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蒼き日のユーリ  作者: 蒼之ユリ
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【第4章】ローリン・ローリン


 バイトから帰ってきた僕は夕食と風呂、歯磨きなどやるべき事を済ませると自分の部屋に帰ってきた所であった。

 本来ならもう明日の学校に備えて寝ても良い時間帯なのだが、そうも言ってられない。面倒ではあるが、僕は仕方なくパソコンの電源を入れる。

 パソコンの電源が入ったのを確認すると、僕は早速qQuitにログインした。

 『いつも通りに』、qQuitの個人チャット欄を確認する。そこには一件、新着のメッセージが届いているのを僕は自分の目で確認した。

「はぁ……」

 そうため息混じりに一息つく。一体誰からのメッセージなのかはもう何となくわかっている。僕は新着メッセージが誰から届いているかを確認した。

『yuuri123456:ねー。暇だからクエスト付き合ってくれないー?』

 ……やっぱり。

 やはりメッセージの差出人はユーリだった。

 そう、僕の目的はやはりいつもと変わらずユーリだった。とは言っても、以前と一つ違う点は『僕がべつに楽しみにしていない』という点だった。

『satuki329:今日バイトで疲れてるんだけど』

 そうキーボードに打ち込むと、案外直ぐに連絡は返ってきた。

『yuuri123456:ふーん』

『yuuri123456:別に断ってもいいけどあの写真、ばら撒かれてもいいの?』

「うっ……」

 出た。これも『いつも通り』だ。

『satuki329:分かったよ。どのクエストに行けばいいの?』


 あの援助交際の一件から、一週間が経った。写真を学校に広めない代わりに、『ユーリのお願いを聞くこと』、そして『毎日qQuitにログインすること』の二つをユーリは要求してきた。

 今思えば、ユーリとやり取りしていたあの時に気が付くべきだったのだ。ユーリの『学校が近い』という発言が出た時に、本当の目的は僕に援助交際の相手をさせる事じゃなくて、僕が援助交際をしている写真を撮る事だったという事に。

 集合する場所とラブホテルを指定していたのも、おそらく写真を撮る為だろう。

 まぁ、今更その事を言ってももはやどうしようも無いのだが。


 ちなみに、ユーリがさっき言っていた『写真をばら撒かれてもいいの?』もユーリの決まり文句のようなものだ。ここまで聞いてもらったら分かるように、完全にただの脅迫行為であることに間違いはないのだが、断るのも反抗するのも面倒なので、僕は仕方なく要求を聞いていると言った感じだ。

『yuuri123456:このクエストなんだけどね~……』

 ユーリからメッセージと共にクエストの詳細が送られてくる。

「はぁ……」

 僕はため息をつきながら、仕方なく『いつも通り』にユーリの要求を聞くことにした。


 ***


『ありがとうございましたー』

 学校のチャイムとともに授業の終わりが告げられる。

『ねぇ、次実験じゃない!?』

『移動教室だよね? 行こ行こ!』

(そういえば僕も移動教室だな……)

 次の授業の教材をまとめると、僕は教室を出ようとしていた。

 頭の中で、僕はユーリの言葉を思い返していた。


 *


『yuuri123456:これからもよろしくね、サツキ君』

『yuuri123456:あの写真、ばら撒かれてもいいの?』


 *


(……また、家に帰ったら言う事を聞かなきゃいけないのか)

 そうユーリとの事を憂鬱げに思い返している時であった。

 考え事をしていたからか、教室を出たところで誰かとぶつかってしまった。

「痛っ!」

 持っていた教材がバラバラと手から滑り落ちていく。

「あっ! すみません! 大丈夫でしたか!?」

 落ちた教材を拾いながら僕も謝る。

「いえいえ、こちらこそすみませんでし――」

 教材を拾おうとした際に、不意にしゃがんでいた相手と目が合う。

 僕はその相手のあまりの美しさに紡いでいた言葉が途切れてしまった。

「すみません! 怪我とかしてませんか!?」

「えっ? あっ、あぁ……。大丈夫です……」

 そのあまりの美しさに反応する事を忘れてしまいそうになる。

「ごめんなさい、急にぶつかってしまって」

 会話が頭に入ってこない。僕はなんとか目の前の美少女に気を取られまいと必死に手を動かし続ける。

「いっ、いえいえ……。こ、こちらこそすみませんでした」

「はい、どうぞ」

 美少女から落とした教材を渡される。

「あっ……ありがとうございます。えっと……」

 名前は何だったか、と頭を働かせていると美少女はこちらの意図を察しての事か、自らの名前を名乗り出した。

榛野(はるの)明里(あかり)です。B組の。榛野(はるの)明里(あかり)

