第17話:引力と性(さが)と公爵令嬢の嘆き
「な、なんてこと……。当家の秘術でさえ、森の結晶を一つ見つけるのに数十分は要しますのに、それを磁石一つで『根こそぎ』にするなんて……!」
エレオノーラは、アルトが掲げる磁石に次々と吸着していく魔導結晶の山を見て、膝をつきそうになっていた。公爵家令嬢として積み上げてきた努力と理論が、アルトの「お絵描き」という名の暴力的なまでの純粋さの前に、砂の城のように崩れ去っていく。
「ふ、不本意だ……! このエリートである私が、魔石と一緒にアルトの磁石にベタベタと貼り付けられるなど……これではまるで、私がアルトに『デレデレ』しているみたいではないか!」 磁石の端っこに鎧ごと吸い寄せられたシグルドが、必死の形相で抵抗する。
「安心しなさい、シグルド。あんたのそれは単なる『物理的な癒着』よ。……それより、アルト君! その磁石、もう結晶でいっぱいだよ! そろそろ止めないと――」
リナの忠告が届くより早く、後方で凄まじい「熱気」が膨れ上がった。 カサンドラ教官が、鼻息荒く、頬を上気させてアルトの磁石を凝視していたのだ。
「(……なんて素晴らしい光景。結晶、魔獣、そしてシグルド君さえもが、アルト君の放つ『強制的な引力』に逆らえず、彼の手元へと集まっていく……。これこそが、世界の真理。これこそが、愛の重力!)」
カサンドラの瞳が怪しく光る。 「アルト君! 私、気づいてしまったわ! 教官として、あなたの『磁力』が人体に及ぼす影響を、もっと……もっと至近距離で検証する必要があるわ!」
「え? 先生、危ないよ。これ、結構力が強いから……」
「構わないわ! むしろ、その力で私を粉々に惹きつけて!!」
カサンドラは、もはや隠そうともしない欲望のままに、自らに『金属化』の魔法をかけた。文字通り、自分を「磁石に吸われる素材」へと変えたのだ。
「カ、カサンドラ先生!? 何をバカなことを――!」 リナの静止も虚しく、カサンドラはアルトの磁石に向かってダイブした。
ガチィィィン!!
凄まじい金属音と共に、カサンドラが磁石の中央――ちょうどアルトの手元に最も近い位置へと、超高速で吸着された。
「ああぁ……っ! 素晴らしいわ、アルト君! 離れられない……! 磁力の概念に縛られて、指一本動かせないなんて……最高の『個別指導』じゃないの……っ!」
「わ、わたくしの前で何を破廉恥なことを!!」 エレオノーラが顔を真っ赤にして叫ぶ。 「カサンドラ教官、貴女には教育者としての誇りというものがないのですか!? 公爵家の名にかけて、そのような不適切な接触は断じて認めませんわ!」
エレオノーラは、アルトからカサンドラを引き剥がそうと、彼女の腰に抱きついた。しかし、カサンドラには『金属化』の魔法がかかっており、磁力はエレオノーラまでもを巻き込んでいく。
「ちょ、ちょっと! 離れなさいな、このメス狐! アルト様、わたくしも……わたくしも、磁力ではありませんけれど、心霊的な引力で離れたくありませんわ!」
「ええい、二人ともどきなさいよ! アルト君が押し潰されちゃうでしょ!」 リナも参戦し、アルトの持つ磁石を中心に、教官、公爵令嬢、幼馴染、そして不運なモブ(シグルド)が、団子状になって固まり始めた。
「……うわぁ、みんな仲良しだね。でもこれ、ちょっと重いかな」
アルトが困ったように笑い、スケッチブックに**『ふわふわ浮く風船』**を磁石に描き足すと、全員をくっつけたまま、巨大な塊がふわふわと森の上空へと浮き上がり始めた。
「「「「浮いたぁぁぁーーー!?」」」」
魔導の森の空に、人間団子を吊るした磁石の風船が、のんびりと漂っていく。 その光景は、もはや郊外学習というよりは、新種のパレードであった。




