第23話:動き出す看板と、深夜の学園の異変
学園祭の前夜。 特Aクラスの教室には、飾り付けの残骸と、疲労困憊の生徒たちが散らばっていた。メインホールの一等地を飾る「喫茶・アルト様のご奉仕」の看板だけが、まだ未完成だった。
「……もう、疲れたわ。アルト君、看板のイラスト、あとよろしくね」 リナがアルトの肩に頭を乗せ、ウトウトし始める。
「アルト様、わたくしはまだ……っ。ですが、この高潔なる瞳が霞んで……」 エレオノーラも机に突っ伏し、わずかに口を開けて眠っている。その胸元に隠し持った「魔導パッド」が、かすかに光を放っていた……が、誰も気づかない。
「フフフ……アルト君。誰もいなくなった今こそ、私だけの『特別指導』の時間……」 カサンドラ教官がアルトの背後から迫るが、その直前で疲労に打ち勝てず、床にへたりこんで寝てしまった。
結局、看板の仕上げはアルト一人になった。 彼は大きな木製の看板を前に、スケッチブックを広げる。 「みんな、疲れちゃったね。僕が頑張らなきゃ。じいちゃんが『看板は、お店の顔だから、元気いっぱいの笑顔を描くといい』って言ってた」
アルトが描いたのは、メイド服を着て微笑む「可愛い女の子」の絵だった。 彼女は、胸元に控えめなフリルがあしらわれたシンプルなメイド服を着ており、どこかエレオノーラを思わせる、だが誰とも似ていない、理想的な「萌え」が凝縮されていた。
「よし、できた。『笑顔のメイドさん』」
アルトが絵をポンと叩いた瞬間、看板の表面が淡く光り、描かれたメイドの瞳がパチリと開いた。
「(……ピコーン! 起動しました! ご主人様の笑顔のため、全力を尽くします!)」
メイドの絵は、額縁から抜け出すようにスルスルと立体化し、まるで生きているかのように、小さな体でチョコンと地面に立った。
「わぁ、メイドさんになった! みんな、これなら喜ぶかな?」 アルトは無邪気に微笑む。しかし、この『動き出す看板娘』の能力は、アルトの想像を遥かに超えていた。
深夜の学園、メイドの行進
「(ご主人様の笑顔のためには、準備を完璧にすることが最優先と判断)」 看板娘は、そう判断すると、静まり返った廊下へと歩き出した。
彼女は廊下を歩くたびに、他のクラスの模擬店の準備状況を「勝手に」確認していく。 「(このクラスの飾り付け、甘いです。ご主人様のお店に並ぶクラスとしては、不十分)」 そう判断するや、看板娘の指先から淡い光が放たれた。 瞬間、散らかった飾り付けは整理され、歪んだ垂れ幕は真っ直ぐに修正され、汚れた床は自動で清掃されていく。
そして、看板娘は他のクラスの看板をも見つける。 「(うちのクラスの看板、少し地味では……? ご主人様の期待に応えられません)」 看板娘が指を振ると、他のクラスの看板の絵も、瞳を開いて「起動」していく。
まるで伝染病のように、夜の学園に置かれたあらゆる「看板」の絵が次々と実体化し、無言のまま、静かに、そして完璧に、学園祭の準備を整え始めた。 教室の飾り付け、模擬店のテーブル配置、通路の清掃、ステージの音響調整……。学園全体が、見る見るうちに理想的な学園祭の会場へと変貌していく。