「榛野さん……あっ」

 そのあまりの容姿端麗さに気を取られ、忘れていたかのように自己紹介をする。緊張からか、その言葉は詰まり気味である。

「えっと、あっ……C組の飯田皐月(さつき)です……」

 うふふ、と榛野さんは笑った。

「うふふ、なんか面白いね」

「お、面白いって……」

 そんな事を話していると、榛野さんの友達が声を掛けてきた。

「明里ー? 大丈夫ー?」

「あっ、うんー! 今行くー!」

 榛野はそう返すとスッと立ち上がった。

「……それじゃあね、サツキ君!」

 それだけ言うと、榛野さんは行ってしまった。

「あっはい……ありがとう、ございました……」

 心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。僕はいつもと違う非日常に謎の興奮を感じていた。

(は……榛野さん……っ!)

 頭にユーリとの事が浮かんで来る。

(ユーリの事、榛野さんの事……)

(もしかして、これが俗に言う……『モテ期』ってやつなのか……っ!?)

 そんなまさか、と高揚しかけていた自分の気持ちを何とか抑え込む。

 教材を持ち直すと、僕は次の授業の為に目的の教室へと歩き始めた。


 ***


『kirimiya48:今日もありがとうございました! ユーリさん!』

『yuuri123456:いえいえ〜。こちらこそ!』

 いつもと同じ画面。いつもと変わらずに流れるqQuitでのやり取りを僕は黙って見ていた。

『tonkotsu yarou:やはりユーリ殿はお強いですな! 感服いたします!』

『yuuri123456:いえいえ~。それほどでも』

 ガストロの中で猫を被るユーリを見ながら、僕はボソッと呟いた。

「どーせ今日もまた付き合わされるんだろうなー……」

『tonkotsu yarou:それじゃあ今日はこの辺で!』

『kirimiya48:お疲れ様でした!』

『tonkotsu yarou:お疲れ様でした!』

『yuuri123456:お疲れ様でした!』

「お疲れ様でした……っと」

 僕も挨拶をキーボードに打ち込む。

『satuki329:お疲れ様でした!』

 すると早速、個人チャット欄にユーリからのメッセージが届いた。

(早速か……)

「……はいはい。わかってますよーっと」

「どーせクエストに付き合わされるんだろー?」

 そう言いながらメッセージを確認する。

「今日はなんのクエストに行くんですかーっと……」

 ユーリからのメッセージには、こう書かれていた。


『yuuri123456:ねぇ、デートしよっか』

「……え?」

 僕の時間は、そこで停止した。


 ***


 駅を出ると、飲食店や服屋、喫茶店など様々な店の並びが目に入った。いかにも都会っていう感じの雰囲気だ。

「……っふぅー」

 緊張を紛らわせるために大きく息を吐く。

 ……ここで、良いんだよな?

 待ち合わせは駅前。目的の時間まではまだちょっとある。

 慣れない街で誰かを待つのは、これで二回目だろうか。あまりの緊張に服の袖を掴んでいた手に力が入る。冷や汗も出てきた。初めてユーリと会うというのに、こんな緊張状態で大丈夫だろうか。

 僕は極度の緊張を感じながら、ユーリとのやり取りを思い返していた。


 ***


「えっ……」

「で、デートって……」

 僕は、目の前の言葉が信じられなかった。

『satuki329:デート?』

『yuuri123456:そう。デートだよ』

『satuki329:なんで?』

『yuuri123456:うーん……気分かな』

 ……嘘だ。嘘に決まっている。

『satuki329:どうせそう言って僕の写真を撮るつもりだろ』

『yuuri123456:前回はそうだったけど、今回はそんな事しないよ』

『yuuri123456:ちゃんと会うつもりだから安心して』

「そ、そんな訳……」

 様々な思いが頭の中で絡まっては消えて行く。

 ……ダメだ。信用出来るはずが無い。

 そう思っているはずなのに、拒否の言葉が口から出てこない。そう思っているはずなのに。それなのに。それなのに――。


 ***


 結局、ユーリの言葉に乗せられてここまで来てしまった。一体何をしているんだ、僕は。

 いや、それとも僕は期待しているのか? 仮にそうだったとして、一体何を?

