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せっかくの婚約ですが、王太子様には想い人がいらっしゃるそうなので身を引きます。  作者: 木山楽斗


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第17話 わかっていたこと

 私は、客室にやって来ていた。

 正面には、イルドラ殿下がいる。オルテッド殿下から始まった王子との対話も、いよいよこれで最後だ。

 心配なのは、イルドラ殿下の表情がそこまで明るくないことだろうか。もしかして、彼も次期国王を望んでいないかもしれない。私の頭の中に、嫌な考えが過ってきた。


「あの、イルドラ殿下、先にお伝えしておきたいことがあるのですけれど」

「うん? なんだ?」

「オルテッド殿下、エルヴァン殿下、ウォーラン殿下は王位を望んでいません」

「……なるほど」


 私の言葉に、イルドラ殿下は苦笑いを浮かべていた。

 これは少々、意地が悪かっただろうか。こんなことを言ったら、イルドラ殿下が言えることは限られてしまう。多分、断りづらいことこの上ないはずだ。


 ただイルドラ殿下に断られた場合でも、私は恐らく彼を王位に推薦するだろう。

 はっきりと口にされた訳ではないが、多分彼の弟達もそれを望んでいる。


 基本的に、こういったことは先に生まれた者の役目だ。その認識は、きっと誰にでもある。

 だから、オルテッド殿下やエルヴァン殿下は、いざという時の覚悟ができていない。兄達が健在である限り、彼らに王位は無理があるだろう。


 ウォーラン殿下に関しては、失礼ながら王に向いているとは思えない。

 責任感が強く、正義感も強い彼は、清濁併せ持つ国王という役職は酷というものだ。多分彼は、慈善活動などで活躍してもらい、王家の御旗にでもした方がいい。


 そうやって色々なことを考慮していくと、イルドラ殿下を王位に据えたいと思ってしまう。

 それは消去法ではある訳だが、別にイルドラ殿下自身に王としての資質がないという訳でもない。


 彼は優しく正義感がありながら、いざという時に色々と割り切ることができる人だ。

 国王というものは、時には非情な判断も求められる。その時にイルドラ殿下は、躊躇せずに判断を下せるだろう。


 それにそもそも、私は知っている。イルドラ殿下が、既に覚悟をしていたということを。

 アヴェルド殿下のことを伝えた時に、彼は自らも利益が得られるという旨のことを口にしていた。それは恐らく、王位のことだ。


 もちろん、彼は心からそれを利益だとは思っていないだろう。その辺りは、私を納得させるための方便であるはずだ

 しかしそれでも、イルドラ殿下は王位を継ぐ覚悟をあの時に既に決めていた。それは他の兄弟達とは大きく違う点だ。


 だから私は、イルドラ殿下の言葉を待つことにした。彼ならきっと、良い答えを返してくれると思っているのだが。


「……まあ、何があったかは大体わかる」


 私の言葉を受けたイルドラ殿下は、ゆっくりと天を仰いだ。

 その動作に、私は息を呑む。彼の表情が、なんというか少し寂しそうだったからだ。


「ウォーランのことだ。今回の件を気に病んで、王位を辞退したんだろう?」

「え? ええ、それはそうですね」

「エルヴァンは、本が読めなくなるとか言ったか」

「あ、はい。言いました」

「オルテッドは王位なんて、そもそも興味がないだろうな」

「そうですね。そんな感じでした」


 イルドラ殿下は、弟達のことをよくわかっているようだった。

 流石は兄といった所だろうか。弟達のことをよく見ている。


「すまなかったな、リルティア嬢。こうなることは、薄々わかっていたんだ」

「……そうなのですか?」

「ああ、まあ、やっぱりこういったことは兄が優先されるものだからな。ウォーランはともかくとして、俺以外に選択肢がなくなるのではないかと思っていた」


 イルドラ殿下は、ゆっくりとため息をついた。

 その呆れたような表情は、多分父親である国王様に向けられたものだろう。彼もあの判断には思う所があったようだ。いやそもそも、玉座の間で既にそれは口にしていた。


「ただ、せっかくこのようなことになったのだから、皆王位を志してもらいたかった所だな。正直な所、兄弟の中で俺が一番王の資質があるかはわからない。エルヴァンやオルテッドはこれから成長もするだろうし、微妙な所だ」

