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おやすみ、灰かぶりの眠り姫。  作者: 彩白 莱灯
自分が悪いって心に代入するのが、一番楽な人生回答だ。
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第2話

 一限が終わって、二限が終わった。それでも辛城は戻ってくる様子はなく、また荷物はゴミ箱に突っ込まれていた。よく見たら机も落書きだらけで、下駄箱から垂れていた液体が満遍なく塗られていた。トイレから戻る途中、階段を上がってくるボサボサ頭が見えた。



「っ!?」



 辛城だ。体操服にジャージを着た辛城が、学校に来ていた。内履きは……ぐしょぐしょだ。どこを見ているかもわからないまま、階段を登りきった辛城が、教室に向かって行く。



「しんじょうっ」



 すぐ、しまったと顔に出たことだろう。なんだったら二回目だ。確実に名前を呼ばれた彼女は、のっそりと背を向けかけた体を俺に向ける。



「……なんですか?」



 ―― あ、鬱陶しそう。



 聞いたことがほとんどない声だけど、それぐらいは察することが容易なほどにめんどくさそうだった。

目線が泳ぐ。なんて言おうかなんて考えてなかった。どうしようかと悩んでいると、三限目が始まるチャイムが鳴る。



「あ……はは」

「……失礼します」

「あ、ま、待って!」



 ジャージの中の、想像したよりも細い腕を掴む。細すぎてびっくりして、手を離しそうになった。離しちゃいけないと力を籠め直し、強く握りすぎた。



「いっ……」

「あ、ごめんっ」



 あ、離してしまった。握った腕を擦る。はあ、と一つ息を吐いて、たぶん、こちらを見る。



「……いえ。ありがとうございます。助かりました」

「……え? あ、うん……」

「では、失礼します」

「あ……」



 ―― あって何回言ってるんだろう、俺。



 教室に向かってしまった後ろ姿を見つめることしかできない。宙に浮いた手は、自由落下して、体の横に張り付いた。 今更、朝のように後を追って教室に入るのも正直なんだかなあと思い、階段の隅に座り込んで時間を潰す。携帯も何もかも忘れてしまったので、物思いに耽るしかない。

 手を見つめた。握った腕は、恐ろしいほどに細かった。しかもあの肌荒れやクマ。食べてるのか、寝てるのか。イジメのことは近寄りたくないのに、体調については心配になるレベルだった。



 ―― 今度、また声かけてみよう……。



 そう思ったのは本心。もちろん下心もある。

 あの夜の街にいた彼女である、とは思う。けど二人の彼女は違いすぎて、本当に同じ二人なのか。半信半疑。その言葉が今ほど似合う状況はないだろう。



・♢・



「はっ」



 チャイムの音で目が覚めた。人のざわめきが聞こえる。授業は丁度終わったのか。腹の空き具合としては昼頃な気もするが、教室を出てきたのは二限の終わり。つまりもう一限あるかもしれない。

 掛け声なしに立ち上がる。階段を下りて行けば、話したこともない生徒にじろじろと見られる。まあ、授業が終わったばかりなのに教室のない方向からくれば……当然だけど。 視線を気にしつつ、でも平静を装って、自然と出た欠伸をしながら教室に入る。



「あっはっはっはっはっは!!」



 クラス全体を包み込む、下品な笑いが耳を劈く。さっきまで残っていた眠気が一気にどっかへ行ってしまった。

 そして気付く。教室に入る扉を間違えた。前からではなく後ろから入るべきだった。

 なぜなら。目の前で、いじめられっ子の辛城が、頭から牛乳をぶちまけられていたから。



「くっさ! あたしぎゅーにゅーガチで無理なんだけど!」

「いや勿体な。何で買ったし」

「牛乳飲みたい人いるかなっていう気づかいよ! いつも何も食べてない人いるなーと思ってー」

「あーね」



 どんだけいじめに慣れてんだ。思わず顔が歪む。



「……あ? 何」

「え、あ、いや……」



 一人に睨まれる。同い年かと疑ってしまうレベルの眼力。凄み。地味で平凡な一般生徒の俺にとっては、刃物を突きつけられているようなもの。



 ―― やりすぎ……だと思う。



「なんでも、ない……です、ははは」



 尻すぼんだ言葉しか出ず、辛城の様子も見ることもできない。自分の足先だけを見つめて、教室後方の自分の机に向かう。

情けない。さっきは「大丈夫?」って心配してるようなことを聞いておいて。いざとなったら何も言えねえ。

 関わりたくないのは本当。けど、心配しているのも本当。でもこの状況じゃあ、随分とご都合主義の偽善者だ。



「あーあー、絡まれたなさぼり野郎」

「……うっせ」



 同級生の中でも比較的仲良くしてくれている奴に、少し慰められる。ここでようやく、辛城の様子を窺うことができた。後ろからしかわからないが、静かに座ったままの彼女は、頭から白い牛乳を滴らせている。拭うどころか動こうともしない様子も、すでに見慣れてしまった。



「……無反応? つまんな」



 一人が辛城の机を蹴る。それにも動じない様子に、麻痺していた感覚が取り戻されていく。



 ―― さすがに、無反応過ぎないか?



 少しぐらい何かあったもいいはずなのに。反抗しても無駄だという諦めならわからないでもない。そうだとしても。体を震わせるなり、移動するなりしてもいいと思う。……動けない程なのか。

 登校して、ぐちゃぐちゃの上履きを履いて、荷物も捨てられて、牛乳もかけられて。それでもなおそこに居続ける。そんなアイツが、それだけのことができるアイツが。動けないなんてこと……あるか?



「もういいや。行こ」

「うーい」



 やりたい放題やったいじめっ子らは、空になった牛乳パックを放り投げて出て行った。嵐が去った。そう思ったのは俺だけじゃなくて、他のクラスメイトも同様で。集団が教室から姿が見えなくなって、少ししてから皆が会話を再開する。

 辛城に声をかける奴は、いない。



「いっちー、食わねーと昼休み終わるぞ?」

「ん、おお……」



 汚い物には蓋をする。汚れたクラスメイトには、瞼を閉じる。

 広げた弁当には、色が統一されたおかずが入っていた。



・♢・


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