第28話:漢のサバイバル飯と、降臨せし食の神
異世界の森、アルトが創造した「お肉の木」の前。シグルドが仕留めた魔獣たちの解体は、驚くべき手際で進んでいた。
「いいかアルト、肉というのはただ焼けばいいのではない。異世界の獣は魔素が強い。この『魔力の筋』を丁寧に外し、野草の汁で臭みを消す……これぞ、我が騎士家に伝わる秘伝の野営術だ!」
シグルドは、看板ちゃんから渡された(奪い取った)包丁を振るい、霜降り肉を完璧な厚さに切り分けていく。その背中は、皿洗いをしていた時とは別人のような威厳に満ちていた。
「すごいよシグルド君! 本当に職人さんみたいだ。……じゃあ、僕も負けないように、最高の『味付け』を描くね!」
アルトがスケッチブックに描き込んだのは、「宇宙の旨味が凝縮された、黄金の塩コショウ」と「かけるだけで食材が昇華する、極楽のタレ」。 実体化したその調味料は、瓶の中から銀河のような輝きを放ち、シグルドが焼く肉の上へと振りかけられた。
ジュワァァァッ!!
その瞬間、異世界の森全体を震わせるほどの、暴力的なまでに芳醇な「香りの衝撃波」が発生した。
「……な、なんですの、この匂い! 嗅いだだけで、魔力回路がオーバーヒートしそうですわ!」 エレオノーラが興奮する。
「シグルドの技術で旨味が閉じ込められた肉に、アルト君のデタラメな調味料が……! これ、食べたら人間を辞めちゃうんじゃない!?」 リナが戦慄する中、料理は完成した。
二人が作り上げた「究極のサバイバルステーキ」が皿に盛られた、その時。 異世界の空が黄金色に染まり、空間がピシリと音を立てて割れた。
「(……待たれよ。その芳香、悠久の時を生きる我の眠りを妨げるに十分なり)」
空間の裂け目から現れたのは、巨大な白い毛並みを持つ、この世界の守護神――『食の聖獣・ベヒーモス』だった。その巨体は山のように大きく、放つ威圧感だけで周囲の魔獣たちがひれ伏していく。
「し、神獣だと!? 伝説の、あの世界を食らうという……!」 シグルドが剣を構え直すが、ベヒーモスの視線は一点――二人の作ったステーキに注がれていた。
「(……小僧ども。その捧げ物、我に差し出せ。さすればこの地の平穏を約束しよう)」
「あ、いいですよ。いっぱいあるから、一緒に食べましょう!」 アルトが緊張感ゼロで皿を差し出す。ベヒーモスは一瞬、その無防備さに戸惑ったが、抗えぬ匂いに導かれ、ステーキを一口で飲み込んだ。
次の瞬間、神獣ベヒーモスの瞳から、滝のような涙が溢れ出した。
「(……おおお……っ!! この肉の弾力は騎士の鍛錬を思わせ、このタレの深みは宇宙の真理を映し出している……! 我、神を辞めてこの肉の奴隷になっても良いとさえ思える……!)」
あまりの美味さに神獣がのたうち回り、その衝撃で周囲の木々がなぎ倒される。 だが、ベヒーモスは満足げにアルトとシグルドを見下ろすと、その大きな鼻先をシグルドに近づけた。
「(騎士の小僧よ。貴殿の『腕』を認めよう。……そしてお絵描きの小僧。貴殿の『バカげた愛』を認めよう。我、これより貴殿らの学園祭を、我が加護の下に置くことを宣言する!)」
ベヒーモスがアルトとシグルドの頭に「神の祝福」を授ける中、看板ちゃんが静かに記録を更新した。
「(……個体名:シグルド。神獣の胃袋を掴むという、極めて高度な外交スキルを確認。……ご主人様の相棒としての適正、Sランクに昇格)」
「……相棒? 私が、このお絵描き野郎の……? ふ、ふん! まあ、今回は特別に手伝ってやっただけだ!」 シグルドは顔を背けながらも、アルトと拳を合わせた。
「ありがとう、シグルド君。君がいなかったら、神様も怒ってたかもしれないね」
「……当たり前だ! 皿洗いの騎士を舐めるなよ!」
こうして、異世界の神を満足させた一行は、ベヒーモスの加護を纏い、異世界の珍味という名の「最高のお土産」を抱えて、いよいよ現実世界への帰還を果たすことになる。
だが、彼らが戻った先には、激怒して鼻息を荒くしたエレオノーラの父(公爵)待ち構えているのであった。