 極度の緊張に耐えかねて、もう一度深呼吸をしようとしたその時であった。

「あー……サツキ君?」

 突然、背後から声を掛けられた。

「……っ」

 言葉を発することも忘れ、声の方向に振り向く。

 そこにはスレンダーな体型をした、高身長に髪はショートに金髪という綺麗な女性が立っていた。

 身長は百七十センチほどだろうか、僕より二、三センチほど高いように見える。端麗な顔立ちをしているが、その刺すような目つきは人を簡単には近付けさせない雰囲気を漂わせている。

「サツキ君……だよね?」

 その雰囲気に圧され、つい言葉に詰まってしまうが、何とか言葉を返そうと奮闘する。

「あっ……は、はい……! サツキです……!」

「ゆっ……ユーリさん……ですよね?」

 そう言葉に詰まりながらも問いかける。

「……ユーリでいいよ」

 ふいっとユーリは顔を逸らすと、そう答えた。

「ここで話すのもなんだから、早速行こっか」

「……え?」

 僕がそう聞き返すと、ユーリは初めにどこに向かうかを告げた。


 ***


『うぅ……うぅ……』

 暗闇の中を男が(うめ)きながら彷徨(さまよ)っている。

『……ん? ちょっと君、止まりなさい!』

 自転車に乗っていた警官が男を呼び止める。

『うぅ……家に……』

『家に……帰らせてください……』

 男は一人でぶつぶつと呟いている。

『はぁ? 何を言ってるんだ』

『家に……帰らせてください……』

『一体何を言って――』

 警官のライトが辺りを照らしたかと思うと、目の前には血塗(ちまみ)れの男が現れた。

『うわあぁっ!? 何だ!? お前っ!?』

『家に……帰りたいんです……家に……帰してください……』

『うわあああぁぁぁぁっ!』


 僕らはユーリの提案により映画館に来ていた。目の前の巨大なスクリーンには血塗れの男と警官の凄惨なやり取りが映されている。しかしそんな目の前の情報よりも、僕の頭は隣に座っているユーリの事でいっぱいだった。

「…………っ」

 こちらの視線を悟られないようにユーリの方を見てみる。どうやらユーリは映画に集中しているようだ。目つきは鋭いがその顔立ちは見ている者の時間を忘れさせるほどに端麗である。

(な……なんでこんな事になったんだっけ……)

 ユーリの端麗な顔立ちを横目にこれまでの事を思い返す。

 ……落ち着け。そもそも初めは僕がユーリの言う事を聞くっていうだけの話だったはずだ。

 それがまさか、初回にしてユーリとデートする事になるなんて。

 何を隠そう、僕自身同年代との、それどころか誰かとデートするなんて経験は一度もない。その証拠に、映画館に来るまで、僕の心臓は大きく脈動しっぱなしだった。ユーリの隣で歩いているだけで、心臓の音がユーリにまで聞こえていないか心配になる程だった。

 ちなみに、勿論の事ではあるが、伊藤との援助交際はデートの内にカウントしない。

 それにしても、一体どういう風の吹き回しなんだ?

 本当に、気分で適当に言っただけなのか? 仮にそうだったとして、わざわざ気分でデートなんかするものなのか?

 ユーリへの雑念で、頭の中の思考が上手くまとまらない。

 僕はぐちゃぐちゃの思考を何とか悟られないように、映画に集中する事にした。


 ***


 映画を見終わった僕らは映画館の外へと出ようとしていた。

「――ねぇ、サツキ君」

 僕の少し前を歩いていたユーリが、そう話しかけてきた。

「ん? 何?」

「サツキ君はあの映画、面白かった?」

「えっ?」

 正直、映画の内容はユーリの事で頭がいっぱいだったのであまり覚えてはいなかった。

「えっと……まぁ、面白かったんじゃないかな……!」

 突然の問いに何とか答えようとした為か、ぎこちない返答になってしまった。

「ふーん……」

「ゆ、ユーリはどうだった……?」

「私は――」

 ユーリは、少し止まってから答えた。

「私は……あんま面白くなかったな……」

 ……あれ? 熱心に見ていたように見えたが、思っていた反応と違っていた為、少し困惑する。

「そ、そっか……!」

 次に何を話そうか考えていると、突然ユーリが切り出した。

「ねぇ! 次はあそこ行こ!」

「えっ?」

 ユーリが次に指していた場所、そこは喫茶店だった。ユーリは続けざまにこう言った。

「そういえば、サツキ君じゃなくてサツキって呼んでいい? そっちの方が呼びやすいし」


 ***


 喫茶店にきた僕らは隅っこの席でお互いに向き合っていた。

 ユーリは無言で喫茶店オススメのショートケーキを口に運んでいる。

 僕はここである一つの問題に直面していた。

(か……会話が、無い……!)

