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せっかくの婚約ですが、王太子様には想い人がいらっしゃるそうなので身を引きます。  作者: 木山楽斗


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第19話 帰らない令嬢

 私はウォーラン殿下とともに、ディートル侯爵家の屋敷に来ていた。

 メルーナ嬢の失踪を教えてくれたのは、ラフェシア様である。故にとりあえず、彼女から話を聞いてみることにしたのだ。


「まさか、ウォーラン殿下がこちらにいらっしゃるとは思っていませんでしたが……」

「すみません、急な来訪で。しかしながら、僕もメルーナ嬢のことが心配でして」

「いいえ、謝るようなことではありません。むしろ助かります。協力してくれる方は、一人でも多い方が良いですから」


 私の来訪はともかくとして、ウォーラン殿下の来訪はラフェシア様も予想していなかった。そのため、かなり驚いているようだ。

 しかし、ウォーラン殿下及び王家の助力というものは、やはりありがたいものである。今は猫の手でも借りたい状況だ。それが猫所か王家なんて、とても恵まれているといえる。


「それでラフェシア様、メルーナ嬢のことなのですが……」

「ええ、もちろんそのことについて話しましょう。といっても、私が知っていることなど大したことではないのだけれどね……」

「そうなのですか?」

「ええ、私はラウヴァット男爵を継いだメルーナのお兄様から連絡を受けた身だから」

「メルーナ嬢のお兄様……」


 ラフェシア様の言葉を聞いて、私はメルーナ嬢の兄のことを思い出していた。

 その人は、確かモルダン男爵家のシャルメラ嬢と婚約する予定だった人である。それによってラウヴァット男爵は、アヴェルド殿下のことを知ったという話だったはずだ。

 ただ、メルーナ嬢の兄についてはよくわからない。どのような人なのだろうか。オーバル子爵が暗殺の対象に選んでないことから、事件の事実などは知らなかったとは思うのだが。


「彼は、いつまでも帰って来ない妹のことをひどく心配しているようだったわ。メルーナからも、兄の悪口などは聞かなかったし、悪い人ではないのではないかしら」

「そうですか……」


 私の疑問を見抜いたのか、ラフェシア様はメルーナ嬢の兄について解説してくれた。

 それは結構、安心できる情報である。場合によって、その兄がメルーナ嬢を害しているのではないかとさえ、私は考えていたからだ。


「それで、彼――名前はマルシドというのだけれど、マルシド様は仲の良い私の元に来ているのではないかと思ったらしくて」

「でも、来ていなかったということですか……」

「ええ、一体どこに行ったのだか……」


 ラフェシア様は、不安そうな顔をしていた。

 付き合いが深いため、私達よりも心配は上なのだろう。それがその表情から伝わってきた。

 とにかく今は、メルーナ嬢の居場所を突き止めなければならない。しかし、手がかりもないし、一体どこを探せばよいのだろうか。


「……メルーナ嬢が帰宅するために利用した馬車は、こちらで手配していたはずです」


 ラフェシア様の話を聞き終えたウォーラン殿下は、ゆっくりと呟いた。

 彼の言葉に、私は思い出した。そういえば、私の馬車も王城の側で手配してもらったものだということを。

 その記録は、恐らく残っているだろう。要人を乗せる馬車なのだから、手続きも含めてきちんとしているはずだ。


「つまり、記録を探ればメルーナ嬢を運んだ人がわかるということですか?」

「ええ、まずはその御者から話を聞きましょう。それでとりあえず、メルーナ嬢が馬車によってどこまで行ったのかがわかるはずです」


 ウォーラン殿下の考えは、もっともだった。

 まずはそこからあたってみることだろう。それはきっと、重要な手掛かりになる。


「でも、馬車で運んでいる最中に何かあったのなら、御者から連絡があるはずですよね?」

「ええ、御者が行方不明になっているという話も聞きませんし、恐らくメルーナ嬢は馬車は下りているのでしょう」

「ということは、メルーナ嬢が自らの意思で途中で降りた?」


 馬車の事情から、メルーナ嬢の行動がある程度予測することができた。

 メルーナ嬢が自発的に馬車から下りたという情報は、既に手がかりといえるだろう。

 しかし彼女は、何を思ってどこで馬車を下りたのだろうか。


「てっきり、オーバル子爵家が何かをしたものだと思っていましたが……そういう訳でもないということでしょうか?」

「メルーナ嬢が途中で偶然馬車を下りたというだけかもしれませんが……」

「いえ、そもそもオーバル子爵家の関与が未確定なことですからね。メルーナ嬢が自発的に失踪した可能性も考えるべきなのかもしれません」


 状況からして、メルーナ嬢は自らの意思によって失踪したと考えられそうだ。

 となると、嫌な考えが過ってしまう。アヴェルド殿下の一連の事件によって、彼女は傷ついているはずだ。嫌っていたとはいえ父親も失っている。思い詰めていてもおかしくはない。


「リルティア嬢、あなたは王城に戻って御者のことを調べてもらえますか? イルドラ兄上に協力を仰いでください」

「わかりました。ウォーラン殿下はどうされるのですか?」

「僕は、オーバル子爵家を訪ねてみようと思います。ラフェシア嬢、あなたはこちらで待機しておいてください。メルーナ嬢が、こちらを訪ねてくる可能性はあると思いますから」

「そうですね……わかりました。何かあったら、すぐに連絡してください。私はいつでも動けますから」


 ウォーラン殿下の指示によって、今後の方針は決まった。

 こうして私は、王城に戻ることになるのだった。

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