第2話:リナとポカポカの夕食
アルトが路地裏を抜けて、王都の端にある古びた自宅兼工房――今は亡き祖父が残した「何でも屋」の建物に辿り着いた頃には、街はすっかり夜の帳に包まれていた。
「ただいま……。はぁ、お腹空きすぎて目が回りそう……」
重い扉を開けると、中から温かな灯りと共に、トントントンという小気味よい包丁の音が聞こえてきた。 キッチンから顔を出したのは、エプロン姿の少女――幼馴染のリナだ。彼女はアルトの祖父が亡くなってから、生活能力の皆無なアルトを放っておけず、こうして毎日食事を作りに(半分は転がり込む形で)通っている。
「おかえり、アルトくん! 遅かったじゃない。……あ、その顔。試験、またダメだったんだ?」 「……十二点。最悪だよ。先生たちが言ってること、一つもわかんないんだ。式を綺麗に書けって言われても、僕にはあんなの、ただの『呪い』にしか見えなくて」
アルトは力なく椅子に沈み込み、テーブルに突っ伏した。 リナは苦笑しながら、湯気の立つお皿をアルトの前に並べる。
「はい、これ。今日はパン屋さんから安く分けてもらったパンの耳のグラタンと、お野菜たっぷりスープ」 「うわぁ、美味しそう! ……いいの? リナだって自分の試験(実技選考)で忙しいのに」 「いいんだよ。アルトくんに元気になってもらわないと、私、困っちゃうもん」
アルトはスープを一口啜ると、「……んあぁ、染みる……」と幸せそうに目を細める。
「でもさ、リナ。リナは僕と違って優秀なんだから、あんな変な数式だらけのアカデミー、受かっちゃうんだろうな。そうなったら、僕みたいな才能なしとはお別れかもね」
リナはお玉を握ったまま、少し頬を膨らませてアルトを見つめた。
「アルトくん、自分のこと才能ないって言い過ぎ。……忘れたの? 私が去年、魔力欠乏症で倒れそうになった時、アルトくんが私の杖に描いてくれた『絵』のこと」 「あれ? あぁ、あの『ポカポカする絵』のこと? あれはただ、リナの杖が冷たそうだったから描いただけだよ。魔法でも何でもないって」 「ううん。私にとっては、世界で一番の魔法だよ。あの『絵』があるおかげで、今の私、学園の特待生候補なんだから」
リナは大切そうに、腰に下げた杖の柄を撫でた。そこには、アルトがチョークで適当に描いたような、歪な太陽の絵がある。 アルト自身は、それが発動した瞬間に周囲の環境魔素を強制収束させ、術者の精神を極限まで安定させる『聖域展開の簡略式』であることなど、夢にも思っていない。
「よし、食べて元気が出た! 明日、一応学園に結果を確認しに行かなきゃ。……どうせ貼り出されるのは合格者リストだろうけど」 「大丈夫だよ。アルトくんは、どこにいたって私の王子様なんだから」
リナの眩しい笑顔に、アルトは「よし、明日もパンの耳を求めて頑張るか」と、場違いな決意を固めるのだった。