 そう、ユーリも僕も、両者とも何も話さないので会話が全く無いのだ。

 本来ならここで僕が話を切り出すところなのだろうが、学校にも居場所が無く当然友達もいない僕には会話を自分で切り出して、しかも同年代の女子相手に話を進めるなんて事は至難の(わざ)であった。

「…………っ」

 視線が合いそうになって、つい顔を背けてしまう。

 気まずい僕は、まるで助けを求めるようにさっき注文したカフェオレを口にする。

 ……ダメだ! こんなんじゃ会話にならない。何かこっちから切り出さないと……!

「……サツキはさ」

「あっ! はいっ!」

 ユーリの突然の問いかけに、つい大きな声が出てしまう。

「こーいうの、した事あるわけ?」

「……えっ? こーいうのって……」

「だから、こうやって女の子と喋ったり、遊んだりとか」

「えっと、それは……」

 ふとユーリと目が合って、顔を背けてしまう。

 目の前に座られているからか、ユーリの鋭い目つきはさらに威圧的に見えた。その目を見ていると僕が一体何を考えているか全て見透かされているようであった。これじゃあ、まるで僕が面接されているみたいだ。

「……な、無いけど」

 目を逸らしながらも、そう答える。

「……ふふ、だと思った」

 ユーリは静かに笑った。

「だ、だと思ったって……」

「……ねぇ! 買い物したい所あるから、付き合ってよ」

「買い物……?」

「そう。それくらい付き合ってくれたって、いいでしょ?」

 不意にユーリと目が合ってしまう。反射的に心臓が大きく跳ね上がるのを感じる。

「そっ、それは……」

 ショートケーキのほんのりとした甘い香りを漂わせながら、ユーリはこちらを覗き込んでくる。目の前の同級生の女の子に頼まれた事で、僕はつい言葉に詰まってしまった。

 どうやらユーリの中に、『ノー』の二文字は存在していないようであった。


 ***


「……サツキ! 次そっちの服持ってきて」

「えぇ!? さっきこれ要らないって言ってなかった!?」

「やっぱそっちも見る事にしたの。早く持ってきて」

 次に僕らは近くのショッピングモールの中にある服屋にやって来ていた。しかし、ユーリがあまりにも大量の注文をするので、僕はもはや満身創痍の状態であった。

「……疲れた」

 そう言いながら店の外にあったベンチに座る。

 どうやらユーリはまだ何の服を購入しようかで悩んでいる途中であった。

 今思えば、この人が僕とチャットしてたんだよなぁ。

 名前の無い繋がりを感じて、ふと不思議な気持ちになる。

 すると同時に、とある一つの疑問が僕の中に浮かんできた。

 ……いや、待てよ?

 そもそも本当に、今目の前にいるこの人はユーリ本人なのか?