「まあ、国王様はまだしばらくの間は健在でしょうから、その間にお二人は大いに成長しますよね……」

「とはいえ、その辺りのことはリルティア嬢にはわからないことだ。当然俺にも、だ。ということは、選択肢が限られてくる。いや、俺しかいないか」


 イルドラ殿下の表情は、明るいものだとは言えなかった。

 王位を心から欲しているとか、そういうことではやはりないのだろう。渋々といった感じが、伝わってくる。


 この王子達は、野心というものがないのだろう。アヴェルド殿下の悪行が露わにならなかったのも、そういう所が関係しているのかもしれない。

 敵対者がいれば、あの悪行はすぐに判明したことだろう。あれ程までに、付きやすい弱点はないからだ。


「ただ、リルティア嬢には確認しておきたいことがある」

「え? なんですか?」

「……本当に俺でいいのか?」

「それは……」


 私は、思わず言葉を詰まらせていた。

 こちらを真っ直ぐに見つめてくるイルドラ殿下の視線は、少し弱々しい。その視線は、何を意味しているのだろうか。


「いや、単純に心情的な問題として問いかけておきたいんだ。リルティア嬢からしてみれば、俺のようなひねくれ者は快く思えないのではないかと思ってな」

「ひねくれ者、ですか?」


 イルドラ殿下は、私の様子をちらちらと見ながら言葉を発していた。

 自分という存在に、あまり自信が持てていないのだろうか。なんというか、自己評価が低い気がする。

 それに私は、少し驚いていた。イルドラ殿下は、失礼ながらもっと軽薄な感じとばかり思っていたからだ。


「イルドラ殿下は、ひねくれ者ではないと思いますが……むしろ、真っ直ぐな方だと思います」

「……そうだろうか?」

「アヴェルド殿下のことが露呈した時――ベランダで話した時のことを覚えていませんか?」

「あの時のこと?」


 とりあえず私は、以前のことを問いかけてみることにした。

 彼は困っている私を助けてくれると言った。それに私は、対価は何かと聞いたのである。

 それに対して、彼は口ごもっていた。それは対価などは求めていなかったからだ。彼は困っている人を見過ごせない真っ直ぐな人であると思う。


「……あの時俺は、対価は君の笑顔で充分だ、みたいなことを言っていたか」

「え? ああ、そんなことも言いましたね」

「我ながらキザというか、なんとも浮ついたことを言っていたものだ……」


 イルドラ殿下は、頭を抱えていた。

 私が言いたかった訳ではない部分で、ショックを受けているようだ。

 確かに、そのようなことは言っていたような気がする。ただそれは、誤魔化すための言葉だろう。別に心からの言葉という訳でもないはずだ。


「私が言いたかったのは、そういったことではありません。イルドラ殿下が、お優しい方だということです」

「……何?」

「イルドラ殿下は、私のことを助けてくださいました。それは善意からの行動です」

「……そういう訳でもないさ。あれは単純に、王位を手に入れられるからだ」

「そんな風に誤魔化す所も含めて、お優しい人であると思います。ただイルドラ殿下は、お優しいだけではありません。時には非情な判断も下せる、立派な王族です」


 私の口からは、すらすらと言葉が出てきていた。

 私は自分で思っていた以上に、イルドラ殿下のことを評価していたらしい。


 ただ、それは自分の中では納得できることではあった。そもそもこの話を持ち掛けられて最初に誰の顔が思い付いたか、それに思い至ったのだ。

 私は最初から、イルドラ殿下を選びたかった。それは王位に相応しいかどうかなどではなく、単に私の個人的な感情として。


「イルドラ殿下、あなたは心情的なことを気にしていましたが、その点に関してはまったく問題がありませんよ」

「……そうなのか?」

「ええ、だって……」


 結論が出たため、私は自然と笑みを浮かべていた。

 イルドラ殿下でいいのではない。私は、イルドラ殿下がいいと思っている。それはきちんと、伝えておくべきことだろう。

 そう思って言葉を発した訳だが、直後に私は気付いた。これはなんというか、愛の告白みたいであると。


「えっと……」

「リルティア嬢?」


 言い方を考えなければならないと思った私は、言葉を詰まらせることになった。

 別に私は、彼に好意を抱いている訳ではないはずだ。いや、どうなのだろうか。それがなんというか、わからなくなってきた。

 ただとにかく私は、イルドラ殿下を選びたいと思っている。それはきちんと、伝えておくことにしよう。


「私は、イルドラ殿下を選びます。私はあなたに、次の国王になってもらいたいと思っています。イルドラ殿下なら、きっとこの国を良き方向に導ける」

「……それは過大評価であるような気もしてしまうがな」

「過大評価というなら、私の方ですよ。次期国王を選ぶなんて大役を任されているのですから。それでも私は、自分の選択に自信を持っています」


 イルドラ殿下が王に相応しいというのは、私の紛れもない本心だ。

 彼は、アヴェルド殿下とは違う。正しく国を導ける人だ。それを私は、確信している。


「もちろん、私はこの選択の責任を取るつもりです。王妃としてイルドラ殿下の隣に立ち、あなたを支えてみせます」

「リルティア嬢……」

「イルドラ殿下は、それを受け入れてくれますよね?」


 私の言葉に、イルドラ殿下はゆっくりと息を呑んだ。

 だが彼の表情は、すぐに真剣なものになる。決意を孕んだその表情に、私の肩の荷は軽くなった。彼がどのような結論を出したのか、わかったからだ。


「……まあ、元々俺がやるしかないことだということはわかっていた」

「イルドラ殿下……」

「心強い味方を得られたことは、嬉しいことだ。リルティア嬢、これからどうかよろしく頼む」

「ええ、任せてください」


 私は、イルドラ殿下と固く握手を交わした。

 その力強い握手からは、彼の決意が伝わってくる。

 私もそれに、応えなければならない。王妃としてしっかりと務めていくとしよう。


「といっても、父上もまだまだ健在だからな。俺が王位を継ぐのは随分と先の話となるだろう」

「それはそうですね。その時までに、成長していないと」

「確かにそうだな」


 私達は、そのような言葉を交わして笑い合った。

 イルドラ殿下となら、きっと大丈夫だろう。根拠はないが、その笑顔に私はそんなことを思っていた。

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