第18話:空飛ぶ磁石と、教官の「空中個別指導」
「ああ……見て、アルト君。地上があんなに遠いわ。これなら誰にも邪魔されず、二人きりの『高度な』レッスンができるわね……!」
磁石に「金属化」して張り付いたまま、カサンドラ教官がうっとりと空を見上げた。隣にはエレオノーラとリナも密着しているが、彼女の脳内では既に消去されている。
「先生、現実を見て! 私たち、アルト君の描いた風船でどこへ行くかわからない状態なのよ!?」 リナが必死に叫ぶが、カサンドラはアルトの顔を至近距離で見つめ、熱い吐息を漏らす。
「アルト君……このまま浮いているのは不安定だわ。もっとこう、私たちがゆったりと、密着してくつろげる空間が欲しいと思わない? そう……例えば**『空飛ぶ魔法の絨毯』**とか……。もちろん、二人きりの愛のサイズでいいのよ?」
「魔法の絨毯かぁ。あ、それならじいちゃんが『空を飛ぶときは、落ちないようにしっかり囲いがあるほうがいい』って言ってた」
「ええ、そうよ! 囲い! つまり**『密室』**ね! さあ、描きなさい、アルト君!」
カサンドラの期待を受け、アルトは空中でスケッチブックを広げた。 彼が描いたのは、豪華な絨毯……ではなく、なぜか**「お祭りの屋台」**のような、四方を頑丈な木の板で囲まれた箱型の乗り物だった。
「はい、『お空を飛ぶ、安心安全・お座敷丸』!」
アルトが描き上げた瞬間、磁石の下に巨大な「空中お座敷」が実体化した。 一同は磁石からドサリと畳の上に落ちる。
「……畳? なぜ空の上で畳なんですの!?」 エレオノーラが困惑する中、カサンドラは挫けない。むしろ、狭いお座敷という空間にチャンスを見出した。
「お座敷……いいわ。密室、和室、そして空の上。完璧な舞台だわ! さあアルト君、まずはこの茶菓子を食べて……」 カサンドラが懐から取り出したのは、自作の「惚れ薬(自称:愛の栄養剤)」が塗られたお餅だった。彼女がそれをアルトの口に押し込もうと覆いかぶさったその時――。
「させませんわ、この不謹慎教師!!」 エレオノーラが公爵家に伝わる護身術(という名のタックル)を繰り出し、カサンドラとアルトの間に割り込む。
「アルト君、危ない! 先生、今度こそ本当に停職処分になるからね!」 リナも加わり、狭い空中お座敷の中で、三人の女性がアルトを揉みくちゃにする大乱闘が始まった。
「わ、わわ、みんな、そんなに動いたらお座敷が傾いちゃうよ!」
アルトの警告通り、重量の偏ったお座敷は空中で激しく揺れ、ついに限界を迎えた。 その拍子に、お座敷の隅っこで「透明人間」のように存在を消していたシグルドが、勢いよく開いた障子から外へと放り出された。
「あ、あばばばばばばば……! 助け……助けてくれぇぇぇ!」
シグルドはそのまま、真っ直ぐ地上にある「学園の噴水」へと落下していった。
「……あ。シグルド君、先に学校に帰っちゃった」 アルトが呑気に指を差す。
「……もう、めちゃくちゃだわ」 リナががっくりと肩を落とす。カサンドラの暴走と、アルトの規格外な魔法の連続。 結局、この「磁石風船お座敷」は、そのまま学園のグラウンドへとゆっくり降下を始めた。