 突如湧いて出た疑念に思考を巡らせる。

 いや、有り得ない。仮にもし別の人間だったとしてもわざわざ今日僕とこんな所で一緒に過ごす理由が無い。

 そうだと頭で納得しても、疑念は中々頭から離れない。

 そんな事を考えているとユーリが声を掛けてきた。

「サツキー。こっちは終わったぞー」

「……え? あ、あぁ……」

「……なぁ。どうせならちょっと遊んでいかねーか?」

「え?」

 そう言うとユーリは買い物袋を揺らしながら、とある場所を指差した。

「あそこは――」

 ユーリが指した場所。そこはショッピングモール内にあるゲームコーナーだった。


 ***


 大きな音と共にバスケットボールがリングを揺らす。

「あっ!」

「よっしゃー!」

 僕らはゲームコーナーにあるバスケットボールゲームで遊んでいた。

「サツキー! お前下手くそだなー!?」

「こっ……この……っ!」

 財布から再び百円玉を取り出す。

「もっ……もう一回だッ!」

「ははっ。やってみろよー!」

 バスケットボールゲーム、シューティングゲーム、クレーンゲーム。僕らは時間の許す限り色々なゲームをプレイした。

 その中で、僕の中にあったユーリに対する疑念は次第に薄れていった。

 というより、僕がそこまで気にしたくなかったのだ。もう、誰かを信用したり疑ったりなんていうのは僕はうんざりだったのだ。

「ねぇ! 次あっちのゲームしようよ!」

 そうユーリに声を掛ける。

「……うん! 今行くー!」

 そう答えたユーリの表情が少し曇っていたように見えたのは気のせいだろうか。


 ***


 外が暗くなり始めた頃、僕らは再び駅前に戻ってきていた。

「もうそろそろ暗くなるね」

 そう言って別れの準備をしようとしたその時だった。

「ねぇ、サツキ」

 そうユーリに呼び掛けられた。

「ん? どうしたの」

 僕が聞くとユーリは小さく深呼吸をして、淡々と話し始めた。

「何となく、もう分かってるかもしれないけど」

「私、本当はユーリじゃないんだ」

「!」

 ……やっぱり、というのが僕の最初の感情であった。僕らが初めて会った時の事。


 *


『ゆっ……ユーリさん……ですよね?』

 そう言葉に詰まりながらも問いかける。

『……ユーリでいいよ』

 ふいっとユーリは顔を逸らすと、そう答えた。


 *


 あの会話の感触。話している時のちょっとした違和感、ぎこちなさ。

 僕は何となく、目の前にいる人がユーリ本人では無いことをそれまでのやり取りで悟っていた。


 ユーリを名乗っていたその人は自分の事を話し始めた。

「サツキの知り合いだったユーリとは元々同じクラスで、本当だったら友達どころか知り合いですら無かったんだ」

「ある時急に呼び出されて、何かと思ったらいきなり十五万ぐらい渡されてさ……それで今日の事を言われて」

「サツキとデートするだけで十五万、別でデート代に五万もくれるんだってよ」

「すげぇよな、二十万だぜ? 笑っちまう金額だよな」

「ゆ、ユーリさ……」

 ついうっかりユーリの名を呼びそうになるのを何とか抑える。その人は僕がユーリの名を呼ぼうとすると片手で制止して自分の名前を告げた。

「ミナミでいいよ。ミナミ」

「……だから、金で引き受けただけなんだよ。それ以外は何にもない」

「強いて言うなら、今日どんな奴が来るのか気になっただけなんだよ……」

 ミナミ、と名乗るその女性が自分の事を話すその姿は、不思議な事に僕の目には自らの罪を明かす自白、あるいは贖罪のようにも見えた。

「……なぁ、サツキ」

「……え?」

「お前は、何であんなやつと付き合ってんだ?」

「あんな……やつ?」

「私はやり取りも見てないしお前らが何を話してるのかも知らない」

「でも……やめとけ」

「あんなやつ……付き合ったってロクな事ねーぞ」

「そ……それは……」

 口調強めなミナミの言葉に、僕は言い淀んだ。

「……まぁ、私の口出す事じゃねぇか」

 ミナミはそう言うと、駅の方へ向かって歩き出した。

「あっ……!」

 待って、と声を掛けようとするがミナミを呼び止める口実が見つからない。

 すると、ミナミは突然立ち止まった。

「……?」

 こちらを振り返るとミナミは静かな口調でこう言った。

「そんな馴れ合いで付き合ったって、誰も好きになんかなってくれないよ」

「……っ!」

 その言葉が、僕の心をどこまでも深く突き刺した。

 もうミナミが振り返ることはなかった。

 ミナミのいなくなった駅前で僕はただ一人、呆然と立ち尽くしていた。


 ***


『satuki329:帰ってきたよ』

 僕は帰宅すると、いつも通りに『本物の』ユーリへ報告をした。

『yuuri123456:おかえり』

 当然のように返ってくるメッセージ。僕も続けて連絡を返す。

『satuki329:結局デートには来なかったんだね』

 今日あった本当の事をユーリに話す。

『yuuri123456:その感じだと知ってるみたいだね』

『yuuri123456:それで? 楽しかった?』

 あの時のミナミの言葉がフラッシュバックする。


(そんな馴れ合いで付き合ったって、誰も好きになんかなってくれないよ)


「楽しかったよ……」

「楽し……かったよ……」

 そうモニターの前で力無く呟く。

 二次元の世界に映されたユーリからの文字を見て、僕は現実に帰ってきたんだと実感するのであった。

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