第9話:魔力出力演習・シグルドの絶望
学園の魔力訓練場。特Aクラスの面々が見守る中、シグルドは特製の魔導杖を構え、アルトを睨み据えていた。
「いいか、無能。魔法とは緻密な計算と、選ばれし者の魔力回路が成す芸術だ。貴様のような出来損ないが、根源に触れることなど万に一つもありはしない!」
シグルドが全魔力を解放する。 「喰らえ! 我が一族に伝わる極大閃光――『聖域の断罪』!!」
場内が目も開けられないほどの強烈な光に包まれた。それは網膜を焼き、対象を分子レベルで分解する高出力の光子魔法。
「(……ああ、美しい。この光に焼かれ、塵となるがいい!)」
シグルドが勝利を確信したその時。光の渦の中心で、アルトが困ったように呟いた。
「うわぁ……眩しいなぁ。これじゃ黒板の字が見えないよ。じいちゃんが教えてくれた『お昼寝用のカーテン』、描いちゃお」
アルトは光の嵐の中で、指先を空中に走らせた。 彼が描いたのは、数式ですらなく、ただの**「波打つカーテンに、すやすや眠る猫」**という、あまりに幼稚な落書きだった。
だが、その瞬間、物理法則が悲鳴を上げた。 アルトが描いた「カーテン」の輪郭線が、量子レベルで光の粒子を捉え、そのエネルギーを「無」へと変換し始めたのだ。
「……えっ?」
シグルドの放った極大魔法が、まるで暗幕を引かれたかのように、アルトの手元でスッと消滅した。いや、消えたのではない。アルトの描いた「カーテン」が、光という事象を**『今は眠る時間だ』という共通認識**で上書きし、沈静化させてしまったのだ。
「ば、バカな……。私の『断罪』を、あんなフザけた絵で打ち消したというのか!?」
「あ、ごめん。まだ眠いわけじゃないんだけど、これくらい暗い方が落ち着くかなって」
アルトがひょいと指を弾くと、カーテンの絵から「ふぁぁ」と猫のあくびのような音が響いた。次の瞬間、シグルドの足元の重力が**『まどろみの重さ』**に書き換わり、彼は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、盛大にイビキをかいて眠り始めた。
「……シ、シグルド君が一瞬で無力化されましたわ……。やはりアルト様は、因果律の最深部を遊び場にしていらっしゃる!」 「(……今の、光を『眠らせる』っていうイメージだけで止めたの? 凄すぎるよ、アルトくん……)」
騒然とする生徒たち。その中で、カサンドラ教官だけが潤んだ瞳で自身の胸を抑えていた。
「(……量子干渉による事象の上書き。彼は無意識に、この世界の根源と対話しているのね。ああ……やっぱり私の目に狂いはなかったわ。もっと、もっと近くで彼を感じたい……っ!)」
カサンドラは興奮で上気した顔でアルトに駆け寄り、その細い手を握りしめる。
「合格よ、アルト君! あなたの『お絵描き』は、この学園……いえ、この国の至宝よ! さあ、次はもっと秘めやかな『個別指導』に移りましょうか?」
「え、またお勉強? 先生、熱心だなぁ」
無邪気に笑うアルトの背後で、リナとエレオノーラの「共闘モード」が再び限界突破しようとしていた。




