描いた絵が原因でして……!」
「黙れ! 言い訳は聞かん! 今すぐ学園長を呼んでこい!」
「それが……学園長は現在、『おやつに描かせた伝説のメロンパンが、あまりに美味しそうだったので、理想の牛乳を求めて隣国まで飛んでいく』との書き置きを残して不在でして……!」
「おのれ学園長めぇぇ!! この非常時に何を遊んでいるのだ!!」
公爵の怒号が響き渡り、周囲の教師陣は石のように固まっている。 エレオノーラがメイド服姿で異世界へ消えたという報告は、公爵の「親バカ心」と「貴族の矜持」に特大の爆弾を投下していた。
その時、ステージ中央の「穴」が激しく脈動した。
「(……帰還プロセスを確認。最適化ルートで再突入します)」 無機質な声と共に、穴から巨大な白い影が飛び出してきた。神獣ベヒーモスである。
「「「ぎゃあああああ! 本物の魔獣が出たぁぁぁ!」」」 パニックに陥る観客と教師陣。公爵も流石に剣を抜きかけたが、その背中に乗っている面々を見て動きを止めた。
「お父様! ただいま戻りましたわ!」 メイド服のフリルをなびかせ、パッドの黄金比を維持したまま、優雅に神獣から飛び降りるエレオノーラ。
「エ、エレオノーラ!? 無事だったか! ……ん? その格好はなんだ。なぜ当家の令嬢が、布面積の怪しい給仕服を着ているのだ!?」
「これはその……法術的な……いえ、流行ですわ! それよりお父様、これをお召し上がりになって!」
アルトとシグルドが、ベヒーモスの背中から「神獣の加護を受けた究極のステーキ」を運び出す。
「公爵様、お初にお目にかかります。アルトです。これ、シグルド君と作ったお土産です!」
「貴様がアルトか……! 娘を惑わし、あのような破廉恥な……っ、……ん? なんだこの香りは……」
公爵の鼻腔を、異世界の調味料とシグルドの完璧な火入れが融合した「神の香り」が突き抜けた。 彼は抗えず、差し出された肉を一口、口に運んだ。
「………………ッ!!」
公爵の脳裏に、ローゼンベルク家での歴史が走馬灯のように駆け巡る。 厳格だった父の教え、厳しかった剣の修行、そして初めてエレオノーラを抱いた日の記憶……。すべてがこの一枚の肉の旨味の中に溶け合っていた。
「……美味い。……美味すぎる。ローゼンベルク家の食堂で出される肉など、これに比べればただの消しゴムに等しい……!」
「お父様、それを調理したのは、あちらのシグルドさんとアルト様ですのよ」
「……シグルドだと? 我が家の傘下にある騎士家の……。ほう、見た目ばかり気にしていると聞いていたが、これほどの『漢の味』を出せるとはな」
公爵は満足げにシグルドの肩を叩き、そしてアルトを鋭い目で見つめた。 「アルトと言ったな。……娘を異世界に連れ回した罪は重いが、この肉の味に免じて、学園祭の間だけは不問に処そう。……ただし! そのメイド服姿の写真は、ネガごと後で提出するように!」
「お父様ぁぁぁ!!」
結局、公爵も「食の加護」の前に陥落。 一方で、看板ちゃんは公爵の護衛たちを「(不純物多め)」として勝手に整列させ、学園祭の交通整理に再利用し始めていた。




